第15話 休日しょきしょき

 華恋の『俺を更生して恩返しプロジェクト』という謎の決意を聞いた、次の日。


 確かに、今までの彼女は俺に色々と遠慮と配慮をしてくれていたのだと思い知ることになった。


「な、なぁ、華恋さんや」

「華恋、です」

「…………お前さ、そうしてて暇じゃないわけ?」

「いえ、興味深いですよ」


 現在自室でゲームをしているのだが、隣にずっと華恋が座っててプレイを見ている。


 なんでこんなことになっているのかというと。


『あの、誠一郎君の好きなゲームっていうの、どんなものか見学してもいいでしょうか?』


 などと言って、突然に部屋を訪ねてきたからだ。


 今までの華恋とは明らかにアグレッシブさというか、踏み込みが違う。

 断る理由も見当たらなかったし、どうせすぐ飽きるだろうと思って許可したのだが――。


 かれこれ数時間の間、ずっと俺の隣にちょこんと座ってプレイを見学しているのだ。


「退屈じゃないならいいけどさぁ。なんなら、ちょっとやってみるか?」

「いいんですか?」

「あぁ、ほれ」


 試しにと華恋にプレイをさせてみたのだが、概ね予想通りになった。


 下手すぎる。自キャラの視点移動すら禄に出来ていない。


「これは、思った以上に難しいですね」

「そりゃ初心者だから仕方ないだろ。しかし、なんで突然にこんなことを?」

「こんな、といいますと?」

「ゲームの見学だよ。もしかして昨日に引き続き、俺のことを知る為ってやつか?」

「そうですね。その通りです。見ているだけでも楽しかったですし、とても素敵な趣味でした。ゲームって初めてやりましたけど、面白いんですねぇ」


 華恋が何故か満足げな雰囲気でこちらにゲームパッドを返してくる。


「悔しいですが、私にはすぐに上手く動かすのは難しそうです……。誠一郎君のさっきのプレイ? はとても上手だったんですね」


 ……これ、純粋にゲームプレイを褒めているのか? 

 まぁ、こいつが難しい皮肉をいうことはなさそうではあるが。

  

 流石に疲れも溜まってきたので、そのままパッドを置いてゲームの電源を切った。


 ふと視線を戻すと、華恋がそのままこちらをじ~っと見つめ続けている?


「な、なんだよ?」

「誠一郎君。ゲームする時は前髪を留めるんですね」

「んぁ? あぁ、目に入って邪魔だから。集中する為にな」

「髪、切ったりはしないんですか?」


 髪かぁ。

 髪型に別段拘りはないのだが……。


「切りに行くのが面倒でなぁ。理容室とかあんまり好きじゃないし、なるべく回数を減らす為に長さを貯めてから一気に切ることが多いんだよ」

「髪の長さを、貯める――」


 俺の言葉を聞いた華恋が、くすっと笑った。


「な、なんかおかしいこと言ったか、俺?」

「あ、いえ、ごめんなさい。ちょっとそういう発想はなかったので、おもしろくって」


 悪かったなぁ、変な発想で。

 確かにちょっとゲーム的発想かもしれんが。


「そういうことなら、私が切りましょうか?」

「…………え?」







 ゲームを終えてすぐ。

 晴れているのをこれ幸いとばかりに、華恋はあっという間に庭で散髪の準備を整えてしまった。


 因みに、庭も本来はもっと荒れていたはずだったのだが、華恋が清掃したらしく雑草も見当たらない状態になっている。

 どんだけ真面目に働いてんだこいつは……。


「さて、どういう髪型にしましょうか?」

「え? ええっと、そんな難しいことしなくても別にいいけど」


 そもそも素人に髪型を考えて切る、なんて真似できるのか?


「だいじょーぶだよ、おにーさん。おねーちゃん髪切るの上手いから! あたしの髪を切ってるのもおねーちゃんなんだよ?」


 散髪の話しを聞きつけてきたのか、縁側に座ってこちらを眺めているエリカがそんなことを言ってきた。


 なるほどな。どうりでハサミやらなんやらがすぐに出てきたわけだ。


「あ~、よく分からんから任せる。適当にやってくれ」


 俺の言葉を聞いた華恋は、前や横に回りこんでじ~っと見つめてきた後。


「わかりました。じゃあ、軽く短くして整える感じにしますね」


 とだけ答えて、ハサミを取った。

 むぅ。こいつの顔を至近距離で見るのも、見られるのも、やっぱかなりクるものがあるな……。


 ショキ、ショキ、と、最初のうちは慎重に刃をいれる華恋。


 そのうち俺の髪を切ることに慣れてきたのか、ショキショキショキと軽くてリズミカルな音に変わっていく。


 それが妙に心地よく感じて、少し頭がぼ~っとしてきた。


 こんな晴れた休日に、小綺麗な庭で、神代華恋に髪を切ってもらっている。


 なんだか、まるで現実味のない状況な気がしてきて。

 もしかして夢の中にいるのかも……? などと、馬鹿馬鹿しい思いがよぎった。




「うん。こんな感じ、かな?」


 髪をさらさらと撫でられる感触。


 ――――っふぉ!? 


 あ、あれ?

 マジでうたた寝してた俺?


 どうやら本当に意識が一瞬夢の世界に飛ばされていたらしい。どこまでが夢か現実かよく分からんようになってた。明晰夢ってやつか?


 そんな俺の頭を華恋は優しい手つきでなで続けている。


「…………あ、あの、華恋、さん?」

「っ! あ、す、すみません。エリカ以外の髪の感触って、新鮮だったから」


 華恋は撫でるのをやめて、パッパッと俺の体についた髪の毛を払った。

 終わったみたいなので立とうとすると、華恋が肩に両手をそっと置いてくる。


「ん? 終わりじゃないのか?」

「えっと、ちょっと待ってください。最後の仕上げを」


 仕上げ? 肩でも揉んでくれるんだろうか?


「……ふぅ。では、いきます」


 少しの間が空いた後、華恋が後ろから俺の頭を抱きかかえてきた。


 ――――――って、はぁッ!?


 いや待ってっ、なにしてんの!!?


「おぉ~。それ、おにーさんにもやるんだ?」

「え? えっと、その~、あれです。やっぱり、普段髪を切る時にはエリカにもやっていることですから、やっておかないと?」


 バックハグを!? 頭にっ? 普段なにしてんの君ら!?


 いや、姉妹でやるぶんにはいいかもしれんが、俺にやるな俺にっ。


「あはは~。あのねぇおにーさん。それ、昔からおねーちゃんがあたしによくやってくれてたオマジナイ? みたいなやつなの。髪を切って、嫌なことや辛いことは忘れて、明日もがんばろーねって。だから、あんまエッチな気分になっちゃダメだよ?」


 無理やろ!? だって胸が後頭部で柔らかくてやばい、ってちょっと錯乱してきたな俺ッ。


「こ、これで本当にお終いです」


 エリカの『エッチな気分』という言葉に反応したのか、俺をぱっと開放した華恋。


 ……彼女が言っていた『私生活に踏み込んでいく』という発言が、こんなことにまで及ぶとは。もしや『妹と同等に扱います』って意味も含んでたのか……?


 こ、これは、この先気をしっかり持っていないと妙な感情に流されてしまいかねない。

 色々な意味で、華恋に負けないようにしようと思った休日の午後だった。

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