四人の殺し屋

@kumabetti

『 四人の殺し屋 』

で、何を聞きたいって?


大丈夫だ。この店のマスターは、口が堅い。余計なことはしゃべらない。

おまえが余計なことを言わなければな。

なるほど。殺しの世界で、ナンバーワンになりたいと。


なってどうする?


おいおい、鳩にピストル撃ち込んだんじゃねえんだ。何をきょとんとしてやがる。

おまえがナンバーワンになりたいって言ったんだろうが。


殺しの世界でナンバーワンになれば、箔が付く?

いや、笑ってすまん。いや、笑いは止まらんし止める気もないが。

で、俺の命を狙ってきたって訳だ。

残念だったな。


いや、そこじゃない。威勢良く襲いかかってきたはいいが返り討ちに遭ったことじゃない。それは、おまえの単なる実力不足だ。

俺を倒しても、おまえはナンバーワンになれねえよ。

なぜって? 俺がナンバーワンじゃないからだ。

謙遜で言ってるんじゃねえ。事実を言ってるだけだ。

確かに俺は、トップクラスかもしれん。だけど、トップじゃない。


へえ、よく知ってるな。そう。殺しのランキングには、序列がある。

いつの時代も、トップの4人を指して、ビッグ4とかなんとか呼ぶ奴がいたっけ。

周りが勝手に言ってるだけだ。俺たちがそう名乗ったわけじゃねえ。

そして、俺はトップじゃねえ。つまり、俺を運良く殺すことができたとして、おまえがナンバーワンになるわけじゃねえって事だ。


ん? これか? これは、ただの紙切れだ。

俺は、年に一度、今日という日に、こいつを眺めながら一杯やるのが楽しみなんだ。

スコッチじゃねえ。アイリッシュだ。間違えるな。


なんだと? ビッグ4を全員殺す?

いや、またまた笑って悪かった。笑いを止める気は毛頭ないが。

威勢がいいのは結構だが、寝言を言いたいだけのお子ちゃまは、ビールでも飲んで、とっととおっぱいのでかいおネエちゃんのいるところへ帰って、子守歌でも唄ってもらえ。


じゃあ、誰を倒せばナンバーワンになれるか?

おまえにゃ無理だよ。無理でもいいから教えろって?

いや、またまたまた笑って悪かった。ただし、今度の笑いは、いい笑いだ。

近頃見かけない、面白い奴だ。


いいだろう。教えてやる。

この10年、顔ぶれの変わっていないビッグ4。

その、殺しの世界のナンバーワンの話を。



——————



「問題は、です。問題は、誰が私たちをここに集めたかってことです」

 時は10年前。場所は、ルート66沿いのモーテル街にある、おんぼろのモーテル。

 その部屋に、俺たちは集められた。

 場を仕切ってるのは、通称・イチ。年の頃は40〜50歳前後、紺色の安物のスーツに、ぴっちりわけた、7:3ヘアー。銀縁メガネをかけてる。ネクタイは、可愛い車が何台か走ってる絵柄のものだった。ニコニコした笑顔が特徴的だった。誰がどう見ても、車か保険のセールスをするサラリーマンだ。しかも、気が弱くて契約が取れない方の。

「俺のところには、こんな手紙が来た。『三億ドルの仕事を依頼したく。つきましては、下記指定のモーテル444号室にて待つ』」

「不吉な数字が並んだ部屋もあったもんだ」

 続けて、通称・アルと、同じく通称・ドライ。

 アルは、40代、身長が高く、仕立てのいいダークブラックのスーツに、オールバックにした髪型に、ハットをかぶってる。如何にもギャングのボスといった風情だ。眼光が鋭く、常に葉巻を加えて紫煙をくゆらせている。

