第10話 休日のパシリスト

 な、なにを言ってんだこの女ァ!?


 星名の言葉に、思わず荒い言葉が出そうになるのを、俺はすんでのとこで堪える。


 冗談じゃねぇ……ンなことしたら昇格戦ができなくなっちまう。断固拒否だ!!


「いやぁ、あのですね……ソレはちょっと厳しいと言いますか……」


 なるべく穏便に、やんわりと断りを入れる。


『あー? ミナトー、お前に拒否権はねーぞ』

「へ?」


 星名の言葉に、俺は心の底から「へ」が出た。


『忘れてねぇだろーなぁ? 昨日の約束』

「約、束……?」


 瞬間、俺の脳はそれに関連する出来事を昨日の記憶から調べ始める。

 ――そして、思い出した。


『そ、そんなこと言わないでくださいよ。きっと楽しいですよー。俺に無条件罰ゲームしてもいいですからー』


「あ……」

『思い出したみてぇだな。てことで、遅れんなよー』


 その言葉を最後に、星名の方から一方的に通話が切られる。


「……」


 ――ふぅ。


 PCの駆動音だけが流れる部屋の中で、やれやれと肩をすくめる。


 スマホを机の上に置き、目を瞑りながら上を向いた俺は、鼻から静かに大きく息を吸った、


「イィヤァァァァァァァァァァァ!!」

『耳がァァァァァァァァァァァァ!?」


 次の瞬間、俺が出した大声は部屋中に響き渡り、マイクを通じて司の耳も破壊した。



 一時間後:原宿駅表参道口前


「はぁぁぁぁぁ……」


 集合場所に着いた俺は、大きく溜息を吐いた。

 これは今シーズン、俺のAoLのランクがダイヤで確定した溜息だ。


 クッソ。

 翔真が彼女持ちだって知ってりゃあ星名と罰ゲームの約束をしなくてすんだんだよなぁ……。

 筋違いなのは分かってっけど翔真アイツにムカついてきたぜ。


 と、怒りの矛先を翔真に向けようとするが……。


「湊斗ー」


 その声を聞いた瞬間、怒りの矛先は全ての元凶へと一瞬で方向転換した。


「ど、どうも……って」


 溢れ出しそうな負の感情を抑え、挨拶をする俺は、視界にもう一人の姿を捉えた。


「根上さんも来たんですか」

「んー? なに湊斗ー、琴葉がいたらダメなのかー?」

「いえいえいえいえ!? メッソーもございません!!」


 無表情だが少しだけ不機嫌そうな声色になったのを聞き逃さなかった俺は、瞬時に訂正する。


「つーかミナト、スカジャン着てんじゃん」

「あ、はい」


 唐突な星名の誉め言葉に、俺は首を縦に振る。


「ふーん」


 すると星名はそのまま、目線を動かして俺の服装全体を確認するように見た。

 

 な、なんだ……? 俺の服が変なのか?


 星名に続くように、自分の服に目をやる。

 下は黒のスキニーパンツとスニーカー、上は黄色のスカジャン。特に変なことはないはずだ。


「あ、あのー。なにか?」


 恐る恐る、俺は聞く。


「いんや。似合ってるって思って。ミナトってけっこー服装とか気にするタイプなのな」

「……あー、まぁそうですね」


 アネキの周りの友だちの影響で、服や靴とかを通販で色々物色したり、街の古着屋とかも回ったりしてる。

 言われてみれば、普通の男子高校生やつらよりもファッションとかには興味がある方かもしれん。


「髪だけ金髪に染めてるイキり高校生じゃなかったのか、湊斗」

「あ、あははぁ……」


 衝撃の事実を知ったとでも言わんばかりの根上に向けて、俺は乾いた笑いを浮かべる。


 まさか星名たちに褒められるなんて思ってもなかった。

 正直、悪い気はしねぇ。つっても今日の怒りが消えることはねぇけどな!!


 まぁとりあえず、あっちもおだてておこう。


「お、俺なんかよりもお二人の方が全然すごいですよ」


 一応これは本心だ。


 星名はヘソ出しの白いニットセーターの上に黒いジャケットを着ていて、下は黒いワイトパンツにローヒールを履いている。

 大胆クール系のレディースファッションって感じだ。


 根上はヘソ出し肩出しの白黒柄のキャミソールの上に紫のブルゾンジャケットを肩が見えるように着て、下はチェック柄でゴシック調のパンツスカートに厚底ブーツを履いている。さらにチェーンやスタッド付きアイテムまで装着している。

 星名と違い、こっちは奇抜さとインパクト重視のパンクファッションだ。

 

