第8話 二人(だけ)で食べる(のは最後の)お夕飯

 あれよあれよという間に、神代がウチに住み込むようになって一週間近く経過していた。


 彼女の部屋は二階の和室ということになり、そこに東さんが買ってきた布団などを運び込んだり(取りあえずということであくまで最低限のものだけなのだが神代はひたすら恐縮していた)彼女に合鍵を渡したり、買い物をいつでも出来るように一月分の生活費を預けることにしたりと、信用はしてないけど一緒に生活する以上は割り切った方が良い部分――というラインを設定するのにバタバタしている間に、それだけの期間が過ぎてしまっていたのだ。


 因みに、学校では今までと変らない距離感を保っている。はずなんだけど、たまーに気が付くと俺の方をじっと見てたりするんだよな。

 まぁこっちもついつい目線がいってしまう時があるからお互い様かもしれんけど。


 勿論、登下校は別々になるように意図的にルートやタイミングを変えている。だから同時に家に着いたりはしない。


 本日は学校終わりにスーパーで買い物をしてから帰る、と神代からは聞いている。

 本来なら俺も荷物持ちについていくべきなのでは? とも思うのだが、そんなところを同級生に目撃でもされたら目も当てられないしな。


 同居してから初回の買い物は俺が一人でしたんだけど、買ってきた内容を見た神代が交代を申し出てきたのである。


『あの、セールとかのチラシや時間をチェックしましたか? あ、これ足の速いモノとそうでないものの量がバラバラ……。ポイントカードは使って、ない? えと、あの、次から買い物、私が担当してもいいですか?』


 どうも、俺の買い物スキルと冷蔵庫管理スキルと節約スキルにスリーアウトチェンジが言い渡されたらしい。これが戦力外通告というやつか。


 なので、一人先に帰ってきて自室でゲームをしているという次第である。

 同級生の女子に買い物にいかせて家でゴロゴロしてるのってなんか罪悪感があるが……。


「ただいま帰りました~」


 家の中に響く聞き慣れない透き通った声に、ゲームを止めてドアから顔をだす。

 罪悪感の元が帰ってきたらしい。


 物音がする方へ行くと、片手にエコバック、片手に学生鞄というスタイルが妙に所帯じみている神代が居間にいた。

 当り前だが、数日程度では到底見慣れない光景だ。


「あー、おかえり。悪いな、買い物まかせちまって」

「いえ、楽しかったですよ」

「楽しい?」


 日常の買い出しに楽しくなる要素ってあるのだろうか?

 俺は面倒でしかないけど。


「はい。今までの生活費より多い金額を使えるので、普段買わないようなものも買えますから。選ぶのが楽しくて。あ、でもちゃんと家計簿をつけて計算してますし、無駄使いはしてないので安心してくださいね」


 満足そうに言う神代。

 どうやら本当にただ買い物をするだけで楽しいらしい。不思議な奴だ。


「いや、別にそこまで厳密にせんでも。足りなくなったら追加の生活費くらいだすから」


 神代には、取りあえず一ヶ月分の買い物用生活費を既に渡してあった。

 つまりウチの台所を預かっているのは色々な意味で既に彼女だといっていい。


「いいえ、この金額で十分過ぎます。勿論、どうお金を使うかは加々美君次第だとは思いますけど、私はこの中でやりくりできるよう頑張りますので」

「そ、そうか。まぁ任せるけどさ」

「そもそも使い切れないくらいですし。余った分は月の終わりに加々美君に返却しますね」

「え? いや、使い切っちゃっていいぞ。余った分は神代さんの好きに使ってくれ。色々あるだろ、友達と遊ぶのに使うとか、なんか趣味のモノ買うとかさ」


 神代は現在、俺から給料を受け取ろうとしない。


 でも、それだと神代が個人で使える金が殆ど存在しないのではないのか? と思うのだ。

 無論、役所から出る金とかもあるのだろうとは思うのだが、母親の入院とか諸々もあるので現金はあまり使いたくないだろうし。


 流石に彼女自身が使う為の生活日用消耗品やらは『渡した生活費から遠慮とかせず絶対に買うように』と言ってあるし、実際に買ってきているようだが……。


「そういうわけにはいかないです。だって、これは加々美君が生活の為に私へと託してくれたお金ですから。しっかり管理してお返ししないと」


 これだもんなぁ。


 基本、神代はクソ真面目なのだ。

 一緒に生活をするようになってすぐ分かったが、こいつは人に優しく自分に厳しいという、俺みたいな人間からすれば非常に厄介な手合いである。


 何が厄介って、見ているだけでこっちが自己嫌悪に陥るからだ。

 俺みたいに根っからのダメ人間が、こんなダメ人間製造機みたいな奴と一緒に暮らしたらどうなってしまうのか? これからの生活を想像すると空恐ろしい。


「いやでも、それじゃ多めに渡した意味がな――」

「え? これ、私の為に多めの金額だったんですか?」


 ――あ。


「加々美君は、本当に私のことを気遣ってくれますねぇ」

「いや、ちがっ」

「あ、大丈夫です。加々美君は面と向かって優しいとか言われるの苦手だって、私なんとなくですが察しましたので。奥ゆかしいというか、素直じゃないといいますか」


 だから違うってのに! 『はいはい私分かってますから』みたいな目を向けてくるな鬱陶しいっ。


 金で済む問題は金で解決しちまいたいだけなんだよこっちはっ。

 神代が俺の家にいる以上、目に付くところで金に困ってるなんてのはこっちにもストレスでしかない。

 どう言ったら伝わるかなぁこのニュアンス!?


