第6話 二人で食べる朝御飯

 翌朝。聞き慣れない物音で目が覚めた。


 人の気配、とでもいえばいいのか。

 階段を降りる音。扉の開閉音。水道の水音。どれも俺の生活には存在しなかったものだ。


「そうだった……神代がいるんだっけ……」


 寝起きのぼーっとした頭で状況を思い出す。一晩経ってもわけ分からんが、とにかくそういうことになったのだ。


 昨日は色々と大変だった。

 出前を取ろうとすれば神代は遠慮するし、風呂に入ろうと思うとやっぱり『お先にどうぞ』を繰り返す。

 挙句、寝具は一人分しかないと言ったら、毛布は持って来たからソファーで寝るといってきかない。


 結局、飯は勝手に二人分注文し、風呂は勝手に沸かして自分はシャワーだけ浴びて、布団は勝手にソファーにぶん投げておいた。


「なんつーか、あれだ」


 むくりと上半身を起こしつつ、現状を示すのに適切な言葉を脳内から引っ張り出す。


「まるで、安物のホームドラマみたいだな」


 だめだ。ほんとに安い言葉しかでてこねぇ。



 

 起きて、洗面所などを経由したあとにリビングに出て行くと、殺風景気味な部屋にくるくるとせわしなく動く物体が存在していた。


 制服にエプロン姿の神代だ。


 部屋の中には良い匂いが漂っているので、朝飯でも作っていたのだろう。


「この光景、動画撮ったら学校の奴らに死ぬほど自慢できそうだなぁ」


 思わずぼそっとぼやいてしまったが、無論実際に自慢なぞする気はない。

 こんな状況を誰かに知られるわけにはいかないのだから。


「あ、おはようございます、加々美君。昨日は色々とありがとうございました」


 俺に気が付いた神代がくるりと振り返って挨拶をしてきた。


 朝からしっかりと美少女している。朝日が後光に見えるほどだ。

 どうやら彼女は朝からこれくらいのテンションが平常運転らしい。元気な奴だな。


「結構早く起きるんだな、神代さんは」

「さほど早くはないような……? 今日は学校ありますよ? 身支度とか朝ご飯とか考えたらこれくらいじゃないと遅刻しちゃいます」

「俺は朝飯とか食わないからなぁ」


 最初は食べてたけど、一人暮らしをする中で段々食べなくなっていった。

 最近は食事の時間も適当だし、回数もその日の気分次第なのだ。


「加々美君、朝ご飯は食べない主義ですか?」

「んぁ? いや主義とかじゃなくて、ただ面倒ってだけだけど」

「なら、準備しちゃいますね。よかったら食べてみてください」


 言いながら、神代が皿を並べだす。


 こんなにウチには皿があったのか、と一瞬不思議に思ってしまった。

 洗い物が増えるのも嫌なのでフライパンとか鍋から直接食ったり、そもそもコンビニ弁当とか惣菜ばっかり食べてたからなぁ。

 そういえば一人暮らし初めてすぐに色々買うだけは買ったんだっけか。


 あ、買い物といえば、神代さんの布団とかも早く買いにいかないとだな。


「神代さん」

「はい、なんでしょう?」

「……あ~、いや。やっぱりなんでもない」

「そう、ですか?」


 買い物に行こう、と口にだそうとして、やめた。

 昨日のノリから考えるに、神代用の家具だのベッドだのを買うと言ったところで『そんな、お金を払っていただくわけには――!』みたいなことを言い出しそうだし。アパートで使っていた物を運んでくるのも彼女一人では一苦労だろう。


 ならいっそ対処法としては昨日と同じく、こっちで勝手に用意してしまったほうが良さそうだ。

 東さんに頼んで女子に最低限必要な生活用品を見繕ってもらうことにしよう。


 ついでに車も出してもらう、つーか金は立て替えてもらって買ってきてもらっちまうか。何しろあの人が原因の一端なんだからな。これくらいはしてもらおう。

 この後連絡しておいて学校から帰ったら受け取るタイミングを作るってことでいいだろ。


「悪い。本当になんでもないんだ。飯、食べていいんだよな」

「あ、はいっ。勿論です」


 考えているうちに並べ終わっていた、皿の上に並んでいる食事に目をやる。

 シンプルなメニューで、おにぎり、卵焼き、冷や奴、味噌汁、漬物が並んでいた。


 ……あれ?


「うちの冷蔵庫にこんなに食材なかったよな?」

「卵とお米、あとツナ缶はありました。おにぎりの中身はツナですね。でも流石にそれだけじゃ淋しいと思ったので、ちょっとお買い物に」


 つまり実はもっと早く起きていて、コンビニに行って買い足してきたということか。


 神代はあまり金を持ってないと言っていた。なけなしの現金をこんなことに使うとは、何を考えてんだか。……こりゃ、学校の帰りにスーパーにも寄らないとだなぁ。


 俺一人ならともかく、神代の食事を貧相にしておくわけにはいかんだろうし。

 慣れない日常が始まったことを実感して嘆息しながら、卵焼きを口の中に放りこむ。


「ん? 美味いな、これ」


 神代の卵焼きはまだ暖かくて、ほんのり甘かった。


「――っ!」


 思わず漏れた俺の声に、ちっちゃく拳を握っている神代。


 こいつこんな喜び方すんのか……。


 当り前だけど、神代のことについて俺は殆ど何も知らない。

 これからの生活、驚くことが多そうだなぁなどと感慨にふけっていたら、ぐ~っという音が耳に入る。


「あっ。す、すみません。私、なんていうか、割とお腹空きやすいみたいで」


 さっそく驚いた。

 腹の音が鳴って赤くなってる神代を拝むような日がくるだなんて。


「だったら早く座ればいいだろ。食おうぜ」

「は、はい」


 微妙に緊張した様子の神代と向かい合って飯を食う。不思議な朝食だった。

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