第17話 湊斗の所感

「二人とも掴みどころのねぇ理不尽なヤバい女って感じだな」

「はは、正直だな」


 俺の答えに、一花は吹き出すように笑った。


「笑いごとじゃねぇよ。俺、ここ最近アイツらにコキ使われて大変なんだぞ」


 ーーん?


 そこまで言って、俺はあることに気が付く。


「つーか先生って先生じゃねぇか! 可愛い生徒が酷い目に遭ってんのに助けねぇってのはどーゆーことだよ!?」

「なんだ、助けて欲しいのか?」

「ったりめぇだろぉ!」


 あまりにもあっけらかんと言い放つ一花に、堪らず声を上げた。


「そうか。お前のことだからなにか事情があって星名たちのパシリになっていて介入されたくないものだと思っていたんだが……私の思い過ごしだったか」

「助けていただかなくて結構です! 心遣い感謝感激です!」


 完全に忘れていた。

 もし教師にチクリでもしたら星名が俺に胸を揉まれたことを言いふらされてしまう。


 相変わらず鋭いな一花のヤツ。全部見透かされてるような感じだぜ。


 俺は反射的に背筋を伸ばし、圧倒的感謝を述べながら、そんなことを思った。


「ま、本当にマズイ状況なら教師として手は貸す。現状放置してるのは、お前ならなんとかできると信じてるからだ」

「随分持ち上げんなぁ俺を」

「もう五年の付き合いになるからな。お前のことはある程度知ってるつもりさ」

「へいへい、そりゃどーも。まぁ期待すんのは勝手だけどよぉ、俺は自分のために好きなよーにやるだけだぜ?」

「それで構わないさ。現に良い兆候は表れてる」

「え? どこがだよ」

「知ってるか? 星名のヤツ、これまで無遅刻無欠席だったんだぞ。欠席したのは今日が初めてだ」

「ンだと!? 星名のヤツが!?」

「あぁ、だから遅刻と欠席の日数はお前が圧倒的勝利だ。やったな」

「ンなもん勝っても嬉しくねぇ! つか、星名が学校サボることのどこが良いんだよ。先生なら学校サボるなって言うだろ普通」

「いいんだよ。今回の場合はな」

「あー? よく分かんねぇな。まぁいいや、もう行っていいか?」

「待て、最後に一つ。これは完全に星名たちとは無関係なんだが、は元気にやってるか?」

「今年から元気に四回目の大学二年生だぜ」

「まったくアイツは……」


 大学の後輩の近況に、一花は頭に手を当てた。



「あー、疲れたぁ」

「午後しか授業受けてねぇクセになに言ってんだお前は」


 放課後、帰り道を歩く俺を司は小突いた。


「しゃーねぇだろ。昨日は星名たちに連れ回されたんだからよぉ」

「美少女二人と同じ布団で寝れたんなら役得だろ」

「手首を握り潰されかけたことに目を瞑ればなぁー」


 未だに消えない手首の痕を見ながら、俺は言う。


「ったく、根上のヤツもよく今まで星名と一緒に寝て無事だったな。力もねぇし身体も小さいから、星名に本気で抱きしめられたりとかしたら一発で死ぬぞアレ」

「肝が据わってんだろうな。はたから見てそんな感じはする」

「あー……たしかにな」


 これまでの根上とのやり取りを思い出しながら、納得する。


「で、もうパシリ解放は諦めて流れに身を任せんのか?」

「なワケねぇだろ!! 解放されるチャンスがありゃあ、いつでも掴みに行く所存だぜこちとらよぉ!」

「そうは言うけどなぁ。翔真がダメだったとなると、身代わりなんて早々見つからないだろ」

「うっ……」


 真っ当な司の意見に目を反らす。


 くっ、翔真以外の身代わりか……あ。


 ポン、と俺は司の肩に手を置いた。


「司、思いついちまったぜ。最強さいきょーの作戦を」

「作戦? 言ってみろよ」

「まずはお前が星名と根上に告白するだろ」

「ほう」

「それでオーケーもらってどっちかと付き合うだろ」

「ほう」

「それで俺の負担が二分の一になる」

「ほう」

「苦しい苦しい……!! ギブギブギブ……!!」


 気付けば背後を取って俺の首をめていた司。

 俺は降参の意味を込めて奴の腕をタップした。


「ゲホゲホッ……! いきなりなにすんだよ!!」

「てめぇがバカなこと言うからだ!」

「たしかにお前は俺よりブサイクだし俺より性格が終わってる。けど試してみる価値はあると思うんだ。そんでオーケーされて身代わりになってくれりゃあ万々歳ばんばんざい! さ、レッツ告白!」

「するかボケェ!? つかもうそれパシリ解放よりも俺を巻き込んで道連れにしたいだけだろ!!」

「あーそうだぜ!! 俺が苦しんでんのにてめぇだけのうのうと学校生活送ってるなんてもう我慢できねぇ!! さぁ来い俺と同じステージにィ!!」


 などと、俺たちが言い合っていると……。


「コラァお前たちぃ!! 正門前でなにゴチャゴチャやっとるかぁ!!」


 生活指導教員の豪田ごうだ力人りきと――通称『ゴリ』がこちらに向かって走って来た。


「「ヤベ……」」


 ここがまだ奴の監視範囲だということを忘れていた俺たちの声が揃う。


「貴様らァァァァァ!! 今度はなにをしでかすつもりだぁぁぁぁぁ!!」

「なんもしねぇよ!! もう少し可愛い生徒を信用したらどーなんだゴリ!!」

「そーだぞゴリ! 良い生徒と教師の関係ってのはお互いを信頼するトコからだ!」

「貴様らに対する信頼なぞこの一年でとっくに尽きとるわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 加速するゴリの走り。

 それを確認した俺と司は一瞬で交渉を諦めた。


「チィッ!! 相変わらず脳みそまで筋肉でできてやがるなあの野郎!!」

「まったくだ。モラハラパワハラに厳しいこの時代になんであんな奴が教師やれてんだ!! どう考えても教員委員会の粛清対象だろ!!」

「貴様らぁぁぁぁぁ!! 教師に対する暴言も処罰の対象だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「逃げっぞ司!!」

「あぁ!!」

 

 捕まれば生徒指導は避けられない。

 幾度いくどとなく奴との戦いを経験していた俺たちは取っ組み合いを止め、クラウチングスタートの態勢を取る。


「待てバカども! 逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ンなこと言われて逃げないバカがいるかよぉ!!」

「じゃーなぁゴリ!!」


 そうしてゴリの魔の手から逃れるため、俺たちは一斉に駆け出した。



「ふぅ……ったく、危うく豪田の特別授業を受けさせられるトコだった」


 なんとか豪田の魔の手から逃れることに成功した俺は溜息を吐く。

 司とは途中まで一緒だったが、帰り道が違うため途中で別れた。


「にしても、昨日からなんか色々あったな。帰ったらゆっくりしたいぜ……」


 なんて呟きながら、俺は自分の家に到着する。


「ただいまー」


 そうして、家に帰った俺を出迎えたのは……。

 

「湊斗だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 泥酔しているアネキだった。



◇◇◇

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