 ドライは、高級そうなスーツに、医療用のカバンを持った、医者だ。恰幅が良く、菩薩みたいな笑顔をしてやがる。菩薩、知ってるか? 東洋のゴッドだ。

「あなた方には、似合いの部屋ですね。まったく、血なまぐさくてイヤになるなあ」

 軽口でしゃべってるのは、クワトロ。舞台役者だ。ミュージカルにも出ている。ダボダボでヨレヨレの服を着流し、ブルーの長髪とブルーの瞳が印象的な、美しい男だ。

「おい、クワトロ。いいな、クワトロ。おまえはこの部屋に四番目に現れたからクワトロだ」

「そう念を押さなくてもわかってるよ、アル。あんたは二番手だ」

「そうだ。おい、クワトロ。なめた口を利いてたら、まず最初におまえの脳天ブチ割って、その綺麗な顔につんつるてんの脳味噌をぶちまけさせるぞ」

 4人は、モーテルの狭苦しい一室に集まっていた。

 質素なベッドが二つきりの、簡素な部屋。

 とにかく、大の大人がこれだけ集まると、狭苦しくてしょうがない。

「やだやだ。そんなことをしたら、週末の僕の舞台を楽しみに待ってくれているお客さんたちが、泣いちゃうよ。主に女性ファンなんだけど」

 クワトロは、アルに向かってウインクをした。

「知るか」

 アルは、照れる代わりに憤慨して顔を背けた。

「くだらないことで騒ぐのはそこまでにしましょう。私のところにも、同じ手紙が来ました」

 医者のドライが、スーツの懐から、一通の手紙を取り出した。同じものを、イチも、アルも、クワトロも持っていた。

 それを見て、イチが話をまとめた。

「そうです。全員、同じ手紙を受け取った。ここまではいいですね? ではさて、問題はその先です。いったい誰が、こんな手紙を俺たちのところに送りつけたんです?」

「あなたは、心当たりはないのですか?」

 ドライが質問した相手は、4人の間に、小さく身体を丸めて正座をしている、いや、させられている、か? ともかく、一人のボーイだった。

安モーテルとは言え、ちゃんとボーイを用意しているのは、なかなか悪くない。

ボーイは、4人の客が集まったら、コーヒーを持っていくように言われていたらしい。

「あああありません。いいい一体全体、ななな何の話なんですか? ぼぼぼ僕はここに、ルームサービスのコーヒーを持ってきただけです!」

 完全に、萎縮してしまっているボーイは、手に持った制服の帽子を握りつぶし、完全に汗でぐしょ濡れにしてしまっていた。

 こういうときは、イチの笑顔が効く。

「まあ、そう脅えないでください、ボーイさん。何も取って食おうというわけじゃないんですから。私たちは、差出人不明のこの手紙に呼ばれてここに来たんです。縁も所縁もない、このモーテルに」

「しかも、一面識とてない、大の男が四人もだ。この狭苦しいモーテルに呼びつけたのは、いったい誰だ?」

 見た目が完全にギャングのアルが、追求した。これで、完全にボーイは最後に残っていた緊張ではない部分も、全部、緊張に塗りつぶされてしまった。可哀相に。

「ぼぼぼぼ僕はただのボーイですから、わかりかねます……」

 と、ナイスアイデアをひらめいたボーイは、一つの提案をしてきた。

「フロント係なら、何か知っているかもしれませんが。呼んできましょうか?」

 そして、言うが早いか、ドアの方に駆けだそうとした。

 が、その行く手を、ドライが阻む。ドアの前に立ちはだかり、通せんぼだ。

「待て待て待て待て。なあ、ボーイくん。我々はね、君が余計なことをしなければ、君に危害を加えたりすることはない。どこぞの粗野な男は別かもしれないがね」

 と、その言葉に、アルが反応した。

「それは俺のことか、ドライ? 三番目の男?」

 つかつかと、ボーイの行く手を阻んでいるドライの目の前に詰め寄った。が、ドライも、一歩も引きはしなかった。

「そうだ、アル。君は二番目だ。どうしても順番が大事だというのなら、きちんと認識しておけ。君は、二番目だ」

 そう言われて、アルは、葉巻からたっぷり煙を吸い、ぶはあっと吐き出した。

「……つまり、先着順は用をなさないとでもいいたいのか?」

 怒りのボルテージが上がってきている、アルのその言葉に、ドライは、冷静に応えた。

「誰ともしれない手紙の差出人は、私たち四人を、ここに呼び寄せた。それは、私たちに仕事を協力して行え、ということだと思う。だとしたら、先着順で仕事を取りあうことはない」

 なるほど。アルは、ドライの言葉に、少し理があると悟った。ところが。

「ところが、そうも行かないんだな」

 麗しき舞台役者のクワトロが、明るく口を挟む。

「どういうことだ、クワトロ?」

 イチが確認する間に、ドライとアルは、手近なイスに座り直した。立っているだけ無駄だった。

 クワトロが、イッツの手紙を取り出した。

「このボーイが胸のポケットに隠し持っていたこの手紙。二通目じゃないか?」

「あっ! いつの間に!?」

 ボーイは、まったく気づいていなかったようだった。クワトロの早業だった。

「ちょっと拝借しているよ。『ようこそおいで下さいました。あなた方四人の中のお一人に、お仕事を依頼したいと存じます。つきましては、あなた方の得意な殺し方を、教えて下さい。世界有数の殺し屋さんたちへ』」

