1章 押しかけ借金美少女

第1話 クラス一の美少女さん

 今でもたまーに思い出す。


「おぅ、せい。こっちこい」


 子供の頃、じいちゃん家にいくと突然に二人だけのゲームが始まることがあった。


 後になって理解したけど、それらはゲームというか全てギャンブルの類いだったわけだ。

 勝負が終わると、じいちゃんはいつも俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「誠。おめぇは博才あるぜ。俺だからこそ見抜ける。俺より才能あるってな」


 バクサイってなんだ? と、当時の俺はじいちゃんに聞いた。


「博才を持ってるってのは、勝負事につえぇ奴ってこった。俺みたいな奴だな」


 カッカッと笑うじいちゃん。


 そう、じいちゃんは一部界隈では伝説と言われた博徒、ギャンブラーだったらしい。

 それも、後になって知ったことだったが。


「勝負強い奴ってのは、賭け事なんかしなくても人生強く生きれる。だからよ、誠」


 じいちゃんの口癖のような言葉。


「賭け事はすんな。お前の博才は強すぎる」


 強いならいいんじゃないか?

 そう聞く俺に、じぃちゃんは苦い顔で首を横に振る。


「賭け事ってのは、いくら強くて、勝って、儲けてもな。人生には負けるもんだ。お前くらい強い感覚は生き様をどう転ばすか俺にも想像つかねぇ。だから悪いことは言わん、お前の博才は人生の勝負時だけに使え」


 人生の勝負時って?

 そう聞いた俺に、じぃちゃんは笑って答えた。


「そりゃお前、生き方を選び取る時つーか……例えばあれだ、好きな女を選ぶ時とかだよ。俺がばーちゃん選んだみたいにな。ま、まだ誠には難しいだろうがよ」


 また、カッカッと笑ってじぃちゃんは俺の頭をポンポンと叩く。


『賭け事はするな』


 今はもう死んでいなくなってしまったじぃちゃんが、口癖のように言っていた言葉。

 結局俺が、守ることのできなかった言いつけ。


 だけど、出くわしてしまったのだ。

 ギャンブルとは、普通の賭け事とは違う感覚。恐らくはじいちゃんの言っていた生き方を選び取る瞬間。

『人生の勝負時』ってやつに――。




 ――その日は朝からおかしかった。

 体調は万全だったし、高校への通学路も平和そのもの、いつも通りに遅刻寸前で学校に着いた……けれど、クラスに入るとすぐに違和感を覚えたのだ。


 俺は普段、クラスメートを注意深く観察したりはしない。

 いわゆる陰キャとかコミュ障とか、そういう側の存在だからだ。

 というか、ぶっちゃけ他人のことなど興味もないし割とどうでもいい。


 でも、だからこそというべきなのか?


 俺は人間の発する厄介事の空気というモノに人一倍敏感だった。

 それを読み間違えると人生は面倒なことになると過去のクソみたいな体験から知っているし、どうでもいい他人の厄介事に巻き込まれるのはゴメンだからな。


 本日この場の違和感、発信源はどうやらクラスメートの神代華恋かみしろかれんだと思われた。


 彼女はクラス、というか学年や学校全体を含めても飛び抜けた美少女だ。

 長いサラサラの髪に、異常なほど整った涼し気な顔立ち、美術部の連中がデッサンモデルを拝み倒す程のスタイルと、校内でもかなり目立つ。


 いつも通り穏やかな様子で笑っている神代を見る限り、別に怪我や病気をしているわけではなさそうだ。

 周りのクラスメートも特別何かに気が付いた様子はない。


 だが、どうも俺には彼女がピリピリとした空気を纏っているように見えた。まるで、この後に決闘の予定でも控えているんじゃないかとすら思えるほどに。


「……ま、関係ないか」


 気にせず席についた。


 神代には何かがあるのかもしれないが、俺には直接関係あるまい。

 彼女と接点などないし、これからもできる予定はないのだ。厄介事には首を突っ込まないのが吉だろう。


 気分を切り替えて意図的に神代から視線を逸らした。

 というか机に突っ伏して、寝た。







「あー、あのさぁ。なんかあったのか? 神代、さん」


 首を突っ込まない方が吉、と分かっているはずなのに。放課後、何故か彼女に声をかけてしまっていた。


 放課後に近づくにつれて、彼女の雰囲気は更に切羽詰まったものになってきている気がして。しかもたまたま靴箱のところで出くわしてしまったので、ついつい声をかけてしまったのだ。


