第9話 美人過ぎる妹、襲来
翌日。
神代は学校を終えた後に買い物に寄るのだと言っていた。多分、今日ウチに来るという妹用の諸々を買い足しにいくのだろう。
生活費、妹さんの分を上乗せしないとなぁ。でも神代は受け取らない気がする。
あ、それよりも先に妹さん用の布団を用意しないとだ。また東さんに買ってきてもらっちまうかなぁ。
などと、つらつらと考えごとをしつつ学校から自宅の前へと帰り着いた。
――すると、玄関の前に誰かが立っている?
「……………………」
っ!
うぉおっ。思わず一瞬見とれてしまった。
離れた所から見ても分かるくらいに目立つ容姿だ。
若い女、というか学生服を着た女子。割と長身で、色素が薄いのか明るめの髪色をしている。しかもロングなので余計に目立つ。
なにより、異常にスタイルがいい。
まるでモデルが立っているかのようで、ウチの玄関先にはまったく似つかわしくない異様な光景だ。って、なんでウチの玄関の前に?
「あっ」
俺の存在に気が付いたのか、モデル女子が振り向いた。
軽やかな足取りでこちらに歩いてくる。
「ね。おにーさん、加々美って人?」
「え? あ、あぁ。そうだけど……」
「おぉ、やっぱり! ん~思ったよりふつーの感じ? でも人は見た目じゃないってねー」
な、なんだ、何を言ってるんだ? というか、近くで見るとある種の圧迫感が凄い。
見れば見るほど強烈な印象を与える美少女っぷりだ。
身近にいる美形と比べると、神代が清楚というか落ち着いた可愛さだとするなら、この子のは鮮烈な――目の覚めるような美しさといえるかもしれない。
どちらも同レベルの美少女ではあるだろうが、全くタイプが違う。
「あー。というか、どなたでしょう? 一体ウチになんの用です?」
えらい美人を前にした緊張を振りほどき口を開いた俺の問いに、彼女はぽかんとした表情になりながら首をかしげた。
なんだか小動物みたいな動きで、美人な割にえらく仕草は可愛らしい。
「あれれ? 聞いてないの? あたし、今日から一緒に住む予定なんだけどなー」
「――はぃ?」
今日から、一緒にだと? ちょっと待て、まさか。
「あたしねー、神代エリカ。華恋おねーちゃんの妹ね! おにーさんがあたしらを助けてくれた人でしょ? これからよろしく!」
エリカと名乗った少女はぐっと顔を近づけながら名乗った。
背が高いので、百七十センチちょいある俺から見ても彼女の顔がすぐ目線の下に来る。
ってオィ!? こいつ、この見た目で中学生なのかよ!?
「エリカ。来る前に連絡してって、私と合流してから挨拶って言ってあったでしょう?」
「まーまー、いいじゃん。早く加々美さんって人に会ってみたかったんだよ。おねーちゃんにも早く会いたかったよ~っぎゅ~ッ」
「ちょっ、エリカ、いきなり抱きつくのは……もう」
エリカと名乗った少女を家に招き入れた後、神代の帰りを一緒に待っていたわけだが。
姉が帰ってくるやいなや椅子から立ち上がって彼女に抱きつきにいった。
熱烈な抱擁具合からみるにかなり姉妹仲がいいらしい。
ただ妹の方が身長が高いので、ぱっと見では姉妹が逆転して見えるな。
「すみません加々美君。この子、何かご迷惑をかけませんでしたか? なんというかその、ちょっと自由というか、変わった子でして……」
「ぶ~。おねーちゃんが真面目過ぎるだけだと思うけどなぁ」
姉がクソ真面目なのは同意するが、同時に神代妹が自由なのも理解できる。
神代を待っている間、色々と質問攻めにされて大変だったからな――。
『ねぇねぇ、おにーさん一人暮らしだったの? 高校生なのにお金持ちってどういうこと? やばくない? なんで?』
『あ、彼女いる彼女!? 好きな人でもいいけど! いないの? じゃぁ好みのタイプだけでも教えてよ!』
『っていうかさ、ぶっちゃけ、おねーちゃんのことどう思ってるの?』
『実はおねーちゃんのこと好きだったりする? 狙ってたとかさ? ふ~ん、しないんだ……ほんとにほんと?』
――てな具合で、とても疲れた。
まぁいちいち真面目に答えるのも億劫なので殆どはぐらかしてしまったけど。
