第2話 借金漬けの美少女さん
「くそっ。やっぱりそういう展開かよ」
傍から見ても分かる、カタギとは思えない匂いを漂わせる男が二人。神代の入って行った部屋のドアを手荒く叩いている。
つまりこれは、クラスメートがこれから酷い目にあっていくであろう最初の一ページに立ち会った。というシチュエーションってことだ。――まるで、昔の俺みたいに。
俺の時は偶々助けてくれた人がいた。
だが、もし今の神代に助けてもらえるアテもないのだとしたら? 俺よりタチの悪い人生が待ち構えているのはほぼ確実だ。
「………………クソがッ!!」
俺はとある知り合いに電話をかけつつ、アパートに向かって歩きだした。
「神代華恋ちゃん、だったっけ? こりゃ確かにいいね、稼げそうだ」
「あなた方に、そんな風に名前を呼ばれる覚えはありません」
「おぉおぉ、案外と気も強いね。いいよ~。それくらいじゃないと、簡単に折れて死なれちゃったりしても困っちゃうからさぁ。おじさんたちも」
男達と神代の会話が聞こえてくる。
やっぱりか。これでほぼ確定、あれは借金の取り立てだ。
今時の借金取りらしく格好はサラリーマンとそう変わらないが、俺にはまるで別物だと雰囲気で分かる。
特に、一人は割と細身だがもう一人は完全に威嚇要員だろうこれ。
しかもやりとりから察するに多分もう最終段階だな。
あいつら現金で回収できるなんてはなから思って来ちゃいない。
「妹ちゃんもいるんでしょ? 確か~、エリカちゃんだっけ? こりゃそっちも将来が期待できそうだねぇ」
「ッ妹に!! ――妹には、関係ありません。妹に手を出したら許しませんからっ」
神代の大声が聞こえて、瞬間、空気がヒリついたのが分かった。
離れた場所で聞いていても分かるほどに、男の声に冷たい威圧感のようなモノが籠もる。
「だったら金返せや。今すぐにだ」
「……それ、は」
「金返せねぇならてめぇらにぐだぐた言う権利なんかねぇだろ。妹だろうが入院してるママだろうが同じだ。恨むんなら天国で待ってるパパのことを恨むんだな?」
いかにも定型句のような安い脅し文句。
ま、あいつらにとってはお仕事って認識なんだろうからな。営業トークに定石があるのは当然かもしれない。
……金、か。
人生ってやつはいつもそうだ。
金が絡んだ瞬間、あっという間に現実という名の暴力性がむき出しになる。
「オラ、いくぞ」
男の手が神代の震える腕を掴もうと伸びた。
それが、届くよりも先に。
「ちょーっと待ってもらえます?」
こちらの声が届いた。
「――あ?」
想定していない乱入者に、男の手が空中で止まる。
怖い面でこっち見るなよちくしょう。俺はあんたらみたいのがトラウマなんだぞ。
「誰だお前」
「そこにいる神代の友達っすよ」
その神代はといえば、信じられないモノを見る目でこちらを見ている。
「ダチだぁ? ははッ。お友達だってよ華恋ちゃん。どうする?」
「か、帰ってください! 今すぐ! 早くっ」
神代が慌ててこちらに叫んだ。
必死、なのだろう。恐らくは俺を巻き込まないために。
「だってよ、兄ちゃん。そうだ、もしかしてこの子の恋人かなんかだったりするのかね? だったら」
「違うッ、違いますっ。彼とはなんの関係もッ」
恋人って、俺が? 神代の?
「冗談やめてくれ、そんなわけあるか」
思わず語気を強めて放った言葉に、一瞬場の空気が凍った。
あれ? なんで?
