第14話 休日ぱーてぃげーむ
朝食が終わった後。
いつもだったらすぐ部屋に引っ込むのだが、今日はリビングに残ってぼ~っとしていた。
というのも華恋に『この後、ちょっと頼みたいことがあるんです』と言われているのだ。
以前、相談や交渉は早めにしてくれと言った手前、そう言われたら聞くしかない。
別にこの場で待っていることもないのだろうが、神代姉妹の普段の動きをたまには見物してみようかと思ったのである。一応雇い主なわけだし。
エリカは洗い物をしていて、その間に華恋は俺にお茶を淹れてから洗濯機を回しにいったようだ。
出された熱めのお茶をゆっ~くり時間をかけて飲み、湯飲みが空になった頃にはエリカも華恋も手が空いたのか、一度リビングに戻ってくる。
「エリカ、この後の予定は?」
「んっとね。この辺ご近所ってまだ詳しくないし、ちょっと探検してこよっかなって」
「散歩ってことね。十分気をつけるんですよ?」
「子供じゃないんだから、分かってるって~」
そうして、エリカは家を出ていった。
残った華恋はといえば――風呂場を掃除して、洗濯機が止ると洗濯物を干して、家の外回りと玄関、廊下などを掃除し、リビングに戻るとやはりあちこちを掃いたり拭いたり――家の中を忙しく動き回っている。
「あ、あのなぁ、ちょっといいか華恋さんや?」
「はい? あ、もしかして私の頼み事の件で待たせてしまいましたか? お部屋で待っていただいても全然大丈夫ですよ。あと、さんはいらないです」
「違う、待ってない。いや違わないけど、それはどうでもいい」
華恋が『私にできることは多くない』などと言っていたので、実際どんなことしているのかなと見ていたわけだが……。
「お前、働きすぎ」
「え? と、いいますと?」
「掃除とかそんな小まめにしなくていいって。もしも趣味でやってるんなら別に好きにしたらいいと思うけどさぁ」
最近、家中がやたら綺麗になっていくので気にはなっていたのだ。
旅館やホテルじゃあるまいし、ここまでせんでもいいだろうってくらいにピカピカ状態なのである。
「趣味というわけではないのですが、綺麗な方が心地良いかなと思いまして」
「そりゃそうかもだが、ここまでピカピカだと逆に緊張しちまうよ。なんか汚した時に罪悪感沸きそうで」
「その時はまた掃除するので気にしなくて大丈夫ですよ?」
気になるわ。自分で汚して人に掃除してもらうのをあんまりにも当り前にしちゃうのは流石にダメ人間度が上がりすぎるだろう。
かといって小まめな掃除なんぞ俺はしたくない。妥協点として華恋にも掃除は適当なところにしておいてほしいのだ。
「掃除はほどほどでいいから。もっと自分のことに時間使ったらどうだ? エリカみたいに遊びにいくとかさ」
「遊び、ですか?」
華恋は自分の指を顎に当てて、何事かを考えるような仕草を見せた後。
「そう、ですね。はい。遊びたいです」
真顔でそう答えた。
な、なんだ。こいつもちゃんとそういう欲求あったのか。
そうだよな、女子高生なわけだしそりゃ遊びたい年頃だよなぁ。
なんかちょっと安心しちゃったぜ。同い年でずっとゲームしたり動画見たりしてるだけの俺の方がおかしいのかと思ったよ。
「誠一郎君となら、遊びたいです」
「…………なんて?」
耳がおかしくなったかな?
「誠一郎君と一緒に遊びたいです」
「…………なんで?」
意味が分からない。なんで俺と?
