第209話 夏侯充の不幸
「わ、私は他の方への挨拶がありますので少し席を外します。」
夏侯充は逃げるように席から・・・
いや、程育から離れようしたのであった。
「ふむ、陳宮の結婚式ですからな、私達の顔合わせはまた後日に致しましょう。」
「そうだな、改めて場を設けさせてもらおう。」
夏侯惇も夏侯充の心境を思えば少し時間がいるだろうと思い、その場を終わらせる事にする。
「・・・典満、俺は不幸だ。」
夏侯充は少し離れた所で座っている典満のところに逃げて来ていた。
「夏侯充どうした、かなり憔悴しているようだが?」
見るからに疲れきった夏侯充を心配してしまう。
「なぜあんなやつと結婚しなければならない!」
「そういえば程昱殿の御令嬢と婚約したのだったな、まずはおめでとうと言わしてもらおう。」
「目出度い訳がない!」
「落ち着け、程昱殿の後見を受けれるのだろう? 悪い話では無いと思うのだが・・・」
「悪夢だよ・・・くそっ!」
「あの典満様、こちらの方は?」
夏侯充はそこで典満の隣に座る女性に気がつく、曹清や夏侯敬程とは言えないが清楚な感じのする美少女が典満の隣に寄り添うように座っているのだ。
「て、てんまん、そちらの女性は?」
「許華殿、こいつは夏侯充、夏侯惇様の長男だ。
夏侯充、こちらの方は許褚殿の御令嬢で許華殿だ、縁あって先日知り合うことになってな。」
典満は二人に互いを紹介する。
「ふふ、知り会っただけなんて・・・
典満様、少し寂しいです。」
許華は典満の胸板に手をそえ寂しそうな表情を浮かべる。
「い、いえ、許華殿、それは説明する為のアヤと申しますか・・・」
「ダメです、私達の関係はハッキリと言ってくださいませ。」
プクッと頬を膨らます許華の姿は可愛らしいとしか言いようが無い。
「わかりました、夏侯充、その許華殿といわゆる婚約をしたのだ。」
「いわゆるじゃありません、ちゃんと婚約しましたし、結婚だってします。」
典満は恥ずかしがってぼやかそうとしているのだが許華は許さない、ハッキリと婚約したと伝える。
「典満がこんな美少女と婚約・・・」
これまで典満はその無骨な見た目からあまり女性と縁が無かった、ましてやこんな美少女と結ばれるなどという事は夏侯充としてはあってはならない事だった。
「許華殿、典満はあなたには相応しく無いのではないか?
見ての通りの無骨な男な上にあまり賢くない、先日上官を殴って罷免されたばかりの男なんだ。」
「夏侯充様、それは典満様に失礼過ぎます。
いくらご友人だからと言っても言っていい事と悪い事があります!」
「いや、罷免された事は事実で・・・」
「陳宮様を殴って罷免された事は知っております。
ですが典満様はちゃんと反省なされ、先日陳宮様に私の父許褚と一緒に謝罪に行きました。
陳宮様がお許しになられた事を部外者の貴方にとやかく言われたくありません。」
「典満、お前陳宮に謝罪に行ったのか!」
「ああ、曹操様にとって大事な人に俺は何も考えずに暴力をふるったのだ、父の功績で見逃されたとはいえ、改めて謝罪する必要があるだろう。」
「お前は曹清様の気持ちを考えないのか!」
「夏侯充様、貴方が曹清様のお気持ちを語りますか・・・
曹清様が噂のせいでどれほどお苦しみになられているか貴方にはわからないのですか!」
「落ちついてください、許華殿。
私も許華殿に言われるまで気付いていなかったのです。」
「ええ、失礼しました、少し取り乱してしまいました。
曹清様は昔から陳宮様をお慕いしていたそうです、たとえ敵対していた時でも曹操様に何度も助命を願い出るほどだったそうです。」
「そんな話聞いたことも無い!」
「これは私の父、許褚から聞きました。
父は常日頃曹操様の警護で側にいる為に曹清様が何度も願い出るのを見ていたそうです。」
「そんな・・・じゃあ私との関係は・・・」
「何もありませんよ、曹清様は曹丕様のご友人だから親しく接していただけで、それ以上でなければ、男女の関係など全く思ってもいなかったそうです。」
「嘘だ!」
「嘘を言っても仕方ない話ですが・・・
見て下さい曹清様の表情を、あれがいやいや嫁ぐ人のお顔でしょうか?
どう見ても幸せの中嫁いで行く姿に見えませんか?」
夏侯充は曹清の表情を改めて見る、そこには自分が思うような憂いを帯びた表情は無く、満面の笑みが浮かんでいる・・・
「そ、そんなはずは無い・・・
なら私は・・・いったい何のために・・・」
夏侯充はあまりのショックにふらつきながら典満達の席から離れて行く。
「おい、夏侯充!」
「ダメです、典満様。
なるべくあの方に近付かないように父からも言われているでしょう?」
「そうなのだが・・・」
「振られたぐらいで立ち直れないような軟弱な方に関わると典満様の武が曇ります。
父のような武将になると誓ってくれたのは嘘なのですか?」
「いや、嘘ではない、俺は父のように天下に名を轟かす漢になる。」
「ならば行ってはいけません、あの方に巻き込まれると忠臣どころか反逆者になりかねません。」
許華はなんとしても行かさないように典満にしがみつき、典満もそれを振りほどく事は無かった・・・
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