 その手紙の内容を聞いて、四人の男たちは色めき立った。

 全員が、ボーイの方を向く。見られたボーイは、更に小さくなった。

「ボーイさん、ボーイさん」

 イチは、努めて柔らかい、本日焼いたパンの売れ残りを半額で売りますよ、とのセールストークを始めそうな具合だった。ボーイの顔の前に、自分の笑顔をぴったりくっつけた。

「ははははい」

「なんで、あなたがこんな手紙を持っているのかな? 返答次第にでは、あなたは生きてはここを出られなくなる」

 イチという男は、笑顔を絶やさない。常に。どんな内容を話していても。たとえ目の前でターゲットが苦しみで身もだえしていても。

常にニコニコ笑顔でいる。セールスマンの鑑だ。

「そそそそんな」

「小便チビったか、坊主?」

 アルの指摘は、あながち間違っていなかった。ボーイはちびってた。

「ぼぼぼぼくは、今日、渡されたこの制服を、言われるままに着てただけで。ポケットに手紙とか、知りませんよ……あなあなあなあなあな、あなた方……殺し屋、なんですか?」

 四人の男たちは、ニヤニヤと笑った。

 やがて、ドライが、

「まあ、そう言えなくもないかもね。私は医者だ。医者の仕事は、人を治すこと。そして同時に、人を殺すこと、とも言える」

 と、持ってきていた黒い医療用カバンを、パンパンと叩いた。笑顔のままで。

 それを聞いて、クワトロも自分を紹介した。

「僕は舞台役者だ。舞台の上から、お客さんたちを悩殺するのが仕事さ」

 と、ターンをきって、ボーイに流し目をして、投げキッスまで付けた。出血大サービスだ。もちろん、ボーイは特に反応しなかったが。緊張と失禁で、それどころじゃなかったんだろう。

 反応して笑ったのは、ギャングのアルだった。

「気取ってんじゃねえ、ドクターにハム公」

 ところが、その言葉に、クワトロが一気に雰囲気を変えて、詰め寄った。

「おい、ここではコードネームでは呼ぶなといったろう」

 ハム公。「ハムレット役者」って言葉があるが、アレは、「『ハムレット』のセリフだけを覚えている役者」であり、ハムレットは誰がやってもそれなりにできあがるもんだから、ハムレットをやる役者はへぼ、大根役者、という意味。つまり蔑称だ。