どう考えても趣味も趣向も合わないだろう。
クソ真面目で超美人でアホ程人気者な華恋。
クソ陰キャで超平凡でアホ程地味人間な俺。
いわゆる住む世界が違うってやつだ。
事実、ここしばらく一緒に住んでいてもまるで別世界の住人の様にしか感じなかった。
だからこそ逆にこんな完璧超人みたいな美少女と一緒に暮していても意識せずにすんでいたという面もあるが。
「誠一郎君の生活に希望をプラスする為のプレゼンをするには、まず誠一郎君自身のことを知らなければならないと思ったんです。それにはまず一緒に行動するところからかなと」
「そんな理由かいっ」
ちょっと、ほんのちょこっとだけ『もしかして俺のことが気になっているとか?』などというあり得ないことを想像してしまっただろうがっ。
気になっていたところでだからなんだって話ではあるが、男の悲しい性というべきか、可愛い女子と話していると心が揺らぐ瞬間はどうしたってあるのだ。
無論、だからといって恋愛沙汰なんてのはもっての外。
人生を破滅させる三大要素は酒と女とギャンブルなのである。因みに俺の父親だった奴はフルコンプしていた。お手本としては最高だな、逆張りの。
「理由はそれだけじゃなくて、ですね。その、私自身も誠一郎君のことをもっと知りたいと思っているからでもあるといいますか……」
だから勝手に喜ぶな俺の脳みそ!!
違う、これは絶対そういうアレじゃない! こいつのことだ、どうせ恩がどうとか借金のことがどうとかに決まってるだろがっ。
それに深く知られば知られるほど嫌われる自信もある。
現在の俺はもとより、両親のクソっぷりを考えれば将来に関してもどうせ碌なもんじゃないだろう。なんせ人は遺伝子で九割決まる、なんて言われたりもするくらいだしな。
「俺のことなんざ知ってもいいことなんてないぞ」
「私は、そう思いません」
「借金肩代わりしてくれたからいい人、くらいの感覚でいるんだろ? だったら勘違いだよ。あれはこっちなりに理由があってやったことだ」
「そういうことではなくてですね。あ、いえ勿論それもあるんですが、一緒に住んでいると……っていうか、自覚ないんですか?」
「は?」
自覚? なんの?
「えと、いえ、ないならいいんです。とにかく私としては誠一郎君と遊ぶのが望みということです」
「嫌だ、と言ったらどうするつもりなんだ?」
「その時は、待ちます」
待つって言われてもなぁ。
別に好きにしたらいいけど、俺が頷く理由なんて何一つ――。
「仕事をしつつ、待ちます」
「はぃ?」
「この交渉は、仕事以外の時間をどうするか? というところからで、私は遊びたいと頼みました。却下された以上は全力で働き続けるしかありませんし」
「はぁ? ちょ、おま、何言って」
「では、仕事に戻りますね」
すました表情のまま、ぺこりと一例して部屋を出て行こうとする華恋。
え? まさか本当に俺が頷くまで休みなく仕事をし続ける気なわけ? 正気かっ? いやでも、こいつならやりそうだ。
エリカも華恋も、やっぱこの姉妹は絶対まともじゃない。
「……あ~っ、何して遊びたいんだよっ」
渋々、という感じを全力で醸し出しつつ絞り出した俺の声に反応し、華恋はピタリと足を止めた。
くるりと振り返ると。
「誠一郎君とできることなら、どんなことでもいいです」
などと真顔で言ってのけた。……少しだけ、嬉しそうにも見える気もしないでもないでもない。いや錯覚というか俺の願望かもしれないが。
思わず『今なんでもって言った?』などと言質を掲げてこいつの表情が崩れるようなことでも提案してやろうかと考えてしまう。が――。
「でも、可能ならまずは簡単なことがいいかもしれませんね。誠一郎君とお話ししながらできるような、シンプルなものが」
こんなことを言ってくる同級生の美少女に卑猥な提案をする根性など俺にあるはずもなく、結局はとてつもなく無難な選択肢を引っ張りだすことになった。
「あ~~、じゃあ、取りあえずボードゲーム系でどうだ? それならタブレットでアプリとればすぐできるだろうし」
「はい。是非」
表面上、表情の変化はそれほどないが、満足そうな雰囲気はありありと伝わってくる。
なんでこんなことに?
などと言い出すと、まぁエリカと東さんのせいなのだが。
更に元を正せば俺が借金の肩代わりなんぞしたからなのは明白なので、黙って自室にタブレットを取りにいく他なかった。
「たっだいま~。お昼御飯どうす……何やってんの二人して?」
エリカが帰ってきても俺達はリビングにいた。
机を挟んで座り、その間にはタブレット端末が置いてある。
「おかえり、エリカ。今は将棋を指していたところです」
「しょうぎ? 何でまたそんなことを。ってまさか、ずっとやってたん?」
「いいえ。その前はリバーシをしてました」
「へ、へぇ~。で、おにーさんは何で固まってるの?」
「多分、詰んでいるのを確認しているのかなぁと」
詰んでるのかよこれ!? だったらはよ言えよ!!