「じゃぁ、お夕飯の準備しちゃいますね」


 俺が日本語の難しさに悩んでいる間に、神代はキッチンへと行ってしまった。


 まぁいい、どうせ伝える機会はこれからいくらでもある。それに神代だってすぐに分かるはずだ。一緒に暮していれば俺がどんな人間かなんてことは。 


 後々、彼女に失望の目で見られる、というのはなんだか居たたまれない気もするが……。同時にそれでいいのだろうとも思う。どうせ他人との縁なんていつかは千切れて消えるのだ。


 神代との関係も、ほんの僅かな間だけ繋がった蜘蛛の糸みたいなものだろう。




「ごちそうさま」

「お粗末様です。お茶、飲みますか?」

「え? お、おぅ」


 神代が作ってくれた夕飯を食べ終えて、今度はすぐに神代がお茶を淹れてくれる。

 こいつの好きにさせておくと本当にあっという間に駄目人間にされそうで怖い。


「加々美君の好みが分からなかったので、取りあえず中くらいのお値段のお茶っ葉と急須を買ってきました。ほうじ茶でよかったんですよね?」

「あぁ。なんか緑茶は渋いイメージがあってなぁ」


 普段は利便性もあってインスタントコーヒーばかり飲んでいたのだが。ほうじ茶はじぃちゃんが良く飲んでいたので、実は俺も好きな飲み物だった。


「どうぞ」

「えと、ありがとう」


 お茶を受け取ると、神代は俺の目の前に腰掛けた。


 食事の時はなんとなくこのスタイルで食べていたが、今までの神代は食後すぐに洗い物を始めるし、それ以降は掃除やらを忙しくやり始めて戻ってこない。


 つまり、こうして落ち着いて向き合うのは何気に初めてである。


「あの、加々美君」

「な、なんだ?」


 妙に改まった雰囲気の神代に、こちらもなんだか緊張してしまう。

 彼女は目を少しだけ左右に彷徨わせた後、口を開いた。


「ご飯、美味しかったですか?」

「へ? あ、あぁ、美味かったけど」


 本音をいえば、総合的には割と普通だ。正直微妙な料理もあったりはした。

 メニューによって味のばらつきが結構あるのだ。例えば卵焼きだけはやたら美味かったりとか。


「そう、ですか。実はその、私、ご飯を作るのあんまり得意ではないんです」


 えぇっ、なんだその突然の告白。そんなこと急に言われても。どう答えたらいいんだ?


「家では、私はバイトとかをしてる時間が長かったからご飯を担当することが少なくて。その分、妹が担当することが多かったんです。恥ずかしながら」

「いや、別に恥ずかしいこっちゃないと思うが」


 バイトして生活費を稼いでいたのなら、褒められこそすれ恥じることじゃないだろう。


 ――っていうか、そうだ、神代には妹がいるんだった。


「で、ですね。妹は、料理がとても得意なんです。美味しくて栄養バランスもちゃんと考えた食事を作ってくれます。あの、なので、できたらというか、更にご迷惑をおかけするかもなんですが、妹も……その」


 し、しまった。忘れてた。というか、状況に飲まれていて考えてなかった。

 姉妹で暮していた神代がここにいるということは、当然ながら妹はアパートに一人でいるってことじゃないか。


「妹って、まだ小さかったりするのか?」

「今は中学生ですね」


 中学生。完全に子供ってほどでもないが、アパートに一人置いていたら心配だろうな。


 そもそも、東さんが言っていたのはアパート代を浮かせる目的もあってウチに住み込みってことだった。妹がこっちにこないとアパート代が浮くことにはならない。


 やってしまった。俺の方から早く言い出すべきだったのだ。


 神代は自分が無理に押しかけていると自覚しているから、そりゃ『妹も一緒に』とは言い出しにくいだろうし。俺が本当に長期の住み込みを許すか確定するまで、下手にアパートを解約する訳にいかなかったのもあるだろう。


「あ~……じゃあ、料理担当として妹もウチで雇いたい。神代さんから頼んで貰えるか?」

「は、はい! ありがとうございますっ」


 ほっとした雰囲気が神代から溢れ出ている。

 やはり言い出しにくかったのだろう。それに相当妹を心配していたらしいことが伝わってくる。


 悪いことをしちまったなぁ。

 どうにも俺は誰かのことを親身に考えるのが苦手なようだ。今まで他人とあまり関わることなく過ごしてきた弊害なのだろうか?

 いや。これからも深く関わる予定はないんだし、別にこのままで問題ないんだけれども。


 とはいえ、これから先は神代妹とも家で関わるハメになるのかぁ。

 正直面倒だが、中学生っていうならそんな構えなくて大丈夫かな……?

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