3章 新しい日常
第11話 寝込み美少女姉妹
「かぜ?」
「はい……結構熱もあるみたいで。もう一度寝かしつけて、今は眠っているはずです」
ある朝。エリカが風邪をひいた、とリビングで知らされた。
道理で朝飯を作っているのが華恋一人なわけだ。
「新しい生活に慣れてきて気が緩んだせいかもしれません」
「どっちかつーと、あんな格好してるからじゃ……」
「あんな格好?」
「いや、なんでもねぇ」
少し前に下着姿で俺の部屋にいたことが、などと言うつもりはない。
妹の行動をどこまで姉が把握してるのか知らんが、こっちからバラす必要もないだろう。
「なら学校は休みだよな。病院か。え~っと、タクシー呼んで」
「えと、ただの風邪みたいですし、本人も寝ていれば大丈夫と言っていたでそこまでは大丈夫かと。ただ私も今日のところは休んで看病をしたいんですが、いいでしょうか?」
良いも悪いもないだろ、と思うのだが。どうせこいつのことだ、本来の仕事をできない自分が歯がゆいみたいな感覚があるんだろう。
本当に、えらい奴に恩を売っちまったものである。
「いいに決まってるだろ。仕事は休みってことで面倒みてやれよ」
「いえ、仕事はできる範囲で、その」
「だからいいってのに。治るまでは看病に集中しとけ、大事な妹なんだろ?」
「……はい。ありがとうございます」
深くお辞儀をする華恋からは、どこか嬉しそうな雰囲気が感じられた。
流石に妹を引き合いにだせば仕事を休ませることができるようで、こっちも安心したけどな。
いくら恩を返す為だとはいえ、あんまりにも重い決意を背負ってやられたらこっちが精神的に疲れるってものだ。
「じゃ、俺は学校行ってくるから」
「はい。行ってらっしゃい。――ごほっ」
ん? なんか、ちょっと嫌な予感がするんだけど。
これは一応学校帰りに買い物かなぁ。二人分。
放課後。ドラッグストアで買った経口補水液だの風邪薬だのが入ったビニール袋を下げて、自宅のドアを開けた。
家の中はシーンと静まりかえっている。
最近は神代姉妹のどっちかに『おかえり』と出迎えられることも多かったので、なんだか妙に久しぶりな感覚だ。
大抵は二人のどっちかが先に帰っているからな。
まぁ一緒に通学路を歩いているところを見られたくないので、俺が一人で大回りの道を選んでいるからなのだが。無論、学校行く時も別々に登校しているし。
あまり物音を立てないように自室に行き、着替えたりしてからリビングに向かう。
すると、机に突っ伏している華恋の姿が見えた。
その後ろでは鍋から湯気が立っている。
「おい、風邪薬とか買ってきたぞ」
反応がない。
寝てる、のか?
鍋の方を覗き込んでみると、どうやらおかゆを作っているらしい。
ただ、自分が料理をしないのでよくわからないが、水分が飛んでカラカラになってきているんだけど……これは大丈夫なのか?
