第11話 嵐は突然やってくる

 星名と根上と合流してから早二時間。


「いやぁ、今年はイイ感じの夏モノ多くていいなぁ。思わず爆買いしちまうぜ」

「それなー。サイフゆるゆるになるー」


 二人が満足そうに言葉を発する中、


「おぉぉぉぉぉぉぉ……」


 俺はゾンビのようなうめき声を上げていた。


「おらおら、ダラしねぇぞミナト―」

「気合入れろー」

「は、いぃ……!」


 ケラケラと笑う星名に、無慈悲な応援をしやがる根上。

 そんな二人に怒りを覚えながら、俺は買い物袋に力を込める。


 今日の星名と根上の目的は、今週あたりから店で出回り始めている夏モノの服を買うこと。

 俺が呼ばれた理由は、その荷物持ち(罰ゲーム)をさせるためだ。


 持たされてる服やら靴、アクセサリーが入った紙袋……一つや二つなら全然問題ないが、コイツらは行く先々で量を考えず買うため、俺の両腕には既に十個以上の紙袋があった。

 ちりも積もればなんとやら、重いのはそれが原因である。


「なんで店の人に自宅配送頼まねぇんだよ……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないでぇす!」


 思わず出てしまった失言を誤魔化すため、俺は背筋をピンと伸ばす。


「に、にしてもこんなに買って大丈夫なんですか……?」


 そして、両腕に掛かる相当の重さに耐えながら、そう尋ねた。


「大丈夫ってなにがだよ?」

「金のことですよ。結構な額だと思いますけど」

 

 チラッと値札を見たがどれも値段が高い。それがこの量……出費は相当なモノのはずだ。

 それこそ、女子高生一人にはかなりヤバいレベルで。


「あー、金なら心配すんな。この前まとまったのが入ってきたから今ウチ金持ちなんだ」

「入ってきた? あー、バイトしてるんですね」


 ……なんか意外だな。


 星名とバイト、違和感しかない組み合わせに俺は少し驚いた。


「なんのバイトやってんですか?」


 思わず興味本位で俺は聞いた。


「モデル」

「へー、モデル」


 ーー……。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「湊斗うるさい」

「すみません根上さん! でもえっ、マジすか星名さん!?」

「おーマジマジ。これ見てみ」


 そう言って星名はスマホを取り出すと、画面を俺に見せてきた。

 映ってたのは電子書籍の見開き一ページ、そこには星名が大々的に映っていた。


「コラ画像じゃないですよね?」

「なワケねぇだろ!?」

「いてっ」

「ンなダリィことしねぇよ。ちゃんとウチだっての」

「で、ですよねー」


 星名の言う通り、わざわざそんなことをする理由はない。それにコイツが嘘を言っているようにも見えない。

 ぺシリと頭をはたかれた俺は、現実を受け止めることにした。


 モデル顔負けとは思ってたが、まさかホントにモデルやってるとは……。

 

 けど言われてみれば納得だ。

 雑誌の見開き一ページ丸々飾ってるようなモデルなら金も結構持ってるだろう。


「じゃあ根上さんも……」

「いや、コトハはやってねぇよ」

「え? じゃあなんのバイトを……」


 そうして俺が目を向けると、根上はえっへんと胸を張るように……いや張る胸は無いが、言った。


おこづかいポケットマネー


 ……星名と違って、こっちは解釈一致な気がした。



「ふぃー、買った買った」

「満足」


 さらに二時間後。

 星名と根上はそう言って、季節限定フラペチーノを飲みながら人通りの少ない裏通りを歩いていた。


「えーと、このあとはどうします?」


 隣を歩く俺が恐る恐る聞くと、星名はストローから口を離す。

 

「んー、気になってたトコは全部回ったし、そろそろ帰るか」

「はんへーい(さんせーい)」


 ストローを吸ったままの根上は星名に賛同してくる。


 はぁ……よーやく解放される。


 二人が帰宅の意思を見せたことに、俺は心の中で溜息を吐いた。


「どーした湊。元気ない?」


 と、そこで俺の疲労感を見抜いたのか、根上のそんな声が下から聞こえてくる。


「いやぁ大丈夫っすよ。元気ぴんぴんです」

「全然ピンピンに見えない」


 カラ元気を出そうとしたがそれも出ず、俺の嘘は速攻で根上にバレた。


「じゃーこれ」

「へ? これって」

「美味しかった。飲んだら元気出る。たぶん」


 根上から差し出されたスタバの季節限定フラペチーノ。

 正直、こんなモノ一口飲んだ所で元気が戻るワケないのだが、ストローが俺の頬にグイグイと押し付けられている。

 断る選択肢が無いことを理解した俺は、ストローに口を付けた。


「どう?」

「あー、うん。美味いですね」

「元気出た?」

「まぁ、少しは」

「よかった」


 そう言って、根上は再び自分でフラペチーノを飲み始める。


 ……ん?


 直後、横から視線を感じた。

 首を曲げてその方向を見ると……。


「えーと、星名さん?」


 なぜか星名が、こっちをジト目で見つめていた。


「べつにぃ? なんでもねぇよ」


 そう言ってそっぽを向く星名。

 

 いったいなんなんだ?


 首を傾げる俺。

 だが次の瞬間、切り替えたような表情で星名は言った。


「うし、それじゃあ帰んぞー。ミナト、ちゃんとソレ持ってついて来いよ」

「えっ、まさか家まで運ぶんですかコレ!? 俺がぁ!?」

「ったりめぇだろ。ウチらだけで運べるワケねぇんだからよぉ」

「いや、あなた一人でイケそうな気が……」

「なんか言ったかぁ?」

「なんでもねぇです! 誠心誠意せーしんせいい運ばせていただきやす!」

「おーいい返事いい返事。まぁウチ今コトハのトコ泊まってて、荷物はそこに置けばいいからよぉ。ウチの家までは行かんくていーから安心しろ」


 なにが安心なんだ……。


 荷物の重さに任せて、がっくりと肩を落としそうになる俺。

 

 ――そのときだった。


「あ? てめぇ千聖だよな?」


 前の方から、そんな声が聞えて来た。


「あぁ?」


 声にいち早く反応したのは星名。

 その表情は、酷く不快そうだった。


 初めて見る星名の様子に物珍しさを感じながら、俺はしっかりと前に目をやった。


 そこにはガラの悪い、いかにもって感じのヤンキーが三人。うち一人に密着する感じでギャルが立っていた。


 えーと、真ん中が親玉で横二人がその腰ぎんちゃくA・B。ギャルは真ん中の彼女ってトコか。

 にしても千聖って星名の下の名前だよな? 知り合いか?


 そう分析した俺は、とりあえず成り行きを見守ることにする。


「てめぇ誰だ……?」

「おいおい俺だよ俺。さかき雄我ゆうが。久々だなぁ千聖ぉ!」


 知り合い、というか向こうが星名のこと一方的に知ってるみたいだな。


「へぇ、一年くらい見ないうちにずいぶん良い女になってんじゃねぇか。いいねぇ」


 星名の身体に舐めるような視線を向ける雄我という男。

 その直後、奴は言った。


「千聖ぉ、ヤラせてくれよ」



◇◇◇

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