 クワトロは、そう呼ばれることを、何よりも嫌っていた。

 しかし、アルもアルで、引きはしない。

「そうだったか、ハム公?」

 アルは、完全に、クワトロを煽っている。

「二度とその名で僕を呼ぶな。今すぐここで死にたくなけりゃあな、ごろつきギャングのアル・カモネ」

 クワトロもまた、あるがいわれたくない言葉をふっかけた。

 問題は、アルの沸点は、異常に低かったって事だ。

「ケンカ売ってるのか、てめえ!」

 アルが、懐から銃を出すが早いか壁に向かって一発。

 銃声。

 可哀相に、ボーイが悲鳴を上げた。

「やめろ、いい加減にしろ!」

 イチが叫ぶ。笑顔のサラリーマンの仮面のままで。

「うるせえ、俺に指図するな!」

 アルが、銃をイチに向ける。しかし、イチは、銃口などありはしないかのように、真っ正面からアルに向かっていた。そして、静かに言う。

「アル、あんたは二番目だったな。俺は何番目だ?」

 このイチの言葉に、アルの額からは、一筋の汗が流れ落ちた。

 ゴクリとつばを飲み込む。ギャングが。

「……一番目だ、イチ」

 ようやくひねり出した言葉は、イチの言葉の肯定だった。

 それを聞いて、イチは、にっこりと笑った。しかし、目だけが笑っていない。

「順番でいうなら、あんたは俺の後なんだ。偉そうにしてるんじゃない、このスットコドッコイ」

 その言葉に、アルが、チッと舌打ちしながら、銃を収めた。

 セールスマンに諫められるギャングが、この世にいた。

 その姿を見て、ボーイは、震えながらも、口を挟む。

「イチさんって、その、どこからどう見ても、外資系のサラリーマンくらいにしか見えないんですけど……」

 外資系とわざわざ言ったのは、多分、ボーイなりの気の遣い方だったんだろう。

 とてもそうは見えなかったからな。少なくとも外見は。

「そうですよ。名刺、差し上げます」

イチは、懐に入れていた名刺入れから名刺を一枚取り出した。

「資材調達のタイム&マネーの営業マンです。ご入り用でしたら、必要なものを必要なときに、調達してお届けいたします」

 といいながら、ボーイの上着のポケットに、名刺を差し込んだ。

 その笑顔に、ボーイの緊張も、少しほぐれたらしい。

「ありがとう、ございます」

 ぎこちなくも、笑顔で返した。しかし、それを見たドライが、軽く笑いながら、横槍を入れてきた。

「気をつけろよ、ボーイ。こっちの世界じゃ、こいつは一番やばいんだ」

「人聞きの悪いことをいわないで下さいよ。ドライさん」

 相変わらず、イチはニコニコしている。

「まさか、サラリーマンというのは表の顔で、裏の顔は本当に……?」

 その言葉に、四人の男たちは、笑った。

 中でも一番大きく笑っていたクワトロが、説明する。

「ちょっと違うな。僕らの世界は、表とか裏とか、そんな言葉では言わないんだ。それは、マンガコミックの読み過ぎだ。僕らは単純に、こっち側と、そっち側を分けてるだけ。そして、一度こっち側に来たら、どれだけ望んでも、そっち側には戻れない」

 ぐぐっと詰め寄って、ボーイに説明する。丁寧に。

 その姿を、アルは、若干不快そうに見ていた。

「しゃべりすぎだぜ、クワトロ。こんなボーイに、何を懇切丁寧に話してやがる」

 ちっちっちっち、と、左手の人差し指を立てて左右に振り、クワトロが、

「アル、君はもっと観察した方がいい。このボーイの襟元、見てごらん。フラワーホールに付いてるのは、ただの飾りじゃない。小型のマイクだ」

 まさしく、ボーイの胸には、マイクが付いていた。ということは、音声を聞いている人がいると言うことだ。

「きっと、依頼人がこのモーテルのどこかで、聴いてるんだろう。となると、やることは一つ」

 ゴホンと咳払いをして、ドライが、イチにうなずく。イチもまた、うなずき返す。

「依頼人のご希望通りに、この哀れなボーイを通じて、私たちの技を伝える、ということですか」

 とはいえ、技というのは、

「もちろん、そんなことはできない」

 クワトロの言うように、他人に見せるための芸ではない。そのつもりだったが、アルは、見世物の代表である舞台役者のクワトロを、やはりバカにする。

「そうだなあ、ハム公」

「その名で呼ぶなといったぞ、僕は」

 クワトロは、完全に切れかけていた。

 が、クワトロが切れるよりも前に、アルが吠えた。

「うるせえ。ちんたらちんたらしやがって。誰が仕事を引き受けるか? 俺だ。俺ひとりいれば、事足りるんだ。おまえたちは必要ない。仕事の成功率80%を越える俺が、ひとりいればいいんだ」

