第4話 突如突撃の美少女さん

 あれから数日経った。

 学校で顔を合わせても神代は挨拶以上のことはしてこない。どうやら俺の頼みを聞き入れてくれたらしい。


 予想外のトラブルに首を突っ込んでしまったが、なんとかスムーズに終わりにできたようだ。

 多少預金の額は減ってしまったが、別に構わない。贅沢しながら生きようとは思っていないし、食っていく分には困らない程度の資産は残っている。


 俺が稼いだ金を上手く分散して優良な投資先にぶっこんでおいてくれた泉堂先生には感謝しかない。


「なぁ泉堂先生。これで、良かったんだよな?」


 自宅のソファーで横になりながら、誰に聞かせるでもなく呟く。


 今はもう亡くなってしまった俺の恩人。

 東さんのかつての上司。

 弁護士の泉堂先生。


 あの人に言われたことがある。


『賭け事やらで儲けた金は、どっかでぱーっと使っておくといい。できれば誰かの為にな。お前のじーさんもそうしてたよ。偶~にだったけどな』


 言葉だけでなく、悪戯っぽい顔で笑う不良老人の顔まで一緒に思い出しちまった。


 まったく難儀ことだ。人生ってのはどっかで誰かに借りを作っちまう。

 でも、だからこそ今回のことは丁度良い機会だったのかもしれない。


 顔も知らん奴相手にボランティア、なんてする気にはなれなかったが、神代相手なら顔見知りの美少女を助けたってことで自己満足もしやすいしな。


 昔、俺を助けたくれた人たちに間接的にでも報いるには、自分もいつかこうして人助け? みたいなことをしなくてはと思っていたのだ。


 今回の事でソレは果たされた。

 後は高校を無事卒業すれば、泉堂先生とかつてした約束は全て終わる。

 残りの人生は隠居老人みたいな生活を死ぬまで続けていければ、それでいい。


 俺はとどのつまり『そういう人生』を選び取ったということなのだろう。


「はぁ。ったく。生きてると面倒なことばっかり起き――ん?」


 一人暮らしが長いせいか漏れやすくなった独り言に我ながら辟易していると、インターホンの音が鳴り響いた。


 珍しいな?


 俺の家に来客など殆どない。

 あるとすれば配達などだが、最近何かを頼んだ覚えもなかった。


 不思議に思いながら玄関に行き、扉を開ける。

 開けてから後悔した。


 ――ちゃんと玄関モニターで顔を確認しておけばよかった、と。


 そうしたら、居留守で無視を決めこめたのに。


「こんにちはです。加々美君」

「……神代さん、なんで」

「今度は、逃がしません」


 神代さんの顔からは、数日前にはあった戸惑いや困惑が全く感じ取れない。


「えーっと。神代さん? 一体何を」

「お邪魔してもいいですか?」

「いや、だから何をしに」

「おじゃましてもいいですかっ」

「………………」


 真顔のまま同じ問答を繰り返す神代。


 よくわからんが必死さだけは妙に伝わってくる。

 こいつ、何が何でも家の中に入る気か?


 あー、くそっ。何だというんだ一体っ。


 じっ~っ、とこちらを睨みつけるようにして立っている神代は、巨大な荷物を抱えて歩いてきたせいなのか疲れがにじみ出ているように見える。


「はぁ……分かったよ。取りあえずコーヒーでも飲んでいけ。インスタントでよければな」

「はいっ、お邪魔します」


 なんで人の家に入るだけなのにこんな気合い入ってるんだろうなぁ、こいつは。




 リビングのソファーに座ってキョロキョロしている神代にコーヒーを持っていく。

 気の利いた茶菓子でもあればよかったのだろうが、あいにくそんな物は置いてない。


「ほら。飲み物くらいしかだせねーけどな」

「いえ、ありがとうございます。喉が乾いていたところだったんです」

「そりゃ、そんなデカイ鞄持って歩いてきたんじゃなぁ。てか、なんだその荷物は?」


 まるでこれから旅行にでも行くみたいに見える。


 夜逃げでもするんだろうか?

 借金は返したはずだからそれはないと思うけど。


「これは仕事用というか、泊まり込みのための日用品なんかです」

「へぇ。泊まり込みの」


 なるほど、察しが付いた。

 その仕事先に行く途中にウチがあったので、この前の件をもっと詳しく追求する為についでに寄った、ってところか? 逃がさないってそれかよ、しつこい奴め。


 神代の借金は消えたが、それでも金に困っているのに変わりはあるまい。彼女が働きに出ていても不思議ではなかった。

 母子家庭で母親が入院してるなら当然だ。申請すれば色々と公的援助は出るかもしれないが、それも限界があるのは予想できる。


 しかし泊まり込みの仕事とは中々珍しい選択をしたものだ。

 確かに給料は良さそうだが、もし雇い主が男だったりするなら年頃の女子がやるには結構リスキーな気もする。偏見だろうか?


「なんだかなぁ。雇い主つーか状況次第だろうけど、神代みたいなのが泊まり込みの仕事ってのは向かない気がするが」

「えっ……向かない、ですかね? 住み込み」


 急に不安そうな顔になる神代。

 泊まり込みどころか住み込みかよ、余計危ない気がする。


「向かないっていうか、何かされたらどうするつもりなんだ?」

「な、何かするんですか?」


 いや知らねーよ。俺に聞くな俺に。


「そりゃ何かされる前提で警戒はした方がいいだろ。他人なんか信用しても禄なことにならんと思うぞ、俺は」

「信用……。いえ、私は、信じたいと思っていますので」


 人の話を聞いてたのかこいつは。

 何をそんな真っ直ぐな目で決意してるのか知らんが。


 はぁ。まぁいいや。どっちみち俺の知ったことじゃない。


「そうかい。なら、頑張ってくれ」

「はい。よろしくお願いしますっ」


 ――ん?


「なんだ、よろしくって?」


 俺が何をよろしくすることがあるというんだ。


「ですから、住み込みを」

「………………は?」


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