第17話 平日よるのべっど

 華恋によって昼間に振り回された日の、夜。


 風呂から部屋に戻ったら、エリカがベッドでゴロゴロしながらタブレットを弄っていた。


「おぃ」

「ん? なーに?」


 なーに? じゃねぇ。


「何してる?」

「ゲームしてる~。このタブレット、あたしも使っていいんでしょ?」

「タブレットはいい。けどなんでここで?」


 既視感のある光景だ。

 風邪に懲りたのか流石に下着姿ではないけれど。


「ん~? 居心地がいいから?」

「なんで疑問形だよ。普通に自分の部屋でやれや」

「ベッドがあるのここだけなんだもん」


 確かに神代姉妹には布団しか買っていないが。


「だったら給料受け取ってそれでベッド買えばいいだろ」

「え~? お金もったいないじゃん、ここにベッドあるんだしさ」

「コレは俺のベッドだっていってんの!」

「あぁ、大丈夫大丈夫。取ったりしないよ? ほら」


 エリカはごろりと壁際に転がると、空いたスペースをポンポンっと叩いた。


「おいで?」


 ……一瞬、頭が真っ白になってグラリときた。


 うん、よし。


「なぁ。ちょっと顔こっち向けてくれるか?」

「え? なに? 急にマジなトーンで言われると、ちょっと緊張しちゃうんだけど」


 言うほど緊張した様子もないエリカが、少し赤くなった顔でこちらを向く。


「目、閉じてくれ」

「うぇっ!? ま、まじ? そういう感じ? い、いい、けど。いやでも」

「いいから」


 なんか目を泳がせているエリカの瞼にそっと手をあてて閉じさせる。

 その手をそのまま彼女の額に向けてロックオン。


「お、おにーさん?」


 珍しく小声になったエリカ、のむき出しの白くて綺麗なおでこに指を向ける。

 食らえ。


「ふッ!!」

「いっだッ!!?」


 全力のデコピンが炸裂し、エリカは両手をデコにあてて顔を伏せる。


 ふぅ。いい音が鳴った。


 エリカはベッドにうずくまったままプルプルと震えている。

 思った以上のダメージが入ったのだろうか? クリティカルヒット的な?


「ちょっと! どういうことおにーさん!?」


 と、思ったらガバッと起き上がった。

 少しおでこが赤くなっているが、被害はそれだけのようだ。


「どうもこうも、お前がナメたことぬかしてるからちょっとばかし物理攻撃をな」

「やめてよも~。あんな空気からこんなことする普通? こういうの繰り返すうちに変な快感に目覚めちゃったらどうすんのさぁ」


 どんな快感だよ。お前の特殊性癖なんぞ知らん。


「いいから出てけよもう。そして俺のベッドに二度と入るな」

「いやでーす。女の子のおでこに優しくしない人の言うことなんか聞きませーん」


 こいつは……ほんっとに。いいやもう、なんか怒るのも面倒になってきた。


 諦めてエリカの開けたスペースに腰掛ける。と、背後からじっとりとした視線を感じた。


「なんだよ?」


 見れば、エリカがこちらをじ~っと見つめて、もとい睨みつけてきている。


「おでこ痛い。撫でて?」

「はぁ?」

「おにーさんのせいなんだから、撫でて」

「はぁ……」


 何言っても無駄そうだったので、おざなりな手つきでエリカのおでこに手をあてた。


 すると、きめ細かくすべすべな肌の感触が掌に伝わってきてついドキリとしてしまう。

 デコに指を炸裂させておいてなんだが、やっぱこいつらとの身体的接触は心臓に良くない。


「ん、なんか男の人の手~って感じ。おねーちゃんと全然違うね」

「だったら姉のところいって撫でてもらえばいいだろ」

「別におにーさんの手が嫌だなんて言ってないし。これはこれで~」

「あそーっすか」


 なんだこの状況。

 なんで俺はベッドの上で美少女のおでこ撫でてるんだ?


