第265話 賢人を迎える

「私を訪ねて賢人が来ている?」

鄴で曹彰軍を編成している最中、龐統という男が俺を訪ねて遥々荊州からやって来たと聞く。

「遠路より賢人が来てくれるとは誇らしい事だな、今宵は宴を開き歓迎するとしようか。」

「先生、まだ会った事も無いのに賢人と決めつけるのは如何なものでしょうか?」

曹彰は訪ねて来た男を確認せずに歓迎の宴を開こうとする俺に意見をしてくる。

「曹彰、賢人という紹介状を持ってきている以上、彼を推挙する者がいるということだ、少なくとも多少なりの才は持ち合わせている者に違いない。

その者を手厚く歓迎する事により天下の士が我等も下に集まって来てくれるかも知れない。」

「先生にそんな深い考えがあるとは知らず生意気な意見を致しました。」

「いや、これは私の考えではなく昔あった故事になぞらえた話なんだ、ただ曹彰も良く覚えておくといい、天下の士が集まらなければ国が栄える事は無い、賢人を集め纏めるのが君主になる曹彰の役目だ。」

俺は曹彰の肩を叩く。

「はい!しっかり覚えておきます!」

曹彰は目を輝かせていた。


そして、俺は龐統に会う。

「陳宮殿、初対面である私の為にこのような宴を開いていただき感謝致します。」

「龐統殿、私の方こそ賢人と評される貴方と知り合う事が出来た幸運に感謝致します。」

俺は龐統の隣に席を並べ、最大の礼とともに宴を行っていた。

「龐統様、一献いかがですか?」

曹清が龐統に酒を注ぎにくる。

「これはありがたい、こんな美しい方に酒を注がれるなど初めてにございます。」

龐統はその見た目から女性とは縁が無い、これまで陰口をたたかれる事はあれど酒を注ぐという些細な事すら縁が無かったのだ。

「美しいなどお世辞としてもありがとうございます。

今後も主人を宜しくお願いします。」

「主人・・・まさか、曹清様にございますか!」

「はい、私は曹清ですが?」

「これは失礼しました、曹操様の御息女とは知らず失礼しました。」

龐統は身を正しい謝罪する。

「私は主人陳宮の妻であり、それ以外の何者でもありません。

そして、龐統様は主人のお客様、妻としてもてなすのは当然にございます。」

「いや、それでも・・・」

「龐統様がお気にすることはございません、私が好きでやっている事でございます。」

「龐統殿、私を訪ねて来てくれたのだ曹清の歓待も受けてくれないか。」

「陳宮殿、誠に丁重な歓待、心より感謝致します。」

「それほど堅くならなくてもいい、それに龐統殿が仕えてくれるなら私達は家族のようなもの、互いに気を使えば疲れるだろ?」

「そうだぞ、龐統

こいつに気を使う必要な無い!」

成廉は既に酔っているのか俺と肩を組み拳で頬をグリグリしてくる。

「成廉、酔っているのか!」

「うるせぇ、次から次に美女をはべらせやがって、龐統見ろよこの面、この面で美女を何人も毒牙にかけてるんだぜ。」

「人聞きの悪い事を言うな!」

「そうです、陳宮様は毒牙ではありません。

陳宮様は・・・そのぅ・・・」

曹清もそう言うと何かを想像したのか頬を赤らめうつむいてしまう。

「曹清、そこで恥ずかしがるのは止めて!

おい成廉!この空気どうするんだよ!」

「あーごちそうさま、龐統、向こうで呑もうぜ、この後陳宮は手籠めにあうからな。」

「えっ?ちょ、ちょっと成廉殿。」

成廉は龐統を連れて家臣が集まる方に引っ張っていく。

「龐統、殿はいらない、俺達仲間になるんだろ?

ならもっと気軽に行こうぜ!

張遼、連れてきたぜ。陳宮はこれより手籠めに合うそうだ。」

「陳宮頑張れよ、全員敬礼!」

張遼の号令で家臣一堂連れ去られる陳宮に敬礼して見送る。

「お前ら止めろよ〜〜〜」

陳宮がいなくなったのを見て全員から笑いが溢れる。

「張遼、ひでぇな!」

「わはは、鬼だ鬼!」

成廉、魏越は笑い転げる。

「後継ぎを作ることは大事ですからな。」

趙雲も既にこの空気に馴染んでいた。

「龐統、お前も呑んで陳宮の後継ぎ誕生を祈ってくれ。」

張遼はあらためて龐統に酒を注ごうとする。

「皆さん私を受け入れてくれるのですか?」

「うん?何の話だ?受け入れるも何も陳宮の仲間になりに来たんだよな?」

「そのつもりですが・・・

そのこの風体ですのでこれまで仕官出来ぬ事が多く・・・」

「なんだ、そんな事を気にしているのか?

見た目など関係無い、漢はその生き様で全てを語るべきだ、見ろ陳宮を、あの風貌に女に手籠めにされる情けない奴だ、それでも俺達の頭なんだからな。」

張遼の言う通り、陳宮の見た目は冴えない上に年齢も上である、政略結婚とはいえ若く美しい曹清が自ら求めるような漢には感じなかった。


「俺達に取って見た目なんかどうでもいい、大事なのは本人の力量だ。

龐統、君に何が出来るか、俺にはまだわからないが、そのチカラを陳宮の為に、そして民の為に使ってくれないか。」

「張遼殿・・・」

「堅いな、張遼でいい、俺達は仲間になるんだからな。」

「張遼、こんな俺だがチカラの限り尽くさせてもらう。」

「おう、まずは呑め!おい、周倉こっちに酒をくれ!」

「おう・・・おっと!」

周倉も酔っていたのか酒を持ってきながら転倒し張遼にぶちまける。

「あっ・・・」

「周倉!!」

「酒も滴るいい漢ぶりですね。」

「言いたい事はそれだけかぁ!!」

「やべぇ、張遼が切れた!」

周倉は逃げ出し張遼が追いかける、それを見て全員が笑い転げていた。

家臣達に上下が無く、気軽な関係がそこにはあった。


龐統はこの空気を心地よく感じるのであった。

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