第10話 魔性の妹
互いの紹介が終わった後、エリカは『夕飯つくるね! あたしを呼んだこと後悔させないからっ』などと言ってキッチンへと向かった。
俺的には、一応の理由付けというか、華恋が妹と一緒にいれるようにする為の方便のつもりだったのだが、これからは本当にエリカが料理を担当するらしい。
手際がいいということなのか、華恋よりも早く料理はでてきた。
かかった時間の割にメニューも豊富だし、見た目も華やかだ。
「――うまッ!?」
「へっへ~。でしょ?」
実際に食べてみてもかなり美味い。
中学生でこれだけ料理ができるものなのか……。
言っては悪いだろうが、華恋の料理より数段上なのは間違いない。
「やっぱりエリカの料理には適いませんねぇ」
華恋も若干複雑そうな表情ながら、穏やかな様子でエリカの料理を食べている。
普段食べ慣れている味だろうからな。安心感もあってか結構な量を平らげていた。
「いーんじゃん? あたしが料理担当、おねーちゃんがご奉仕担当って感じでさ」
ご奉仕って。なんかこの状況で聞くと異常にいかがわしい単語に聞こえる。
相手は中学生だし、そんな意味では言ってないんだろうけど。
「あ、でも、おねーちゃんにそういうサービスは無理かな? ならその辺もあたし担当ってことでいっとく、おにーさん? あたし、スタイル自信あるしっ」
「エリカ! 変なこと言わないのっ」
……マジかこいつ。
一体どこまで分かって発言してるのか? 怖くて確かめる気にもならない。
もしかして、割とやばい奴を家に入れてしまったのかもしれん。
「いっとかないよ。普通に料理だけで十分だ。マジで美味いしな」
「あはは~。嬉しいこと言ってくれるなぁおにーさんってば。サービスしがいあるよ」
「だから余計なことすんなって言ってんだろがっ」
「すみません、妹が。すみません」
「お前はもういちいち細かいことで謝んなっ」
ったく。この姉妹、どうやら本当に性格は正反対に近いらしい。
よく二人の時は仲良く暮らせていたものだと思うが、三人一緒に住むとなったら俺の方が間に挟まれて大変そうだ。
ま、どちらともあんまり顔を合わせないように暮せばいいんだろうけどさ。
神代妹ことエリカもウチに住み込むようになり、神代姉妹との生活が本格的に始まった。
――とはいえ別に生活が激変するわけではない。
美少女姉妹と同居、などどいう字面からすると男子的にはまるで夢のような状態だろうが、実態は家庭内別居している夫婦よりも距離感が遠い。
ま、実際に家庭内別居している夫婦の生活様式など知らんが。
俺の両親なんて、クソほど喧嘩して家庭内ではすまない別居をした挙句に最後は家族ごと離散したからな。
そういったわけで、最初に予想していたような生活変化のストレスは然程感じることなく過ごすことができていた。
「ふぃ~」
自室に入るとひんやりとした空気が体を包んでくる。
日によっては風呂上がりの熱気もすぐに奪われるくらいに気温が下がる日も出てきた。湯冷めして風邪など引いてもつまらないし、早く布団に入っちまうかな。
因みに、風呂の時間もきっちり分けてあるので脱衣所とかで間違って鉢合わせ! などということは起こりえない。
今のところは俺が最後になっている。家主が一番ゆっくり入れるようにとの配慮らしい。一番風呂に拘りはないので、俺もそれで了承した。
「ん?」
ふと気が付いた。べッドの布団が不自然に盛り上がっている。
何かベッドに置きっぱにしてたっけ?