「別に迷惑って程ではなかったよ」
面倒ではあったが、これくらいはしょうがないだろう。
妹からすれば、姉を住み込みで働かせている相手のことが気になるのは当然だろうしな。
「そうですか。なら、よかったです。では改めて紹介を――あ、その前に買ってきた食材とか冷蔵庫にしまってきちゃいますね」
「あたしがやるよ~」
「そう? じゃあお願いしちゃいますね。私はその間にお茶を淹れてきます」
ほっと胸をなで下ろした後、慌てて冷蔵庫に向かおうとする神代。それを見てさっと手伝いに加わる神代妹。
姉妹だから当り前なのかもしれないが、流石息の合い方が凄く自然だ。
二人の協力作業は俺が座ったままぼ~っと眺めている僅かの間に終了してしまった。
今は両者とも俺の対面に並んで座っていて、それぞれの席の前にお茶が置いてある。
「では、改めて紹介させていただきますね。私の妹で、エリカです」
「さっきも言ったけどねー。神代エリカだよ。よろしくね、おにーさん?」
ニコニコと機嫌良さそうにこちらへ問いかける神代妹。
神代の方も表情は変わらないが、どことなくリラックスして見える。やはり妹が隣にいるというのは安心感があるのかもしれない。
「あぁ、俺は加々美誠一郎だ。お姉さんの雇い主、になるのかな一応。これからよろしく」
「
せ、せいちゃん!? そんな呼ばれ方したのは昔にじぃちゃんに呼ばれていた時以来だ。
じぃちゃんは俺のことを『誠』と縮めて呼んでいたっけ。
「こらっ、エリカ。いきなりそんな呼び方失礼でしょ」
「うぇ~? そっかなぁ。駄目? おにーさん?」
神代妹は本当に悪気のなさそうな表情で聞いてくる。
なまじ顔立ちが恐ろしく整っているので、キョトンとした顔をされるとギャップでえらく破壊力があるな。
「好きに呼んでくれていいよ、別に」
「やった~。あぁでも、やっぱりおにーさんって呼ぼっかな。あたし、お兄ちゃんっていなかったからさぁ、一度呼んでみたかったんだよね」
見ず知らずの他人をいきなり兄呼ばわりできるのってヤバない?
神代妹は相当にコミュ力が高いのかもしれない。姉と違って気安い性格という感じなのだろうか?
だが、気安かろうと年下だろうと、筋は通さないといかんだろう。俺は彼女に謝っておくべきことがある。
「その、悪かった。お姉さんをずっとこっちにいさせちゃって。神代妹の方がアパートに一人でいるってところまで気が回らなかった」
「そんな、それらは全て私に原因が」
「あははっ、大丈夫だよ~」
俺の謝罪に神代が何か反応しそうになったが、それをすっ飛ばして神代妹が口を開いた。
「おねーちゃんはよくバイトとかしてたし、ママも家には殆どいないから元々あたし一人でいることは多かったし。それに今回の話を聞いた時からそうなるだろうなって思ってたしね」
「そうなのか?」
「うん。おねーちゃん、助けくれた人になんとかして恩を返すんだ~! ってめっちゃ意気込んでたから」
「エリカっ」
神代は制止したそうにしているが、妹の暴露は止まらない。
「おねーちゃんの性格だと、一度決めたらガッツリいっちゃうだろうし。だから半端には帰ってこないだろうなって。ママのお見舞いも、いけないからあたしに行ってくれ~って言うくらいだもんね」
母親の見舞い!? それすらも仕事だからと行かないでいるつもりだったのか……?
驚愕の目を神代に向けると、彼女はそ~っと目線を逸らした。
「そこまでしてくれなんて言った覚えも、言うつもりも無かったんだが?」
「は、はい。これはその、私の勝手なルールといいますか」
ルール? 働く上で大したルールなんて決めた覚えなどないんだけど。
「住み込みのお仕事は長い拘束時間が発生するために高額のお給料が発生する、そう聞いています。つまり、それこそが提供できる価値そのものでもあるわけで。私の日常には本来なら常にお給料が発生しているということになりますから、私の都合で時間を頂くのは筋違い、かと思いまして。その、勝手に自分ルールを」
ク、クソ真面目が過ぎる……!