「くそ、また俺の負けか」
「計七連敗です」
「数えてんなよっ」
「あはははっ!? おにーさんザッコ!」
「うるせぇなっ」
こういう系統のゲームはあんまやったことないんだよ! 基本ボッチだからっ。
「おねーちゃんはこういうじっくり頭使うの強いからなぁ。あたしも勝ったこと無いもん」
なんだって?
じゃぁ得意分野で勝負してきてたのかよっ。
問い詰めるような視線を送ると、華恋は少しばつが悪そうについと目を逸らす。
……こいつ。
また一つ、華恋のことを知ってしまったようだ。
実はかなりの負けず嫌いだな?
「次は何をしますか?」
「まだやる気かよ」
こんだけボコボコにしておいて、鬼かこいつは。
「あ、まだやるならあたしもまぜてまぜて! できれば頭あんま使わないやつ! 三人いるから、人生ゲームとかパーティ系ゲームがいいんじゃない?」
「そういうのもいいですね」
「え? いや、俺はギャンブル要素強めのゲームはちょっと――」
「え~? あたしが入っちゃ駄目なのぉ?」
「疲れてしまいましたか?」
「そういうわけじゃ……あ~、まぁ、いいか。やるよ」
「そうそう、やろやろ~」
結局、エリカも加えて再びゲームをすることになった。
タブレット端末は一つしかないからアクション系のアプリで対戦はできない。
なので、スゴロク系やカードゲーム系の運要素の強いゲームをすることになった――のだが。
「上がりだ」
コッチコッチと、時計の音が静まりかえった部屋の中に響く。
最初はあれほど五月蠅かったエリカもすっかり静かになっていた。
「う、嘘でしょ、また? あ、あのさぁ。おにーさん、ヤバイくらい強くない?」
「……十連敗です」
ハッ!? し、しまったやっちまった。
サイコロ、ルーレット、カードなどを使うゲーム諸々で、気が付けば勝ちに勝ちまくってしまっていた。
華恋が、表情の変化は殆どないものの、なんか微妙にどんよりした空気を背負っているように見える。
エリカにいたっては露骨に引いてるし。
ギャンブル系はあまり真面目にやらないようにしていたのになぁ。久しぶりだったし、華恋に負けまくった鬱憤が溜まっていたから、つい。
まぁ何かを賭けていたわけじゃないし、この程度はギャンブルをしたうちにいれなくてもいいとは思うのだが――それでも『自分は賭け事をするべきではない』という苦い思いが心の奥から浮き出てきてしまった。
「そろそろ終わろう。タブレットのバッテリーも切れてきたしな」
「え~っ、一度も負けずに勝ちにげぇ!?」
「ずるいです……」
「もう相当な時間やっただろうがっ」
自分で言ってから気が付いたが、本当に時間が経っていた。
窓の外を見ると日が暮れ始めている。
「うぁ、本当だ!? お昼も食べてないのに!」
「ゆ、夕ご飯急いで支度しないと。あ、その前に洗濯物を取り込まないとっ」
神代姉妹がバタバタと忙しく動き出す。
「ふぅ。しっかし、結局まともな会話なんて殆ど無かったじゃねーか」
会話しながらできる遊び、と華恋は最初に言っていたが、始めてみれば殆ど会話らしい会話はなかった。
ゲームの合間合間に『好きな食べ物とかありますか?』『……唐揚げ』みたいなのがちょいちょい挟まっただけだ。
「その割には、随分時間が経つの早かったなぁ」
つまり、時間を忘れる程度には楽しかったということなのだろうか?
そんな経験をしたのはいつ以来の――。
「いやいや、そんなまさか、なぁ?」
誰にする為のものなのかも分からないまま、必死に言い訳を考える。
けれど、急いで洗濯物を取り込んでいる華恋や、夕食の準備をしているエリカを眺めていたらなんかどうでもよくなってしまった。
「あー、俺もなんか手伝おうか?」
気まぐれにそんなことを申し出てみたものの『私の仕事ですから』『おにーさんは応援してて~』などとあっさり断られるのだった。
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