第2話 男がパシリになったワケ

 事件が起こったのは今から一週間前。

 高校二年生となり、数日が経過した頃であった。


 放課後、頼まれていたプリントの束を職員室に届けた俺は、部活や帰宅によって人気の少なくなった校舎を歩いていた。


「でよー、昨日告ってきたのがマジキショくてー……って聞いてんのかよ琴葉コトハー?」

「聞いてる聞いてるー」

「聞いてないやつだろそれー」


 そして、俺は彼女たちと学校の階段ですれ違った。

 アイツらは学校で相当な有名人だったから俺の方は知っていたが、向こうは俺のことなんて知らなかったろう。


 こういう奴らとは未来永劫関わることは無いんだろうな。

 ……いや、一応同じクラスになったし、文化祭とかのイベントで関わる可能性はあるのか。


 そんな風に思った矢先だった。


「っうお……!?」


 星名の方が、階段から足を滑らせた。

 一瞬のことで反応が遅れたのか、星名は階段の手すりにつかまるといった対応が取れず、そのまま落下する。


「っ危ね!?」


 気付けば俺は、反射的に体が動いていた。

 手を伸ばし辛うじて星名を掴む。そして俺が下になるようにして彼女を抱きかかえた。


 ドン!


「ってぇ……だ、大丈夫か!?」


 背中の痛みに悶えながら、俺は星名の無事を確認する。


「え、あ……おう」


 ポカンとし様子で、星名は答えた。

 どうやら痛みはないようで、捻挫や打撲もしていないようだった。


 ともかく良かったと、俺は心底安堵する。


「なぁ、お前名前は?」

「え? 束橋つかはし湊斗みなとだけど」

「湊斗……」


 何故か噛み締めるように、星名は俺の名前を呼んだ。 

 そして、


「ミナト、お前今日からウチのパシリ決定」


 次に彼女の口から放たれたのは、そんな言葉だった。


「は?」


 いきなりそんなことを言われた俺は、当然のように首を傾げる。


「え、えーとそれはどういう……?」

「だーかーら、パシリ! 今日からミナトはウチのパシリ!」

「……」


 一体なにを言っているんだろうコイツは?

 どうしていきなり俺がパシリにならなければならないんだ?


 即座にそんな疑問が脳を通過する俺だったが、答えは決まっていた。


「いやぁ、ワリィけどそれはちょっとムリだなぁ」


 ははは、と愛想笑いをしながらやんわりと断りを入れる俺。

 だが直後、星名は不機嫌そうな顔をしながら、言った。


「ふぅーん。じゃー言いふらしちまおっかなー」

「え、なにを?」

「これ」

「これ?」

 

 星名に促されるように、俺は視線をそこへと向ける。

 そこには、


 ――モミモミ。


「……」


 ――モミモミ。


「……」


 ワァーオ、アメイジングOPPAI。


 星名の胸をガシリと掴み、揉みしだく俺の手があった。


「ん……///」

「っおっぱぁぁぁぁぁぁ!!??」


 どこかエロい星名の吐息にも似た声により現実へと帰還した俺は、慌てて彼女の胸から手を離す。

 

 俺は理解する。

 星名を抱きかかえて落下した拍子に彼女の胸に手が触れてしまったこと。

 そしてその感触をもっと堪能したいと、俺の右手が本能的に彼女の胸を揉み続けていたことに。


 くっ!! なんてことをしてくれたんだマイハンド!! わんぱくにも程があるぜ!!

 

 星名の胸の感触をたしかめながら、俺はやらかした手のひらに目をやる。


「分かったか? お前がウチのパシリになる理由」

「……は、はは」


 にこやかに笑う星名を見て、俺は思わず乾いた笑いが零れる。

 その裏で俺は必死に脳みそをフル回転させ、打開策を模索した。

 

 お、落ち着け!! 沈着冷静ちんちゃくれいせいに考えろ束橋湊斗!! 最高で最善のナイスアイディアを思い付け!!


 直後、俺の中で大量の脳内物質が分泌される。

 そして……。


 そ、そうだ! 胸を揉んじまったなら、俺も代わりのモノを差し出せばいい!!


 IQ10000(当社調べ)の俺の脳みそは最強の回答を導き出した。


「分かった。じゃあこうしよう」

「ん?」


 キョトンとする星名。そんな彼女に対し、俺は真剣な眼差しを向け、言った。

 

「俺の胸を触っていい!! だから胸を揉んだことはチャラにしてくれ!!」


 目には目を歯には歯を。おっぱいにはおっぱいを。

 あまりにも完璧な理論。これで万事解決!


「いやムリだけど?」

「えっ!?」


 ……とはならなかった。


「な、なぜ!! どうしてだぁ!?」

「逆になんでイケると思ったんだよ!?」


 まさか拒否されるとは……!! いったい何がダメだったんだ……はっ!?


「まさか服越しではなく、直接タッチをお望みだと!? そ、それはちょっと恥ずかしいっていうか///」

「全然ちげーよ! てかなんでそんな恥ずかしがってんだ! とにかく、あんだけ胸揉んだんだから、ミナトはウチのパシリ決定! 拒否権無し!!」

「そ、そんな……!!」


 無慈悲なギャルの宣告に、絶望に打ちひしがれた俺はうなだれる。


「……きゃはははは!」


 その時だった。

 これまで沈黙をつらぬいていた根上が、突如として笑い始める。


「めずらし。琴葉コトハメチャ笑ってんじゃんじゃねぇか」

「だって湊斗、バカ過ぎて面白いから……あははははは!」


 意外だった。

 星名と違い、根上はそこまでテンションが高くない印象を持っていた。

 こんな風に笑うのか、コイツ。


 などと思ったのも束の間、


「ねぇ千聖ちさと。琴葉も湊斗のことパシリにしてもいい?」

「お、いいよいいよ。じゃあウチとのアレにしよーぜ! えーと、共有財産きょーゆーざいさんっやつ!」


 根上と星名がとんでもないことを言い出した。


「ちょ、なに言ってんだ!? そんなのダメに決まって……」

「『胸揉んだ』『言いふらす』」

「是非ご奉仕させていただきます……!!」


 実に簡潔な星名のお言葉に、気付けば俺は頭を下げ、丁寧な言葉遣いでそう答えていた。

  

「だってさー。よかったなコトハ!」

「やったー」


 嬉しそうにハイタッチをする星名と根上。

 俺はその様子を、ただ眺めていることしかできなかった。

 これが俺の奴隷パシリ生活の始まりである。


 以上、回想終了



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 あの二人、マジでずっと背負わせやがった……。


 ようやくその日、星名と根上から解放された俺は深く息を吐く。


 ダメだ……このままじゃあ俺の学校生活がアイツらのせいでメチャクチャになっちまう!!


 なんとかしねぇと……そう思った矢先。


「お疲れちゃんだな。湊斗」


 そう俺に声を掛けるクラスメイトの男が現れた。


「あぁ? ンだよつかさ


 椎名司しいなつかさ

 中学時代からの親友……否、『悪友』。

 大変ロクでもない男である。


 コイツとの会話が、騒動の始まりだった。



◇◇◇

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