 どっちも一歩間違えりゃあダサく見えちまうのに、持ち前のツラの良さと雰囲気でどっからどう見てもモデルにしか見えなかった。


「たりめぇだろ? ウチら女子高生じょしこーせー。おしゃれガチらねぇと死ぬぜ」

「いや、そうじゃない人もいるんじゃ……」

「ンなヤツ知らねぇな」


 俺の素朴な疑問は一蹴される。


「んふふー」

「ん? どーしたコトハ?」

「なんか湊斗に褒められて、気分良い」

「え」


 唐突な根上の言葉に、俺は思わずそう漏らした。

 いや、実際気分を上げるのが目的だったけど、こうしてハッキリと言われるとなんか変な感じだ。


「もっとホメろ湊斗ー」

「も、もっとですか……?」


 予想の斜め下を行く根上の要求に、俺はポリポリと頬を掻く。


 参ったな。

 けどしゃーねぇ、応えねぇとメンドそーだし、やるか。


 意を決して、俺は口を開いた。


「目が可愛い!」

「おー」

「鼻がキュート!」

「おぉー」

「口がエクセレント!」

「おぉー?」

眉毛まゆげがチャーミング!」

「……」

「耳がワンダフル!」

「ちょっと待てー。それまとめて顔が良いってことじゃねー?」


 くっ、バレたか!!


 圧倒的水増しの指摘に、俺は苦虫を噛み潰したような気分になる。


 仕方ねぇだろ!! てめぇの良いトコってツラが良いことくらいだろうが!! 他になにがあんだよ!?


 そう声に出してしまいそうなのを必死にこらえる。


「ほかはー?」


 が、まだ根上は俺のほめ言葉をご所望している。

 

 ど、どうする!? ほかにほめる所……ンなもんあんのかコイツに?


 根上コイツに対して多少好感がありゃあ良いところの一つや二つ見つけられるかもしれねぇが、あいにく俺はパシリとしてコキ使われてるから好感なんざゼロだ。


 そんな奴の良い所を見つけるなんて……はっ!?

 

 瞬間、俺に電撃走る。


 なんてこった。見つけちまった!! 不可能を可能にしちまった!!


 デッケェ砂漠の中で一粒の砂金を見つけたような衝撃、俺の気分は高揚した。


「ははは、根上さん。安心してください。ちゃんとありますよ」


 そうして、その気分に釣られるまま、俺は笑顔を見せながら親指を立てる。


「胸が小さい!」

「えい」

「ぐほあぁぁぁ!?」


 直後、足に大きな痛みが走り、俺は悶絶する。

 根上が履いていた厚底ブーツで俺の足を踏みつけたのだ。


「悪かったなー。ちっさくて」


 ガシガシガシガシガシ


「ちょ、ちょっと根上さん!? マジで痛いんで止め……!!」

「背がちっさくて、肉付いてなくて悪かったなー」

「ンなこと言ってないですけどぉ!?」


 な、なんでだ!?

 アネキが「胸は大きくねぇ方が楽」って言ってたし、貧乳好きの男もいる。

 つまり貧乳は良いことなんしゃねぇのか!? 


 頭の中にハテナが充満するが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。

 根上の機嫌を取らねぇと!!


「で、でも俺は好きですよ小さいの!」


 だから俺は一時的に巨乳好きから貧乳好きにジョブチェンジした。


 しかしすぐに気付く。


 ――だからなんなんだ、と。


 やっべ、これなんのフォローにもなってねぇわ。


 気付いたあと、俺はやけに冷静だった。

 理由は単純、言い訳を諦めたからだ。


 根上の攻撃に耐えるべく、目を瞑る俺。


 だが、待てども待てども痛みはやってこない。

 どうしたのだろうか、そう思い目を開けると。


「……」


 そこにはいつもとは違う様子の根上がいた。なんか目をパチクリさせている。

 

「ふふー」

 

 で、なぜか得意げに鼻を鳴らした。


「そーかそーか。湊斗は琴葉のこと好きかー」


 よく分からんが、俺のフォローになってないフォローがお気に召したらしい。

 

「そ、そーですね!」


 ならこのチャンスを逃す手は無い。俺は思い切り乗っかることにした。

 

「ほーん。でもよぉミナト。お前大きいのも好きだよなぁ?」


 直後、そう言いながら星名が俺に肩を組んできた。


 ――むにゅん


「っ!?」


 瞬間、俺の右腕に柔らかい感触が伝わる。

 それが星名のOPPAIであることを認識するのに、一秒も掛からなかった。


「好きだよなぁミナト? お前、ウチの胸揉んだ時ちょーテンパってたもんなぁ?」

「……」


 耳の近くで響く星名の声。

 

 こんなツラとスタイルが良い女に密着されてささやかれてるなんて、男としては夢のシチュエーションだ。


 ふっ、まったく……。


 俺は空を見上げる。


 これが脅しじゃなかったら、素直に嬉しかったんだけどなぁ。


 とてつもない力でギリギリと俺の肩を握りしめる星名の手に、俺の足は小鹿のように震えていた。


「もちろんですよ!! 大きいのがキライな男なんて人間じゃねぇです!!」


 気付けば俺の口は、痛みから解放されてるために勝手に動いていた。


 まぁデカいのが好きなのは事実だから正直な気持ちであることは間違いない。


「だよなぁ! ウチのことも好きだよなぁ!」


 俺の答えに満足したのか、星名は俺の背中をバシバシ叩いてくる。痛ぇ……!!


「んじゃあ行くか!」

「おー」


 そうして星名と根上に連れられるように、俺は二人のあとを追った。



◇◇◇

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