「おーい。鍋、コンロ止めたぞ。もしもーし」
応えがないので肩を揺すってみる。
随分、華奢だなこいつ。
「……あっ、おかえり、なさい。私、寝て……?」
華恋が上体を起こしてこちらを見た。なんか、顔が赤いんだけど。
「……お前。熱あるだろ?」
「え?」
ぼーっと焦点がさだまらない華恋の額に手をあてると、明らかに熱い。
やっぱりな。朝、咳をしていたからもしかしてとは思ったのだ。
何しろ姉妹同じ部屋で寝ているのだから、二人とも感染していたとしても不思議じゃない。
「あ、そういえばおかゆ。……焦げてます」
鍋を見るために立ち上がった華恋だが、足取りがよたよたしている。
こりゃ結構熱がありそうだ。体温計も買ってきて正解だった。
「おかゆはいいから、部屋に戻るぞ」
「え? でも、エリカの御飯を」
「それもいいから。今は何も考えずに戻って寝ろ」
華恋の腕をやんわりと引っ張っていこうとするが、突然彼女の体がふらつく。
「ちょっ!?」
つい、抱きとめてしまった。
柔らかな体の感触、次いで高めの体温がじんわりと腕全体に伝わってくる。なにより、汗をかいているせいか華恋の匂いがふわりと香って。
「わ、わるいっ」
思わず両肩をつかんで引き剥がした。
「こ、こちらこそ、ごめんなさい」
華恋の顔は相変わらず赤いが、間違いなくこっちも赤くなっているだろう。
普段はなるべく接触しないようにしているから意識せずにいられるが、こうして触れあってしまうのはまずい。
何しろ神代華恋は掛け値なしの美少女なのだ。
こんな距離で向かい合うなど本来俺に許された領域じゃないし、特に今は熱のせいか少し潤んだ瞳やら上気した頬やらが妙に色っぽくすらあって、尚更たちが悪い。
「あ~、ほら、腕つかまってていいから」
とはいっても、こんなふらついてる奴を放り出すわけにもいかない。
なんとか顔をそらしつつ、腕だけ差し出す。
「ありがとう、ございます」
華恋は両手で俺の片腕に遠慮がちにつかまると、ゆっくり歩き出した。
「あれ~? おにーさんだぁ。ごほッ」
部屋に入ると、エリカがこちらを見て若干しゃがれた声を上げた。
顔も赤いし、気だるそうなのが見ただけで分かる。
「よぅ、風邪っぴき一号。風邪っぴき二号を連れてきたぞ」
俺の後ろにいた華恋がゆっくりと前にでる。
「おねーちゃん……やっぱり風邪じゃん。だから言ったのにぃ」
「だって、今朝は熱まだ上がってなかったんです」
どうやら妹は姉の不調に気が付いていたらしい。それでも華恋が看病すると言い張っていたみたいなことか。ったくもう。
「ほら、布団敷くからどいてろ」
「え? いえ、私、自分で」
「いいから」
華恋の主張を無視して布団を引っ張り出す。
彼女はその間、ぺたんと床に座ってぼーっとしていた。どうやらマジで頭があんまり回ってないっぽい。
「ほら、布団敷けたから寝ろ。あ、勿論着替えてからだぞ」
「すみません、迷惑をおかけして。本当に、ごめんなさい……」
顔は赤いくせに、凄まじく落ち込んで顔を青くしているような空気感が伝わってくる。
どうやらこの状況にかなり落ち込んでいるらしい。
「お、おねーちゃんっ。これは、最初に風邪をひいたあたしが悪くって、ゴホッごほっ!」
エリカはエリカでこの状況に責任を感じているというか、姉を庇いたいらしい。
馬鹿か。なんで風邪引いてこんなに落ち込んでんだこいつらは。
「あーもう面倒くせぇ。あのなぁ、俺らは一応同じ家に住んでるんだぞ? そりゃお前らにはお前の都合があるんだろうが、こっちには恩も仕事も知ったこっちゃねーんだよ」
自分でも何が言いたいのかよく分からない。が、勝手に言葉はするすると出ていく。
「俺は堅苦しいのは嫌いだ。一緒に暮してる奴にいつもいつも仕事だ恩返しだって肩肘張られてたら迷惑なんだよ。毎日掃除して洗濯して美味い飯でてきて、十分過ぎるくらいありがたいっての。余計な責任感じなくていいから、こういう時は黙って堂々と寝てろっ」
言い切ってから我に返ると、熱に浮かされた様な表情で神代姉妹がぼ~っとこっちを見ていた。
やべっ、つい病人に向かってエキサイトして……。
これ以上ここにいるとまた余計なこと口にしそうなので、とっとと出ていくことにする。
