第16話 平日おべんとう

 休日が終わり、学校がある日も華恋は確かにきっちりと起こしにきた。


 今まで、特にゲームを夜中までしていた時なんかは遅刻寸前か遅刻するまで寝てて、起きると朝飯だけキチンと用意されている――ということもあったのだが。今日からは頑張って起こすつもりらしい。


 しかし、こちらも簡単に生活スタイルを変えるほどヤワなダメ人間ではないのだ。

 きっちりと抵抗していくことで、俺の更生など無駄だということを悟らせなくては。


 華恋には負けられないのである。


「あとご――じゅっぷん経ったらおきるから……」

「それ、単位間違えてませんか?」

「間違えてない……から、先学校いってて……いいから」

「…………分かりました。まだまだ生活改善プレゼンも始まったばかりですしね」


 先々のことについての不穏な言葉を残しつつも、今日のところは諦めたらしく華恋は先に登校していった。


 ふふふ、馬鹿め。俺がそんな簡単に早起き習慣など身につけるものか。


 ――などと思っていた今朝の俺をぶん殴ってやりたい。


「加々美君、ちょっといいですか?」

「へ? は、はぃ?」


 昼休みにパンの包みを今まさに開けようとしていたところに、華恋が話しかけてきた。


「その、コンビニのパンが悪いというわけではないんです。でも、お昼が毎回、というのはやはり将来まで考えた時に栄養バランスが良くないと思うんですよ」


 クラスでも格別の美少女が、クラスでも特級に浮いている男子の席の横に立って話しかけている図。に、クラス中の注目が徐々に集り始めている。ヤメロ見るなお前ら。


「な、なんの話しだ?」

「お昼ご飯の話し、です。なので、お昼も栄養バランスを考えて作られたお弁――」

「おぉーっとそうだちょっと話しがあったの思い出した外で話そうぜ神代さん!!」


 神代の言動、というか、手に持っている二つの包みを見て全てを察した。


 こんな場所で華恋に『加々美君の分です』などと言われて弁当を渡された日には、その後いったいどういう事態になるのか俺には想像もつかない。


 なので、かなり強引ではあるが華恋の腕を掴むとそのまま有無を言わせず教室を出た。

 扉の向こうでクラスメートがザワつくのを聞きながら。




「お前なぁ。なんで教室なんかで弁当を……なんで今日に限って突然に」


 人気の少ない廊下の端っこまできて、やっと華恋の腕を放しつつ訳を聞いてみる。

 すると華恋は『何を言ってるのかよく分からない』といった顔で答えた。


「えっと。朝に渡そうと思ったのですが、寝ている枕元に置いていくのもどうかと思ったので?」


 俺のせいだった!

 くそっ、ちゃんとあの時起きてればよかったっ。


 いや、でもそもそもさぁ。


「仮に朝渡してたとしてもだ、弁当の中身って同じだろ?」

「はい。エリカ特製です。あ、でも、今回は私もその、ちょっとは手伝ったんですよ? 一品だけですけど……」

「それは、ありがとう。でもな? 中身が同じ弁当を食ってる俺らをクラスの連中が見たらどう思うか? とかあるだろうがっ」


 俺の問いに華恋はしばし考えた後。


「……そんなこと気にする人、いますかね?」


 などと抜かしおった。

 いるよ。たくさん。


「特に、誠一郎君は一人で食べてることが多いですし」


 た、確かに俺個人の飯事情は気にされないかもしれないけれども。


「あ、ならいっそのこと一緒に食べますか?」


 何が『なら』なのかさっぱり分からないが、取りあえずバカなのかこいつは。


「食べるわけないだろ。いいよ、俺はどっか適当に人気のない場所探して喰うよ」

「そうですか? 残念です」


 …………こいつ、自分の言動がどれだけ周りに(主に男子に)影響力を与えるのか分かってんのかなぁ。


 どっかのハイスペック男子と華恋が一緒にいる分には『あー、はいはい』くらいの反応に落着くかもしれんが、俺如き相手では明らかに面倒くさいことになるに決まってるだろうに。


「では、どうぞ」

「どうも」


 華恋から弁当を受け取って歩き出す。と、背中から声がかかった。


「あの。後でエリカに感想を教えてあげてくださいね。できれば、えっと、私にも」


 初めて渡した弁当だから、ってことか?


「あ~、分かってるよ」


 これ、絶対他の男子に聞かれたらダメなやつだわ、やっぱ。




 屋上近くの階段踊り場にて弁当をこっそり一人で食い終わった後、教室に戻った。

 すると、席につく前に無言で楠木に詰め寄られたってなんだよ近いよこら。


「加々美っち。ほんと、マジで何したの?」

「はぁ? 何って、なにが?」

「高嶺ちゃんのことだってば。さっき加々美っちが連れ出した後、一人で戻って来てさ。他の女子に、何してたの~? とか、加々美君と何かあったの~? とか聞かれててさ、何て答えたと思う?」

「な、なんて答えたんだ?」


 マジで一体あいつは何を言って……。


「栄養バランスの啓蒙をするために一緒に食事を、と誘ったんですが、今回はお断りされまして――管理栄養士の勉強を始めてみようか迷い始めました。ってさ」


 やっぱあいつバカなのかも知れない。


「え、えっと、それはアレだ、その、俺が何時もあんまりにもジャンクな食事をしてるから、心優しい神代的には見るに見かねて~、みたいな、あれだろ?」


 しどろもどろに語ってはみるが、楠木には全くもって響いた様子がない。

 当り前だとは思う。我ながら言い訳にしても苦しすぎる。


「……加々美っちってさ、もしかして高嶺ちゃんの弱みでも握ってんの?」


 多分、楠木的には冗談で言ったのだろうし、それくらいのことでもなければ俺と神代華恋に関係性など出来るわけないと思っての言葉なのだろうが。


 割と事実に近いので、本気で答えに詰まったのだった。


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