 低く響き渡るアルの声は、モーテルの部屋中に轟いた。

 しかし、それでびびるのは、素人のボーイだけだ。

「私の手術の成功率より高いな」

「毒殺はお手の物だがなあ、ドクター?」

 ドライに対しても、絡んでいくアル。周りは全て敵、がモットーだった。

「粗暴なギャング、アル・カモネ。無骨なマグナムをぶっ放すだけの単純脳細胞。私を怒らせない方がいい」

 そういうと、ドライは、医療用カバンの中から、何かを取り出そうとした。

 アルは、銃を構え直す。

 それを止めたのも、やはりイチだった。

「やめてくれませんか、皆さん。お互いの手の内をさらしても何もいいことはありませんよ」

 やれやれ、と肩をすくめてから、クワトロがイチの言葉に乗っかった。

「だったらどうするんです、イチ?」

 すると、床にへたり込んでいるボーイに、イチが近寄り、優しく語りかける。

「まずはボーイさん。せっかく持ってきていただいたコーヒーですが、飲みそびれていました。いただけますか?」

 にっこりするセールスマンの笑顔に、ボーイは、自分の仕事を思い出した。

「ははははい」

 ボーイが、持ってきていたトレイの上に乗せた銀色のポットから、陶磁器のカップへとコーヒーを注ぐ。ブルーの模様が特徴的な、マイセン。4人分。

 それらを、四人は、各々で手を伸ばし、手に取った。

「うん、少し冷めているがうまいコーヒーです」

 一口飲んで、イチが言った。それを聞いたボーイは安堵した。

「僕、砂糖もらえるかな?」

 ボーイは、喜んでシュガーポットから角砂糖を取り出し、クワトロのカップに砂糖を入れた。

「どどどどうぞ。角砂糖、三つ、入れます」

 どぼどぼどぼ。

「うわあ、入れすぎだよ!」

 クワトロが困っているのを見て、アルが笑う。ガラガラと。

「震えてるのか、ボーイ?」

「だだだだって、きっと、コーヒーを飲み終わって、この話が終わったら、僕は殺されるんでしょう?」

 ボーイはもう、涙目だった。というより、必死に笑顔になって接客しようとしていながら、普通に泣いていた。

 そんなボーイをなだめるように、ドライが優しく言う。

「利益にならない殺しはしないのが、殺し屋というものですよ」

「そうですとも。それに、実はここにいる四人で共謀して、あなたを怖がらせる芝居をしているだけかもしれませんよ?」

 と、クワトロが、ボーイをからかう。

「そうだといいなあ、なんて思ってたりして……」

 ドッキリの企画じゃあるまいし。

「ご安心下さい。依頼のあった殺し以外はやらないのが、私のポリシーです。無関係なボーイさんを、巻き込むつもりはありません」

「ははははははは。イチさん、あなた、一番人殺しと縁がなさそうな顔をして、結局認めてるじゃないですか」

 クワトロからの指摘に、イチは、頭をかいて照れていた。

「こいつはしまった。セールストークが行きすぎました」

「皆さんそれぞれ、殺し方が違うんですね」

 すでに、周りにいる全員が、殺し屋だってことは、ボーイにも伝わっていた。ということは、依頼人にも、フラワーホールの小型マイクから、伝わっているはず。

「まったく。バレてしまったのなら仕方ありません」

といいながら、ドライは、自分を売り込み始めた。

「依頼人さん、聞こえてますか? 私はドクター。得意なのは毒殺ですが、化学薬品を使ったり、とにかく痕跡を残さない殺しが得意です。一番使い勝手がいいですよ」

 ドライは、医学的知識を下にしての殺しが特異だが、それだけじゃなく、死亡所見も自ら捏造できるので、やりたい放題だった。これまでに、100件近くの仕事を淡々とこなしてきたが、怪しまれたことすらない。なによりも、医師としての信頼があるからこそだと、ドライは思っている。

「抜け駆けですか、ドライさん」

 クワトロの抗弁も、アルがかき消した。

「今さら隠してもしょうがねえだろう。俺はギャング、アル・カモネ。銃で殺す、それだけだ」

 単純に銃で、といっても、アルは、殺しの依頼があったときは、全て、手下を使う。

 手下の数だけ殺しができるわけだ。一番の力は、組織力だった。数。

 その組織力を使って、警察にも部下が入り込んでいる。証拠隠滅から隠蔽まで、抜かりはなかった。

「今抜いておかなくてもいいでしょう。しまって下さい、その拳銃は」

 イチの言うことには素直に従うアルだった。序列。

「だったら、僕も自己アピール」

またターンをきり、くるくる踊りながら、クワトロが言う。

「僕は、特定の武器は持たない。俳優が、特定の役をやるわけじゃないようにね。その場の状況に応じて、どんなものでも武器にする。ボールペンから、ミサイルまで。使えるものは何でも使うよ」

 と、ボーイに向かって、セクシーなポーズをとって見せた。

 舞台役者としてのクワトロ(もちろん、こんな通称ではなく役者としての名前が別にある)は、20代から60代オーバーまで、果ては男女もしくはそれ以外の性別でも、どんなキャラクターでも演じる役者だ。それでいて、舞台を降りると、いくつになっても若々しく、そして美しく、男女ともに悩殺されているファンはたくさんいる。年齢不詳なだけじゃない。素顔も不詳だと言われている。

「そして、通称が大根役者のハム公」

 見た目だけに頼った実力のない役者、とは、演劇批評家たちの大勢を占めた意見だ。

「二度とその名で僕を呼ぶなと、僕は言ったよ、アル・カモネ?」

 だからこそ、クワトロは、自分の演技の評判に、人一倍敏感だった。

 しかし、アルも引くつもりはない。もとより、自分よりも序列が下の人間を嘗めてかかっている男だ。

「やるか?」

 クワトロとアルが、一触即発。が。

「やめて下さい。まだ、私のアピールもすんでいないのに」

「どうぞ」

 序列では、誰も敵わない。このビッグ4でのナンバーワンは、イチだ。

「殺しの成功率90%の、リーマン・ザ・リパーさん」

 それを聞いて、イチは、くつくつと、笑った。

「その名も恥ずかしいものです。私の武器はナイフです。でも、ナイフは持ち歩きません。ボーイさんに先ほどお渡しした名刺。あんな薄い紙でも、殺傷能力のあるナイフに仕立て上げて、人を切り刻むのです」