などと思いつつ布団をガバッとめくって、思考が停止した。
「――は?」
「やっほ。待ってたよおにーさん」
布団の中には神代妹、エリカがいた。下着姿で。
「お、おまっ、なにっ、はぁっ!?」
え、なにコレ? 見てもいいやつ? 肌白っ、足長っ。腰細っ。
ってそうじゃねぇよッ。
「えっと、あれだ、その」
「どれで、なにー?」
上半身を起こし、ニマニマした顔でこっちを眺めているエリカ。
こ、こいつ……。
「なんでここにいるんだよ!?」
やっとのことで言葉が出てくる。ついでにようやっと視線を逸らすことに成功した。
思わずガン見してしまう程に大変魅力的つーかヤバイ肢体つーか。
下着は、まぁちょっと子供っぽいかもだけど。そんなことどうでもよくなる位のスタイルの異常な良さが、ベッドに寝転んでいてもよく分かってしまう。
「別にそのまま見てていいのに。んっとね、ここにいるのはおにーさんを待ってたんだけど、流石に寒かったから途中から布団借りてた」
「そういうこと聞いてるわけじゃなくて!」
「ん? じゃぁ、なーに?」
「なんで俺の部屋で下着でいるのか聞いてんだっ」
ベッドにいた理由なんかどうでもいい、わけではないが、問題はそこじゃない。
何で人の部屋に勝手に入ってしかも半裸なんだって話である。
「下着なのは~、サービスのお試しみたいな感じ?」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「んっとね、あたしらってメイドみたいなもんなんでしょ? だったらこういうサービスもありかなって思って。エリカちゃんはすっごい美人さんだって近所では有名だったんだけど、嬉しくないかな?」
うれしいです。
違う、そうじゃない。美人なのは紛れもなく事実だが、そこでもない。
「あほか。メイドじゃなくて家事手伝いだ。何がサービスだマセガキめ」
「えぇ~? ガキって、そんなに歳は変わらないでしょ」
「だとしてもだ。そんな格好で人の部屋に勝手に侵入する仕事なんて頼んだ覚えはねぇ」
説教染みたことを口にしながらも、実のところ心臓の鼓動はかなり早くなっている自覚があった。
年下なのは間違いないが、エリカは本当に年下なのか疑いたくなるほどの容姿をしている。ゆえに、この状況はやばい。大変よろしくない。
「だからお試しの宣伝にきたんだってば。助けてもらった恩を返すっていうんなら、こういうのもありでしょ? おにーさん相手にならあたし、最後までいっても――ッ!?」
エリカの手を強く引いて、一気に押し倒した。
「あっ……」
少しだけ固くなった彼女の顔を一瞥して。
「わぷっ!?」
――布団を叩きつけた。
「馬鹿言ってないで寝ちまえっ。このマセガキ」
「むぅう~!? ちょっ、だしてよぉ」
エリカがジタバタしているが、布団の端を押さえつけているので簡単には出てこれまい。
「ガキって、だからそんなに歳違わないじゃんかぁ!」
「そうだよ。俺もお前もガキだってんだよ」
だからこういう挑発はマジでヤメロくださいオナシャスなのだ。ともすれば手が伸びかねないから。
エリカの場合、あまりにも美少女度が高すぎるから逆に腰が引けてしまってそういう気になりにくいってところがあるので、なんとか耐えられた。
こんな事でなし崩しに下手な関係を構築しちまったら、あとあと絶対面倒な事になるに決まっているのだ。そんなのは超絶ご免こうむる。
「借金はなくなったんだ、普通に過ごせばいいんだよ。お前も、姉もな。恩返しなんて俺にする必要本当は全然ないし、変に気負われてもこっちが迷惑だってんだ」
それに、こいつに手なんかだしたら姉がどんな事になるか分かったものではない。あいつ、相当に妹を溺愛している風だったしな。
モゾモゾ動いていた布団が、すっと動きを止めた。
「ねぇ、おにーさんさ。おねーちゃんのことどう思ってるの?」
「なに?」
出会ってすぐの時にもされた質問。あの時は適当にはぐらかしてしまったが。
神代をどう思っているのか、だと?
「別にどうも。恩を返す為だけに住み着いた頑固でクソ真面目で変なクラスメートだよ」
俺の声に対し、答えは中々返ってこなかった。
布団がまたモゾモゾ動いて、押さえつけていた隙間から顔だけがぽんっと出てくる。
なんだこいつ、可愛いな。
って違うそうじゃなくて。
なんでこんな嬉しそうにニヤニヤしてんだ、こいつは?