要は、時給仕事でいうところの『常にタイムカードが押されている』のと同じような状況である以上、私的な理由で時間を使うわけにはいかん。みたいな判断ってことか?
ただでさえ押しかけた側なのだから、自分から『最大の提供価値』を目減りさせるわけにはいかないと?
「あほかっ!? そんな時間単位の価値なんか気にしないっての。状況次第で都合はいくらでも融通するから先に言っとけっ」
「はい……勝手をしてすみませんでした」
いや、謝られることでもないと思うんだけどなぁ。
「あははっ、でも、おねーちゃんっぽい。うんうん。あたしもおねーちゃんのそういうとこ分かってるから、大丈夫だよおにーさん?」
「大丈夫って、何が?」
「だから、あたしに謝らなくてもいいってこと。別におにーさんがおねーちゃんを閉じ込めてたんだ! とか思ってないよ~って」
あ、あぁ。そういうことか。
そりゃ、そんな姫をさらってきた魔王みたいなムーブは当然しないけどさ。
「神代の考え方には俺も驚いたが、それはそれ、これはこれだろう。俺も気を回す余地は十分あったのにできなかった、これに関してはこっちの落ち度だ。けどな、正直余計に迷惑だから次からはとっとと相談なり交渉なりしてくれ。二人とも、だ」
神代が真面目なのは彼女の勝手だが、それで妹が辛い思いしてるとか危ない目にあっていたとか、そういう事態になっていたら? やっぱり神代は落ち込むことだろう。
俺の見える範囲で暗くなられても迷惑なのだ。すっごい鬱陶しいし、面倒くさい。だったら先に相談してくれた方がなんぼかマシである。
「ありがとうございます、加々美君」
労働条件を見なおそうぜってだけの話だから、お礼を言われるようなこっちゃないのだが。神代はまたえらく綺麗な形で頭を下げた。
そんな姉を横目で見ながら、神代妹も頷く。
「うん。じゃ早速、遠慮無く交渉ね~。あたしのことは名前で呼んで?」
「え?」
「だって、神代妹、は流石に酷いと思うんだけど?」
「あ~……」
そういえば、口に出して呼んでしまったかもしれない。
確かに、余りに失礼といえば失礼な呼び方ではある。かといって『神代』呼びでは姉妹でややこしいことになるし、名前で呼ぶのが無難だろうな。
「エリカさん、でいいのか?」
「さんとかいらないよ~。エリカでいいよ、エ、リ、カ!」
距離感ブレイカーかこいつ。なんで姉妹でこんなに違いがでるんだ?
初対面の女子を名前で呼び捨てるのは抵抗あるが、そういう葛藤をするのも面倒くさくなってきた。
「はぁ。はいはい、エリカな」
「そ! で、おねーちゃんは華恋だから」
神代のことも名前で呼べってか!?
「エリカ、そんな勝手にっ」
「おねーちゃんも加々美君とかやめなよ~。一緒に住んでるのに仰々しいじゃん。名前くらい呼んであげたらぁ?」
「ば、馬鹿、いきなりそういうのは失礼だからっていうかですね、その」
神代が妹にいいように揶揄われてる。
もしかしてこの姉妹、実は妹の方がやり手なのか?
なんか見てて可哀想になってきた。
とっと呼んでしまった方がよさそうだな、これは。
「華恋さん、でいいのか? いや、華恋か?」
「えぅ!?」
神代――もとい、華恋が変な声を出して固まる。どうやら急に名前を呼ばれるのは予想外だったらしい。
「ほらほら。華恋、だっておねーちゃん。これで加々美君とか返すのはもっと失礼じゃない?」
別に失礼だとは微塵も思わないが、もうつっこまないでおくことにした。っていうか呼ばれ方とかほんとどうでもいいし。
「……せ、誠一郎、君」
どうでもいい、どうでもいいんだけど。
そんな顔を真っ赤にしながら言われたら流石にこっちも照れるぞおぃ。
「あ~、なんでしょうか?」
「誠一郎君、あの、すみません。妹がこんなんで」
「いいよ、大丈夫だ。ちょっと疲れてきたけど」
顔を赤くしたまま頭を下げる華恋の横で『こんなん、とか酷い~』などと不満を漏らすエリカ。それを無視して、俺はお茶をすすった。
なんか、一人増えただけなのに劇的に姦しくなっちまったなぁ……。
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