「やっぱり、そうでしたか。あなただったんですね」

 ボーイのその言葉に反応したのは、四人全員だった。

「えっ?」

 その瞬間、イチがうめきだした。喉を押さえ、目を剥き、苦悶の表情を浮かべて、床に倒れ込む。悲鳴を上げようとしているが、呼吸もままならず、音が出ない。

身体が、二、三度ビクビクッと跳ね回ったかと思うと、ガクッと力が抜け、口角から泡が吹き出した。衣から逆流してきたブラックコーヒーの中に、血が混じっていた。



——————



ん? ああ、そうだ。ナンバーワンは、死んだ。

人間、死ぬ時は、あっけないもんだ。

そうやって、他人の命を奪ってきたんだからな。

自分だけ違うってわけにはいかないだろう。


どうした。グラスが空じゃねえか。

今日は奢りだ。懐かしい話を思い出して、気分がいいからな。

好きなものを頼め。

おまえの好きな酒を注いでやる。


ほう。俺からの酒は飲めないか。

何が入ってるか分からんからな。

いいぞ。殺し屋らしくなってきた。

それくらい最初から警戒しておけ。


なんだと、ビール?

またまたまたまた笑ってすまん。

しかしおまえ、バーに来て本気か? まあいい。

マスター、頼む。こいつに上等のエールを注いでやってくれ。


おっと。俺の隙を見て盗もうなんて、手癖が悪いな。

額面を見たか?

そうだ。

この紙切れは、小切手だ。金額は、一億ドル。

もちろん、まだ換金できる。本物だ。

金額がでかすぎておもちゃの紙切れに見えるだろ?

だが、今ではもう何の価値もないな。

俺たち以外には。


そろそろ話せ。

なんのためにナンバーワンになりたいんだ?

箔が付くなんてのは理由じゃない。箔を付けて何をしたいんだ?


仕事を失敗したのか。なるほど。

それで、依頼主から契約金を返せと言われて、逆上して殺したと。

これから先、この稼業をやっていくには、ハッタリでも何でも、箔が必要って事か。

おまえみたいなバカは、昔からたくさんいる。

安心しろ、箔を付けようが何をしようが、どうやったってそんなバカは治らん。


悔しかったら、ちっとはまともな酒でも喰らって、とっとと寝ろ。



——————



 モーテルの部屋に転がっているイチの死体の周りに、四人の男がいた。

「イチは死んだ。見事だよ、ボーイくん。いや、依頼人かな?」

 ドライの見立ては正しかった。

ボーイが、うなずく。

「そうですね。僕が、あなた方をここに呼んだんです」

 さっきまでの緊張して震えていた男はどこに行ったのか、落ち着いてボーイは話した。

「何が目的だ?」

 アルが、問い質す。明らかに自分が狙われることを警戒している。

モーテルの周りには、アルの部下の黒服たちが、ぐるりと取り囲んで待機している。

が、ボーイは首を横に振った。

「目的は果たしました。僕は、仇を討ったんです」

「どういうこと?」

「僕の名前は、マーク・トンデモバーグといいます」

 クワトロの質問には直接答えず、自己紹介をした。

その名は、この場にいる誰もが知る名前だった。

「まさか、昨今流行りの、ベンチャーからたたき上げた、IT企業の社長か?」

「あんたが? とてもそうは見えないけど……」

 見た目は、年の頃まだ20代前半、ボーイの姿が似合いすぎるほど似合っている、年齢不詳の男。クワトロよりも、わかりにくいかも知れない。

「学生時代に会社を立ち上げてから、ずっと、学生気分で仕事をしていますからね」

「いい気なもんだ。羨ましいよ」

 馬鹿にしたように、アルが言う。

「でも、一気に急成長した僕のことを、ねたむ輩は多い。学生結婚をした僕には、妻と娘がいた。それを、ライバル企業の手のものが、誘拐して、挙げ句、殺害したんです。僕は、それから復讐を誓った。ライバル企業は、再興できないレベルにまで叩きつぶしました。あとは、直接手を下した殺し屋です。世界有数の殺し屋に頼んだということはわかっていたし、時間をかけて、あなた方四人のうちの誰か、ということまでは掴んでいました」

 その事件は、10年前だったという。

 つまり、10年間、殺害した犯人=殺し屋を探していた。

「でも、最後の決め手がわからない」

 クワトロの問いに今度は軽く首肯して答え、

「まるでおもちゃで遊ぶかのように、全身を切り刻んでの殺し方は、遺体の状況からわかっているのに、殺し屋のアドレスほどには、殺しの手口は、情報として廻ってこない。だから、ここに集まってもらったんです」