「ふふ~っ。おにーさん、いい人だね?」
「はぁっ?」
なんなんだ、こいつら姉妹は揃いもそろって。
「だって、おねーちゃんを助けてくれたんでしょ? 借金のことはあたしも知ってたし。その場で起きたこと全部を聞いたわけじゃないけど、おにーさんが普通じゃありえないようなことをしてくれたってのは、分かるよ」
エリカは確かにあの時いなかった。多分、華恋がワザと遠ざけていたのだろう。
「あたしね、おねーちゃんのこと大好きだし、すっごく大切なの。あたしらって一時期は色々な事情で離れて暮らしていた時期もあったから、余計になのかもしれないけど。だから――おねーちゃんを助けてくれて本当にありがとう、おにーさん」
エリカの声には、今までにはなかったとても真摯な響きが宿っていた。
「礼なら、もう姉に言われたよ」
「それはそれ、これはこれだってば。正直、最初はおにーさんのこと疑っちゃってたしね。いきなり借金をなんとかしてくれたクラスメート~なんて、都合良すぎじゃない? って思ったから」
「あぁそりゃ当然――って」
まて? まさかこいつ、だから今回俺に対してわざわざ下着で『仕掛けて』きたのか?
現場にいなかった自分は姉を助けた相手のことがよく分からない、そんな男が大切な姉の傍にいるのは心配、だから?
「お前、俺を試したのか?」
「あ、バレた? えへへ~」
「えへへ、じゃねぇよ。俺を疑うのは当り前だが、やり方がリスキー過ぎるわ」
俺が本当に手を出していたらどうするつもりだったんだまったく、と呆れる俺に対し――エリカは微笑んだまま。
「その時はその時でしょ。おねーちゃんがなんかされるよりよっぽどいいよ」
あっさりとそう言い切った。
「でも、おにーさんはそういうことしなかったね。本当のいい人で良かった。これからよろしくね? 優しいおにーさんっ」
「……俺は別にいい人でも優しくもねぇよ。お前ら勝手に勘違いしすぎだ」
「そうかな? あたしはおにーさんのこと気に入ったけどなぁ。なんなら、今からでもちょっとだけ本当にサービスを試してみる? おねーちゃんには秘密にしておくし、怒ったりもしないからさ。あれだけのことをしてくれたおにーさんに、お礼はしないと、ね?」
こうしてエリカと目を合わせて話していると、不思議な感覚に陥りそうになる。
なんだろうこれは?
どういうわけか、この子の言うとおりにすればそれで正解な気がしてくるのだ。こういうのを『蠱惑的』とか『魔性』とか言うのだろうか?
「あ~~っ。うん」
「んぇ?」
一度エリカから目線を大きく外した後。割と強めのチョップを頭にたたき込んだ。
「いったぁ!?」
「ごちゃごちゃうるせぇ! いいから早く寝ろって言ってんだろがっ」
「も~っ、いきなり叩くのはナシだよおにーさん~」
やかましい。お前の挑発のほうがよっぽどナシだよ。マセガキ中学生が。
「一つ言っておくぞ。人を簡単に信用する奴は馬鹿をみるだけだ。お前がちょっと体張ったくらいで人の本性なんて見抜けやしねーよ」
ベッドから立ち上がって部屋を出て行くことにする。
今日はもう、ソファーで寝よう。
「……いいよ、分かった。なら、おにーさんがあたしたちを信用できるまで、頑張るから」
思わずずっこけそうになった。
「馬鹿かお前? 色々逆だろっ」
まずお前が俺を信用するなって言ってんだよ!!
「逆もなんとかするっ。いつかおにーさんのこと丸裸にして、心の底から信用してみせるから!」
「だ~っもう、勝手にしろ!」
なんで半裸の奴に丸裸にする宣言なんぞされなきゃならないんだっ。
くそっ、華恋の奴め。とんでもねー妹を呼び寄せてくれたもんだ、ったく。
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