第253話 表面上の安定
徐州の惨劇から表面上、穏やかな時が流れる。
俺は食料の増産から始まり、多方面から集める事に奔走していた、その忙しい日々に追われている中、曹操軍の戦略を論じる事から外されていることに気付いていなかった。
「荀彧、軍の支度は出来たな。」
「曹操様、徐州攻めは陳宮が反対なさるでしょう、それでも行うのですか?」
荀彧は今一度、曹操に確認を取る。
「荀彧、陶謙に出した使者の事を忘れたのか。」
曹操は冷たい目で荀彧を睨む。
曹操は陶謙に曹嵩を殺めた事に対して非難と謝罪、そして実行した者の情報を渡せと使者を出していたのだが、返ってきた答えが先の虐殺をなじる言葉と実行した者は死んでいるとの一点張りで情報を一つも渡さなかった、あげく曹嵩が殺められた事を天が下した罰であるとまで言い切る。
その言葉に曹操の黒い復讐の炎が燃え上がる。
「しかし、前回陳宮は身を呈して曹操様をお止めしました、今回も同じ事が起きるやもしれません。」
「多分起きるだろう。
陳宮には事が済めば謝罪する。
だからこそ、陳宮が介入する前に徐州攻めを完遂する必要がある。」
「わかりました、曹操様の御意志が堅いのなら我等臣下は従うのみにございます。」
「正し、今回虐殺は控えよ、あくまでも徐州に攻めるだけだ、実行した者と陶謙には酬いを受けさせるが住民への被害は抑えるのだ。」
「はい、各将に伝えてあります。」
「うむ、出陣だ!」
曹操は再び徐州に向けて出陣する、この事は陳宮に伝わらないよう、手筈を整えての出陣であった。
曹操が出陣したことを知らない俺は陳留で書類の山と戦っていた。
「うう・・・ここの灌漑は・・・」
調査した地形から灌漑の計画書を作り、現地に行って計画書通りに進んでいるか調査を行って・・・
「陳宮様、あまり根を詰めないでください。」
曹清がお茶を持ってくる、怪我をしてから1年程経つが曹清は当然かの如く毎日俺の世話にやってくる、そして、濮陽を離れ陳留に滞在している今もついてきては俺の世話をやいてくれていた。
「ありがとうございます、曹清様。
ですがこれが出来ると来年の収穫が増えるはずなのです。
そうすれば少しは楽になるはずですから・・・」
曹清と話しながらも睡魔に襲われ、ウトウトし始める、それを見た曹清はかける物を持って来ては俺の背中にかけてくれていた。
「陳宮、生きてるか?」
そんな倒れる寸前の生活をしている俺の様子を見に曹昂もちょくちょくと現れる、きっと妹が世話をやいているのを心配しているのだろう、以前よりよく現れるようになっていた。
「お兄様、陳宮様はお休みになられて・・・」
「いや、起きてるよ、えーと、これが前回計画した場所の灌漑の進捗具合を纏めた物です。」
俺は書類の山から曹昂に渡す書類を取り出す。
「ありがとう、しかし、陳宮も休め、目の下のクマが酷いぞ。」
「ですが、一刻も早く安定した食料生産の目処を立てないと・・・
曹操に進言して予州、汝南方面に進出することも検討すべきかも知れない。」
俺は近隣の地図を取り出す。
「予州、汝南か?」
「ええ、その方面は比較的勢力が少ない割には食料に余裕が見られました、ただ国境が広くなることを考えれば安易に広げるか迷う所がありますが、荀彧達と少し話し合ってみましょう。」
「確かにある所に向かえば少しは楽になるか・・・だがな。」
曹昂も地図を見ながら考える、東に陶謙、南東に袁術という敵を抱えながら、予州に出ると西の宛に旧董卓軍の張済がいる、国境を接すれば対応を検討すべき事になるだろう。
今の現状で敵を増やすか否か、充分に検討が必要だ。
「よし、一度濮陽に戻ります。」
「それならば父上に宜しく伝えてくれ。」
曹昂は陳留の太守を任されていた為に濮陽に向う訳にはいかない。
「陳宮様は濮陽に向かわれるのですか?
それでは私も行きます。」
「ええ、ですがすぐに戻って来ますので曹清様は陳留に滞在なされてください。」
「でも・・・」
「大丈夫です、少し荀彧達と話してくるだけですから、こちらの仕事をしに戻らねばなりませんから。」
「むー。」
置いて行かれると聞いた曹清は頬を膨らます。
「曹昂様、曹清様のご機嫌取りはお任せします。」
「陳宮が甘く囁やけば機嫌が直るぞ。」
「御冗談はお止めください。
子供に甘い言葉を囁いたと曹操とからかうつもりでしょう。」
「否定は出来ないな。」
「曹昂様!」
俺は頬を膨らます曹清の頭を軽く撫でてから濮陽を目指して急ぎ出立する。
「陳宮、道中気をつけてな。」
陳留を出る前に曹昂が曹清を連れて見送りに来ていた。
「曹昂様も沢山の書類と仲良くなさってください。」
「陳宮、早く帰ってこい。」
「のんびりと帰還致します。」
「陳宮様、ゆっくりなさるなら曹清もお連れください!」
「曹清様、冗談ですから、すぐに帰って来ます。
黄沢、曹昂様と曹清様を頼んだぞ。」
「陳宮様、俺が護衛じゃなくて大丈夫ですか?」
「お前は既に虎豹騎という近衛兵団の将だぞ、守る相手は曹家の者達だ。」
黄沢はその練度を認められ曹昂をトップとした近衛兵団を創設、そのナンバー2として軍を率いる身へと昇格していた。
「だがな、目を離すと陳宮様は死にかけるから。」
黄沢は曹操に斬られた事を皮肉のように言う。
「あれは仕方ない事なんだ・・・
あ、あの、もうしないから曹清様、手を離してもらえますか?」
黄沢の冗談を真に受けたのか曹清は心配そうに俺の手を握ってくる。
「陳宮様、本当に大丈夫ですよね、もう斬られたりしませんよね?」
「しませんから、黄沢、お前のせいだぞ!」
「悪いのは色男のせいだと思いますがね。」
黄沢はヤレヤレといった感じで相手にしない。
「まったく、曹清様はまだ子供だから冗談ですむがいつまでも同じネタでからかってくるなよ。
曹昂様もよく考えてください!」
「わかったわかった、ちゃんと考えているからな。
曹清も安心するんだぞ。」
曹昂は曹清の頭を撫でる、その瞳は優しい兄の物であった。
「では行ってきます、曹清様、短い期間ですがお風邪を引かないようにしてください。」
「大丈夫です、陳宮様こそちゃんと寝所で寝てください、それとご飯もちゃんと食べて、服も毎日着替えて・・・」
「曹清様大丈夫です、曹昂様あとはお願いします。」
曹清の愚痴が始まりそうだったので俺はその場を慌てるように立ち去る。
「くく、もう尻に敷かれてるな、陳宮気をつけろよ。」
曹昂は笑いながら手を振り俺を見送る・・・
これが曹昂との今生の別れになるとは思ってもいなかった。
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