 エリカのノリが軽いので一見普通にやりとりをしているけど、こんな美少女とこんな距離で関わるなんて本来俺にはありえないことなんだけどなぁ。


 奇妙な気分を味わいつつ、黙ったまま体感一分くらい撫でていたら、エリカが唐突に話題を変えてきた。


「あ、そだ。ね、おにーさん。最近のおねーちゃん、どうよ?」

「あん? あぁそうだ。お前、華恋に変なこと吹き込んだろ。そのせいでアイツ最近ずっとおかしいぞ。急に一緒に遊ぼうとか言い出したり、昼飯一緒喰おうとか言い出したり」


 半分は東さんのせいなんだろうけどな。


「おかしいって、ウチのおねーちゃんはおかしくも変でもないです~。一緒に遊ぶのも楽しかったでしょー?」

「つまらなかったとは言わんが、変なのは変だっただろ。なんかちょっと性格も違って見えたし。俺のこと知りたいとかなんとか、知ってどうするつもりなんだか」


 変なこと吹き込まれて変な使命感に駆られていたせいか、妙に押し出しのつよい性格になっていた気がする。

 元々ああ見えて頑固なのは知っていたが。


「そりゃ、もっと知ってもっとお世話焼きたいんでしょーが。お弁当、好物の唐揚げ入ってたでしょ?」

「ん? あぁ、アレ美味かったな。サンキュ」

「ふふーん。あれはねぇ、あたしが手伝っておねーちゃんが作ったんだから!」


 え? そうだったの?

 な、なんだ、それならそうと言っておいてくれればよかったのに。


「あー、うん、後で礼は言っておくか」

「…………ねぇ、おにーさんさ。女の子と遊び慣れてたりする?」

「はぁ?」


 エリカは特に気負った様子もなく突然にそんなことを聞いてきた。

 いきなり何言ってんだこいつは? そんなもん、当然――。


「まぁそれなり的なアレだよ」

「嘘だね」

「なんで即答だよ!?」


 あーそうですともよ嘘ですけどさぁ!


「さっきのデコピンも、かわいー女の子前にして照れ隠しでやったんでしょ? 女子に触るの慣れてないんだよねぇ、おにーさん?」

「さてはお前俺のこと馬鹿にしたいだけだろ?」


 何でそこまで見抜いてたなら改めて聞いてきやがったんだよ泣くぞちくしょう。


「ちがーうってばぁ。そういうとこ、そういうとこだよー? むしろこんなの好意の証でしょ。だからこそ親切にも色々助言してあげちゃってるわけですよ」

「それこそ嘘だろ」


 なんて信用のならない軽っい『好意』なんだろうか。ヘリウムガスより重みがないぞ。


「もー、分かってないなぁおにーさん。ま、そんなだから気がついてないと思うし、言っておくけどさ。こほんっ。我が姉はですね、おにーさんに惹かれているのだと思うのですよ」

「――――は?」


 なんでいきなり正座になったの? とか。

 なんでいきなり敬語になったの? とか。

 なんで急にそんなに真剣な顔に? とか。


 色々ツッコミたいが、それはいいとして。


「惹かれてるって、お前、それ」

「本当はズルっこなんだけどね、あたしから教えちゃうのはさ。でも、おねーちゃんってずっとあたしのことばっか構ってて意外と他人との距離感下手くそだし。おにーさんはガードが無駄にバリ固いからね、無駄に」

「は、はぁ?」


 つまり、惹かれてるというのは、まさか。


「あ、まだ恋愛的な好きとは言ってないよ? おねーちゃんそういうの疎いし、なんならあたしもおねーちゃん以外の人間に興味もって生きてこなかったからよく知らんし」

「だったら今までの会話なんだったんだよ!?」


 いい加減な情報で幼気な男子高校生を惑わせてくんじゃねーぞ女子中学生!


「だからぁ、まだ、だってば。こっから先そうなるかもしれないから、先んじて布石? を打っておくみたいな感じなわけよ」

「……お前、割と難しい言葉知ってたんだな」

「あー! おにーさんあたしのこと馬鹿だと思ってるでしょ!?」


 ゴメン、ちょっと思ってた。


「こう見えて成績はそこまで悪くないんだからね。んっ。まぁとにかく、これからのおねーちゃんをあたしもサポートしていくつもりだから、よろしくねっ」


 言うだけ言って、エリカは颯爽と部屋を出て行った。


「――いや、どうしろってんだよ」


 取り合えず、次に華恋と顔を合わせた時に意識しないようにするのが大変そうだった。

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