「そして、私たちに適当に話をさせ、決め手が現れるのを待った、と」

 ドライは納得したらしいが、アルは、納得いかなかった。

「だけど、どうやった? どうやらコーヒーの中に毒を仕込んでいたみたいだが、俺たちは自分でカップを選んだ。まさか、全員分のカップに毒を入れていたのか?」

 言われてようやく、クワトロは、自分がカップを持ったままだった事に気づいた。

 汚らわしいもののように、ベッドに放り投げる。

中身は全て飲み干しているが、自分の身体に異常はなさそうだった。

「いいえ。あなた方がどれだけ極悪非道の殺し屋だろうと、あなた方のポリシーは、僕にとっても同じです。無関係な人を殺すことはしません。あなた方は任意でカップを選んだと思ってらっしゃるかもしれませんが、違うのです。僕が、あなた方に選ばせていたのです。心理的な死角を突いて」

 心理誘導をしていたとでも言うのか。

しかし——

「だって、でも、まだコーヒーを飲んだ時点では、情報は確定してなかったんだよね?」

 だんだん、自分が飲んだコーヒーに、本当は毒が入っていたんじゃないかと、クワトロは不安になった。角砂糖の甘さが戻ってくる。

「はい。僕としても、確証はありませんでした。だから、『犯人に毒入りカップを取らせる』というだけで、誰に飲ませているのかは、僕も正直わかっていませんでした。一生に一度の運を、使い果たした気がします」

 と、はあああああっと、深くため息をついて、ボーイは全身から力が抜けていくのを感じていた。

「君、これからどうするの?」

 ドライは、毒の専門家だけあって、自分が毒を盛られていないことには気づいていた。

 が、じゃあこのボーイがどうやって毒を仕込んだのかは分かっていなかった。

「自首します。妻も子も失って、会社はまだまだ成長するでしょうが、後事は既に優秀な部下に託してきました。たとえ相手が殺し屋だとしても、人殺しの罪は償います」

 その回答に、驚いたのはクワトロだった。

「こっち側に来るつもりはないってこと? けっこう君、素質あるよ?」

 役者としての才能もあるかも知れないという言葉は、飲み込んだ。

 しかし、ボーイは首を横に振った。

「皆さんがこのモーテルに到着してから、今この瞬間まで、僕はもう、10kg以上もやせた気がします。何度、途中で心がくじけそうになったことか。こんな思いをするのは、金輪際ごめんです。そうそう、お約束の報酬ですが、残りのお三方でおわけ下さい。三億ドルを山分けしていただければ」

 と言うと、ボーイが、懐から小切手帳を取り出し、一人一人に書いて寄越した。

一枚ずつ。金額は、それぞれ、一億ドル。

最初の依頼を見たときには、こんな金額出せるわけがないと思った。だけど、ドン亜ハッタリだろうと面白いと思って、こんな冗談を言う奴の顔を見るためにモーテルまで足を運んできた。

ビッグ4と呼ばれるほどの腕利きなら、それくらいの警戒心と遊び心は持っている。

とはいえ、まさか、本当にそれだけの金額を出せる奴が依頼人だったとは。

恐れ入った。


ボーイの格好をした男は、恭しく頭を下げて、部屋を出て行った。

あまりにもボーイ然としすぎていたからか、アルの部下たちも、一切手を出さなかった。

アルが、ベッドの上にへたり込む。

「どうしたの、大人しいじゃないですか、アル・カモネ」

 さっきまでの威勢がどこへ行ったのか、力が抜けたアルを、ドライがからかった。

 アルは、小切手をひらひらと振りながら、

「いや。せっかくの仕事だけど、仕事した気にならなくてな」

 と、ぼやいた。

「あなたは、壁に向かって一発銃弾を撃ち込んだだけですからね」

「それにしても執念というか。勘で毒入りコーヒーを配っておいて、ハズレてたらどうするつもりだったんだ、あいつ」

 その疑問は、しかし、ドライにとっては、答えが出ていたことだった。

「それはそれでいいのでしょう」

「どういうこと?」

 よく分かっていなかったクワトロが訊く。

 何でもないという風に、ドライが応えた。

「間違っていたら、今度は別の方法で、最後の決め手が現れるまで、私たちをひとりずつ殺すつもりだったんですよ。最初に、たまたま本命に当たった。ただそれだけです」

 一瞬の沈黙。

 さっきから、床に寝転ぶイチの死体は、一切の音を発していない。

 後で、アルの部下に片付けてもらおう。ドライはそんなことを考えていた。

「どうしてそんなことがわかるの?」

「最初から、3人は残すつもりだったんなら、小切手も用意しておけばいいし、何だったら現金を用意していてもいい。彼は、今、ここで、小切手に金額を書いて、サインをした」