俺なんかが神代の彼氏になれるわけないのは一目瞭然だと思うんだが。
「はははっ。なんだ、華恋ちゃん振られちまったなぁ。あ~、で、お前は何しに来たんだ? 邪魔だから消えろや。こっちも暇じゃないんだ」
シッシッと動物でも追い払うような仕草をする男。
だが、帰るのはあんたらの方だよ。
「いくらっすか?」
「……あ?」
「だから、神代の借金ですよ」
男二人が思わずといった風に顔を見合わせる。あまりに予想外の事態だったからだろう。
「それ聞いてどうすんだ? お前」
どうって、決まってるだろう。
「払うんですよ、俺が、その借金を」
いよいよ場の空気が完全に凍り付いたのが分かった。
一番固まっていたのは間違いなく神代だったと思うけど。
「払う? お前が?」
借金取りは本気で驚いた表情をしていた。当然か、いきなりこんなことを言い出す馬鹿がいるとはそりゃ思うまい。
神代に至っては絶句している。当然だな、いきなりこんな馬鹿なことを言い出す同級生がいるとはそりゃ思うまい。
「な、なにを言ってるんですか!? これは冗談が通じるような……いいからっ、もう早く帰ってください!!」
神代が混乱もあってか若干泣きそうな声で叫ぶ。
冗談、だったらよかったんだけどなぁ。
「あー、悪いが本気だ。ちょっと黙っててくれ」
「なっ……」
再び言葉を失った神代を無視して借金取りの方へと歩み出る。
威嚇要員であろう若くていかつい男は事態の推移についてこれていないのか、細身の男へと視線を送っていた。
送られている男の方は、まるで面白いおもちゃを見つけたような表情で俺を見ている。
「くははっ。かっこいいねぇ、兄ちゃん。まるで安物のホームドラマでも見ているみたいだよ。おじさん、そういうの案外好きなんだ」
「そりゃ意外なご趣味で。それで、いくらなんでしょうかね?」
男は俺から目を逸らすことなく口を開いた。
「およそ一千二百万。今日中に、だ」
あっさりと告げられた金額。一千二百万一括払い。
「どうしたヒーロー? お前さんが本気で言ってるのは分かるぜ。パパはお金持ちか何かか? はははっ。でも、流石に小遣いじゃちょっとばかし足りねーんじゃねぇのか? ん?」
払えるわけがない、と思っているのだろう。男の口調からは嘲るどころか呆れすら感じ取れる。
ま、確かに普通の学生がぽんっと出せる金額じゃないわな。
因みに、俺のパパとやらは俺を虐待で殺しかけ、牢屋に入ってその後の事は知らないし、もう親子だとも思っていない。
「いいや、思ったよりはした金だったんで驚いただけっすよ。それくらい、神代ならちょっと無理すれば割とすぐに稼げちまいそうだ」
神代の器量なら可能かもしれない。手段を問わなければ、だが。
実際この男は手段など問わせてくれないだろう。
それで神代がどうなろうと本来俺の知ったことではないのだが……今回はたまたま色々とタイミングがかち合っちまったからなぁ。
「――おい。まさかお前、本気で」
「一千二百万、今から用意します。金額が金額なんで下ろすのちょい面倒だけど。まぁもう知り合いの弁護士にも連絡つけてあるんで、少し待っててもらえます?」
男の顔から笑みが消えた。
どうやら、俺が本当に金を払う気だと伝わったようだ。
「それを信じて待ってろってか? ふざけんのも大概にっ」
「こんな場面でこんな嘘ついてなんになるってんですか」
自殺願望でもあるんならともかく、こんなことに首つっこんで冗談も嘘もあるものか。
それに、さっきも言ったが既にこの手のことに詳しい専門家に連絡済みだ。
「世話になってる弁護士さんで、こういう金の問題に詳しい人がいるんですよ。信用できないなら今電話してみましょうか? もうこっち向かってくれてますけどね」
「……てめぇは、一体なんなんだ?」
なんなんだと言われてもなぁ。
「ただの高校生ですよ。そいつのクラスメートのね」
俺が親指を向けた先には、口を金魚みたいにパクパクさせることしかできなくなっている少女の姿があった。
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