ドアを開けると、か細い声が背中に届いた。
「あのっ、ありがとうございます。誠一郎君」
「いいから、寝ろ」
ドアを閉めた。
――ありがたい。
さっきは自然とその言葉が出てきた。今更ながら、少しだけ自分でも驚いてしまう。
どうやら、俺はあの姉妹が家にいることをありがたいと思っているらしい。
「ま、家事苦手なのは本当だし。やってくれるのは助かるに決まってる、よな?」
納得した後、リビングへと戻る。
今日はその苦手な家事をしなくてはならないのだ。
「苦手つっても、コイツなら楽勝っと。あっつ……ッ!?」
病人食といえばおかゆだろうってことで、ドラッグストアでレトルトのやつを買ってきてあったのだ。嫌な予感がしたのでちゃんと二人分買ってある。
暖めたおかゆを皿に移し、お盆に載せて再び神代姉妹の部屋に行く。
「飯もってきたぞ。入って大丈夫か?」
一応、入る前に声をかけた。
さっきは色々あって気が回らなかったが、女子の部屋なんだよな、ここ。
「はい、大丈夫です」
許しを得てドアを開けると、華恋もしっかり布団に入っていた。着替えも終わっている。
「おかゆな。二人分あるから」
二つ敷かれた布団の間に入って、おかゆを置く。
「これ、おにーさんが?」
「作って、くれたんですか?」
ゆっくりと上体を起こした二人が驚き混じりの声で聞いてくる。
余程俺が料理を作ったのが信じられないらしい。まぁ、実際レトルトだけど。
「袋を暖めただけなのを作ったというんならな」
「いういう。ありがと、おにーさんっ」
湯煎しただけでこんなに感謝されるとは、随分割のいい話だ。
逆に言えば、普段の俺が鍋に湯も沸かしてやらないほどの冷血漢に見えていたということか?
まぁ、割とその通りだからいいんだけれども。
「ほれ。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう、ございます」
皿を手渡すと、おずおずと受け取る華恋。
その後エリカにも手渡したのだが。
「ね、ね、おにーさんが食べさせてくれてもいいんだけど?」
こっちは素直に受け取らなかった。何を言ってやがんだ馬鹿かこいつ。
「エリカっ。ごほっごほッ!」
ほれ見ろ、アホなこと言ってるから姉が咳き込んでるじゃねーか。
「それくらい一人で食え。あと経口補水液な。水も置いてくから薬はこっちで飲めよ。咳止め用のど飴と冷えピタも置いておくぞ」
「おぉ~。こんなに買ってきてくれたの? おにーさん、看病慣れてる?」
「ただネットで調べただけだよ」
一人で暮している人間が慣れているわけがない。当然、され慣れてもいない。
「すみません。後で立て替えてもらった分の代金を」
「さっきも言ったぞ。一緒に暮してる相手に気を遣いすぎるのはいい加減やめろ。こういう問答がすでに面倒くせぇ」
親しき仲にも礼儀あり、とはいうが俺は過剰な礼儀のやりとりは苦手だ。
いやまぁこいつらとはそもそも別にそこまで親しい仲ではないかもしれんが。
だとしても、こっちは家の中に侵入を許した時点である意味もう抵抗をするのを諦めてるんだ。
ならばせめて気軽なやり取りが出来る程度の間柄くらいはここらで確保させてもらおうじゃねーか。
「……分かりました」
華恋は少しの間考えた後、そう答えた。
「じゃ、体温計も置いておくから後で計れよ」
取りあえずのやることは終わったと思うので、部屋から出て行こうとすると。
「誠一郎君」
「おにーさん」
ドアの前でまた呼び止められて振り返る。
「今日は、本当にごめんなさい」
「でも、ありがとね~」
なんだ? と問う間もなく投げかけられた、本日何度目かの謝辞。
そういうのはいらん、といくら言ってもこいつらは聞かないんだろうなぁ。
「気にすんな。持ちつ持たれつってやつだろ」
適当に答えて部屋を出た。
実際問題、この後で俺も風邪引いたりしたらあいつらに持たれる側になりかねない。
正直、美少女二人に看病されるとか、嬉しいを通り越して気まずいから可能な限り回避したい未来だけどなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます