第13話 休日ぷれぜんてーしょん

 神代姉妹が風邪を引いて次は俺の番かとびくびくしていたのだが。結局症状がでたりすることはなく週末を迎えた。


 その頃には二人の風邪も良くなっていたので、安心して休日の惰眠を貪っていた……のだが。


(ん~……んん……?)


 体がゆさゆさと揺らされている感覚に意識が半覚醒していく。

 同時に、耳元へと清んだ鈴の音みたいな声が届いた。


「起きてください、誠一郎君」

「…………ん……あ……? かみ、しろ?」


 まだ重たい瞼をなんとか開くと、最近やっと見慣れてきた美少女の顔。


「神代じゃないですよ。あ、いえ、神代なんですけど――華恋、ですよ?」

「あぁ、かれ……華恋!?」

「ひゃッ?」


 思わずベッドの上で寝返りを打つように後じさってしまい、ベッドから落ちそうになる。


「うぉっとッ」

「だ、大丈夫ですか? いきなり動くからびっくりしました」


 心配そうにのぞき込んでいるのは確かに間違いなく神代華恋その人だ。

 既にカーテンは開けられ、日が差し込んでいるのでハッキリ御尊顔が見える。


 今日まで彼女が俺の部屋に入ったことはなかった。

 この部屋は掃除もしなくていいと言ってあったし、勿論起こしてくれと頼んだこともないのだから当然だ。


「今日は学校も休みだろ? なんかトラブルでもあったのか? また体調不良とか?」


 緊急事態か何かが起こったんで俺を起こしに来た、というのなら分かるが。華恋は微妙な角度に首を曲げながら答えた。


「えと、特別なトラブルとかはないです。ちょっとした報告なら、ありますけど」

「報告? ってなんだ?」

「実はエリカと色々と話合いまして。提案をしてもらったとも言いますが」

「ていあん?」


 エリカの提案、という単語だけであいつのニマニマした表情が思い浮かんで若干嫌な予感がする。

 嫌な割に、脳内に再生される顔はとにかく可愛いくて美人なのが腹立たしい。


「私は、ここで働かせていただくにあたって色々と考えていたんです。どこまで誠一郎君の私生活に踏み込むべきなのか? どれくらいからが迷惑になるのか? 自分の仕事の領分とは? とか、そういうの諸々なんですけれど」

「はぁ? そりゃ、お気遣いどうも……?」


 っていうか、そんなことを日々考えながら生活してたんかい。


「でも、そんな普通の仕事だけじゃ、本当の意味の恩返しにはならないんじゃないか? と」

「なんだって?」


 普通じゃない仕事ってなんだ? つーか恩返しに本当も嘘もないと思うのだが。


「お金の問題を越えた恩返しをする、それくらいの気持ちでここに来ました。でも料理を作るのはエリカですし、私にできることはあまり多くありません」

「そ、そんなこともないと思うけど」

「いえ、あるんです。で、ですね。東さんにもご相談などしてみたところ、色々助言をいただけまして」


 んなッ。

 無駄に的確に面倒になるであろう人物に相談してんじゃねぇよっ!?


「誠一郎君は放っておくと自堕落で孤独で破滅的な人生を送りかねないから、私が矯正してあげることが一番の恩返しになる。と」


 あの女ぁあああああ!! 

 毎度毎度面倒な奴に面倒なことを吹き込んでじゃねぇえ!!


「そ、それはあの人なりのタチ悪い冗談みたいなもんだ。こういっちゃなんだかお前に俺の生活をどうこう言われるのは迷惑だ。なんなら家から出てってもらってもいいんだぞ?」


 精一杯睨みつつ告げた。が、何故だか華恋はハッとしたような表情をしている?


「凄いです。誠一郎君はきっとそう言ってくるだろうけど、今更追い出したりするような薄情な子じゃないからドンドンやっちゃって、と。本当に東さんがおっしゃったままの言葉でしたね」


 ちくしょうがあぁあああ!! 

 なにホッと胸をなで下ろしてんだこのやろう!?


 くっそぉ。なまじ子供の頃から知られているだけに色々筒抜け過ぎてどうにもならんっ。


「エリカも、おにーさんは口では色々言うと思うけど全部照れ隠しで、本心ではきっと喜んでいるはずって。えと、そうなんですか?」

「んなわけあるかっ。違うからな!?」

「あ、絶対に違うって言うだろうけど、って言ってたとおりです」


 だからホッとすんなよっ。ちょっと安心した顔も可愛いとか思っちゃっただろうがって早速喜んでんじゃねーよ俺ぇ!! 


 なんなんだ? もしかして年下の奴にまでなめられてる俺? ……エリカは無駄にその辺の勘が良さそうだったしなぁ。

 どういう生き方したらああなるんだろう? 生まれつきか?


「そういった訳で、今日からは私なりに誠一郎君の生活を有意義なものにするべく頑張ることにしました。どうぞよろしくお願いしますということで」


 余計な決心せんでいい! 

 って言ってもなぁ、こいつ変なところ頑固だから……。


「あ、あのなぁ華恋さん? 正直言って、俺はもうこの先の人生に期待とかしちゃいないんだよ。今の生活がダラダラ続けばそれで満足なんだ」


 ――だからほっといてくれ。 とは、続けられなかった。


 華恋が、ぐっと顔を近づけてきたからだ。

 心臓の拍動やらそれによって増えた血流やらが顔に出ないようにするので精一杯。


「そんなの、ダメです。私の人生を助けてくれた誠一郎君が、自分の人生に期待をしていないだなんて。黙っては見過ごせません。私は、なんとかしてあなたがこの先に希望を持つような生活をプレゼンテーションしてみせます。あと名前にさんはいりません」


 至近距離で見る華恋の双眸には強くて固い意志の光が宿っていて、朝日に映えるそれはまるで宝石のようだ。


 付き合いがもっとずっと浅い頃、学校でのコイツの真面目さを本心では鼻で笑っていたと思う。

 苦労も何もしらないチヤホヤされて育ったお嬢さんなんだろうな、と。


 しかし、今はこいつの事情や私生活を俺は知ってしまった。

 神代華恋は外見と中身がきっちり釣り合った存在なのだと十分思い知っている。


 つまりだ、こいつが本気になったら多分俺にはもうどうにもできん。


「…………はぁ~~。分かった、分かったよ。んで? 具体的には何をする気なんだお前?」

「え? えーっと、まずは規則正しい食事睡眠かと思って起こしには来たんですが。その、他のことはまだ」

「ノープランだったのかよっ」

「踏み込む決心の方に時間がかかってしまって、具体案を考えるまでいたりませんでした」


 こいつ、完璧人間っぽくみえてどっか抜けてるっぽいんだよなぁ。


 天然はマジの天然なのか。妹に心配されるわけだ。ったく。


「とにかく、まずは起きてくださいね。何事もそれからですし」

「へいへい」


 仕方なく、のそのそと起き上がる。


「ゆっくりでいいので、準備が終わったら降りてきてください。朝ご飯の支度はエリカがしてくれていますから」

「分かった分かった」


 部屋から気分良さそうに出ていく華恋を見送りつつ、盛大なため息をついた。




 着替えなどを終えてリビングに向かうと、いい匂いと華やかな光景に出迎えられる。


 美味そうな料理が並んだテーブルに美少女が二人して並んで座っているのだ。

 最近は見慣れてきたとはいえ、やはり一日の始まりに見ると脳に軽い衝撃があった。


 少女のうち一人が、えらくにこやかにこちらへ片手を振ってくる。


「おはよ、おにーさん。よく眠れた?」

「少しばかり寝不足だよ」


 お前が姉をけしかけたせいでな。

 昨日はゲームをかなり遅くまでやっていたのだ、今日は午後まで寝る前提で。


「あははっ。じゃ、今日は早く寝よーね? あたしが添い寝してあげる」

「ふざけろ」

「そ? おねーちゃんの方がいいってよ、添い寝相手」

「へっ!? それは、その……は、はい、そういうことなら、頑張らせていただきますっ」


 いやいやいや何も全然、はい、じゃないが。

 何を真っ赤になって頑張る決意してやがる。


「ハグをすると脳に良い影響が出るという研究成果を聞いたことがありますし、誠一郎君の日常生活における幸福度を上げるのに役立つなら……私は、ハグも辞さない覚悟です」

「無駄に科学的根拠を出してくんなっ」

「おねーちゃん、ハグの更に上に、だいしゅきホールドていうのがあるって聞いたことが」

「お前はこれ以上姉に余計なことを吹き込むんじゃねぇよっ!?」


 お前の姉はどうやら冗談があんまり通じねぇんだぞっ。

 ってかなんでそんな単語知ってやがる。


「だいしゅきほーるど、とは?」

「聞くなっ、今すぐ忘れろ!」

「え、ですがハグ以上の効力があるのならば是非試して」

「ないっ、科学的な根拠は一切ないから!」


 ある意味ハグの一万倍くらい効果ありそうだけどこいつには絶対知られてはならないというか俺も考えてはいけない。引き返せなくなったらどうすんだアホか。


 俺と華恋のやり取りを聞いていたエリカが、とうとうケタケタ笑い出した。


 こいつ、自分が発端のくせに……。


「あ~っいいから飯にするぞ飯に!」

「あ、そうですね。冷めてしまいますし」

「は~い。ふっ、くふふっ」


 おかしい。俺の静かな生活は変わらないはずだったのに。

 なんか徐々に姉妹の浸食率が上がってきているような気がする……?

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