第213話 誘拐

お色直しに出た曹清を侍女は最初にいた控室とは別方向に案内する。

「あなた、こちらは違う方向では?」

「外に不審な者がおりますので安全な所に控室を移したそうにございます。」

「そうなのですか?」

「はい。」


「曹清様、お待ち下さい、そこの侍女、誰の命令で部屋を移したのです?」

人のいい曹清と違い、警戒心の高い夏侯敬は侍女を不審に感じる。


「曹休様のご命令にございます。」

近衛兵の副長を務める曹休の命令、たしかに有り得る話ではあるのだが・・・


「曹清様、後ろにお下がりください。

侍女おかしな事ですね、曹休は暴徒が来ることを知っていたのですか。」

暴徒が急に現れた割には控室を別に用意するなど手際が良すぎる、夏侯敬は曹清の前に立ち周囲を警戒する。

「それも曹清様の事を思えばですね・・・」

侍女が手を上げると近衛兵が6人出てくる。


「6人ですか・・・」

夏侯敬は懐に忍ばせた短刀を抜く。

「夏侯敬!」

「曹清様お逃げください!早く陳宮様のところに!早く!」

「夏侯敬、貴女も一緒に!」

「私はここで足止めを致します!」

「わかりました、無理はしないように・・・

あっ!」

逃げようとした曹清の後ろから立ち塞がるように夏侯充が現れる。


「曹清様、何処に行かれるのですか?」

「夏侯充、もしかしてあなたがこれを・・・」

「さあ、私と共に行きましょう、」

夏侯充は曹清に手を伸ばしてくる。

「やめて!触らないで!」

曹清はその手から逃げるように後ずさる。


「そこまで陳宮に洗脳されているのですね・・・

私が助けて差し上げます。」

夏侯充は曹清の手を無理矢理掴み、力任せに連れて行こうとする。

「離しなさい!離して!」

「曹清様!この!」

夏侯敬は既に2人を倒しているが流石に近衛兵6人を相手に短刀一つでは苦戦を免れず、連れていかれている曹清を助ける事が出来なかった。


「曹清!夏侯敬、無事か!」

争う人だかりの中に曹清、夏侯敬の姿が見えた、俺は走りながら声を出す。


「「陳宮さま!」」

曹清と夏侯敬の声が重なる。

「陳宮、前に出過ぎだ!戦闘は俺達の出番だ!」

成廉は目の前の近衛兵を迷うことなく斬り捨てる。

「邪魔だ!」

趙雲も近衛兵の頭を槍で貫き瞬時に二人を始末する。

あまりの槍の早さに呆気に取られた兵もそのまま成廉に斬られる。


「さて、夏侯充、曹清様を離してもらおう。」

俺は夏侯充に詰め寄る。

「よ、よるな!」

夏侯充が剣を抜く。 

曹清を片手で掴んでいる為に成廉達も迂闊に攻撃出来ない。


「夏侯充、お前は程昱の娘と婚姻するのだろう、騒ぎを起こしてどうする?」

「うるさい!あんな奴が俺の妻になるはずがない!

曹清様、私と一緒になりましょう。」

「嫌です!離しなさい!私は陳宮様の妻なのです!」

「あぁそこまで陳宮に洗脳されているのですね、おいたわしや・・・

この私が陳宮の事など思い出せぬようにいたしますので、さあこちらに・・・」


「動くな夏侯充、曹清様を連れて行かせる訳にはいかない。

夏侯充、こんな真似をしてどうする?

お前は破滅だぞ。」

俺達は夏侯充を逃がさぬように囲みつつ、隙をうかがう。


「破滅?この私が?

ありえない!私は曹丕様を支え、曹清様を娶るのだ!

この私にあるのは華やかなる栄光!」

「こいつ正気か・・・」

曹操が認める結婚に難癖をつけ、程昱の娘との婚姻を反故にして華やかな栄光などある訳が無い、ましてや曹丕は先程廃嫡を宣言されたのだ。


囲む俺達は冷や汗が流れる、正気を失っている夏侯充の行動が予測できないのだ、自暴自棄になりいつ曹清を傷つけるかわかったものでは無かった。

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