「あっ」

 言われて始めて、アルも気づいた。

 事の重さ、ボーイという役に徹していた、あの男のあまりの仕事ぶりに。

「だとしたら、たいした度胸だ、なんて言葉じゃ片付けられないくらいに、すごいぞ、あいつは。殺し屋に必要な、メンタルを持ってやがる」

 自分の序列が、二番目であることなどもはや関係なくなった。

 何てあてにならないんだ、序列なんて。

「実際、彼がこっち側に来なくてよかったと、私は思っていますよ」

 ドライが、冷や汗をかきながら、述懐する。

 ボーイは、終始おびえていた。失禁までしていた。

 それらがすべて、イチを殺す瞬間のための、演技だったのだ。

 冷静に、冷徹に、プログラムを組むのと同じように、全ての一手を積み上げていった、ボーイの技。

 もし、「こっち側」にいたら。

 残された3人は、床に転がるイチの死体と同じくらい、背筋が冷たくなった。

「なんでもいいよ。一億ドル手に入ったしね」

 いつものように、平静を装って、クワトロが言った。誰もが強がりだと分かっていた。

「その小切手、換金したら一瞬で足が付いて捕まりますよ」

 ドライが言うとおりだった。そんなことにも気が回っていなかった。

「じゃあ、何も出来ないじゃん!」

 アルが、紙切れ同然の小切手をひらひらと弄ぶ。

「今晩一晩かけて、手に入れたのが役立たずの紙切れ一枚だとはね」

 その紙を見ながら、ドライは、本当のナンバーワンが誰なのか、心の中で序列を変えていた。

「超一流の殺し屋の、今夜の記念品、ですね」



——————



 イチには、油断があった。

 その見た目から、人を油断させて、仕事をするスタイルだったイチは、自分が絶対的強者であることの奢りと油断が、弱点だった。

 アルは、怒りっぽいところ。間違いなくそうだ。

 ドライは、冷静な振りをして、肝心なときに判断が遅れてしまい、何もできないこと。

 クワトロは、若さ故の甘さ。


 だが、あの男の弱点は。

人間としての弱点だったはずの「家族」が、無残にも殺されてから、あいつは、10年間かけて、ただただ復讐の機会を、たった一回のチャンスを逃さないために、全ての準備を整え、しかも、一発勝負で仕留めた。

顔色一つ変えずに、どころじゃない、むしろ、コロコロと状況と必要に応じていくらでも顔色を変化させながら、やるべき仕事をこなす、あんな肝の座った殺し屋は、他で見たことがない。

あのボーイに、弱点はない。


なんだ? 寝てんのか? ビール一杯で、陽気なことだ。

 

 あの男が、その後どうなったかは、誰も知らない。

 自首すると言っていたが、怖くなって逃げ出したのか、それとも、始めから、死体もモーテルもギャングの部下たちが片付けると知っていたから、気にせずどこかで生きているのか。

 死体が出てこなければ、殺人は立証されない。

 まったくもって、うまいことやりやがった。殺し屋の死体を殺し屋に始末させる、そのためだけに、俺たちを集めた。

 度胸だけじゃない、全部計算ずくだった。

 今でも思う。

あいつこそが、ナンバーワンという呼び名があるなら、それに相応しいと。

そしてその時以来、ビッグ4は変わっていない。10年間ずっと。


 もしおまえが、あいつを見つけることができて、殺すことができたなら、ナンバーワンになれるかもしれんな。

 あ、そうそう。

 一つ忠告しておくと、不用意に、殺し屋と一緒のテーブルにいるときに、グラスに口を付けるもんじゃない。


 ……。


 っと。もう死んでるか。

おまえの飲んだ酒、上等なエール。

 毒入りの特製だ。

 自分で選んだのに? 俺は一度も、おまえのグラスにも、おまえが飲んだ酒にも触れていないのに?

 どうやって毒入りを選ばせたかって?

 心理誘導。なんてことはない。そりゃ真っ赤なウソだ。


「あの男の、出来の悪いパクりだがな」


 簡単な話だ。

 人を騙すなら、裏切り者か内通者を混ぜておけばいい。人を4人集めたなら、一人と通じておけばいい。

 あとは、自分が手を触れなくても、こいつだと思った奴に毒入りカップを持たせるために、合図を送り、内通者がカップを取り分ければいい。

 簡単だ。

 この店にいる人間は、全員、俺の配下だ。

おまえ以外な。


 ……こいつ、名前なんだったっけ?


 カウンターに突っ伏している、序列が何位だか、そもそも名前すら聞きそびれてしまった男の分も、勘定を払った。多少ばかりの心付けも添えておくのは、当たり前だ。

 そういえば、俺も俺で名乗りそびれたが、まあ、いいか。

 換金しない小切手は、懐にしまい直した。


「マスター、いつものように」

 

 マスターは、いつものように、無言でうなずいた。

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四人の殺し屋 @kumabetti

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