「――え?」


 神代はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情でこちらを見た。

 まぁ実物の鳩なんてちゃんと見たことはないから本当にこんな面を鳥類がするのかは知らないが。


「えーっと。なんつーかこう、体調でも悪いのかなって。そう見えたから」


 俺の言葉を聞いて目を見開いたまま固まっていた神代だったが、すぐに解凍されて動き出す。

 彼女は、微笑みを浮かべながら首をゆっくり横に振った。


「いいえ。大丈夫ですよ? でも、ありがとう。心配してくれて」

「……そっか。まぁ、ならいいんだけど」


 これは、どっちが嘘をついたことになるのだろうか?


 俺は神代が体調不良なんかではないことを分かっていて質問した。そして彼女も『大丈夫だ』などと口にした。

 どちらの言葉にも、嘘が含まれている。


「はい、私は元気です。……ふふっ」

「なんか、可笑しいことでもあったか?」

「あ、いえ。加々美かがみ君と二人きりで喋るのって初めてでしたけど、案外優しいんだなって」


 今度はこっちが一瞬フリーズしてしまった。優しいときたか。

 案外、とついていたからには普段は冷たいと思われていたのだろう。それで正解だけど。


「あ~。俺も今まさに思っていたよりは優しい奴だったのかもって知ったところだよ」

「なんだか面白い言い方しますね。こんなことなら、もっと早く加々美君とおしゃべりしておくんでした」


 そうかい。俺は、あんたとこうして喋ったことを早速後悔してるけどな。


「じゃあ、もういきますね」

「あぁ。またな」


 神代は綺麗な動作で一礼した後、背中を向けて歩いていった。


「……おくんでした、ねぇ。なぁにが大丈夫だ。まるで大丈夫じゃない面しやがって」


 下手をすれば、神代は明日から学校にこないかもしれない。

 何故かそんな予感すらした。


 理由は分からないし、なんの確証もない。

 けれど、俺のじぃちゃんゆずりの博才ってやつが頭の中でガンガンと言ってきているのだ。

 これは恐らく俺にとっての勝負時なのだ、と。




 後悔、というならこれは大後悔だ。迂闊にも話を、会話をしてしまった。


 神代は話したこともないただの他人。

 例えば『神代さんは事故で死にました』と突然担任に聞かされたとしても、俺は『ふーん、気の毒に』で済ませられた。……昨日までなら。


 しかし今日、俺は彼女と話をしてしまった。あんな悲痛な作り笑いを見てしまったのだ。

 もう、明日なにか神代に悲劇が起こったと聞かされたら『ふーん』では済まないだろう。

 後々になって変な後悔や不快感を上乗せしない為には今日のうちに動くほかない。


 ――というわけで、俺は神代を尾行するハメになっていた。


 すげぇ不本意だ。クソ面倒くさいし。なんか俺が神代のストーカーみたいじゃねぇか。

 実際いそうだよな、神代のストーカー。あいつ下手なアイドルとか以上に可愛いし。


 まぁ、少なくとも今日あいつをツケているのは俺だけのようだが。


 絶妙な距離を開けながら神代の尻を追いかける。あいつ、スタイルはいいけど身長は寧ろ低めだから尻というか後頭部かな。

 髪が長いから、ポニーテールとかにしてくれると良い感じに揺れて追いかけるのに退屈しなさそうなのに。


 などと馬鹿なことを考えている間に、神代は自宅に到着したようだ。


 意外なことにそこは築ウン十年って感じのボロッちいアパートだった。

 まるでどっかのお嬢様みたいな雰囲気の神代にはえらく似つかわしくない住処である。


 俺はこの時点で凄く嫌な予感がした。

 今日感じていた神代への違和感について、一つ想像できる事象が浮かんだからだ。

 これも過去の体験からきている予感なのだが……。


 結果を確かめるべく、アパートの外でじっと待つことにする。

 ここに突っ立っているのは怪しいっちゃ怪しいだろうが、学生服を着たガキがスマホを弄くりながら立っている分には、待ち合わせかなんかだと思われてさして警戒もされまい。


 数十分ほど待ったあたりで神代が入っていったアパートの部屋に来客が現れた。

 俺が予感していた通りの、来客が。


「くそっ。やっぱりそういう展開かよ」

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