第146話 出陣前

俺は臨淄を任せている高順に兵を集めさせつつ、山東半島にある町、黄県に軍を集め渡海の準備を始めていた。


「軍議を始める、俺達の上陸先は南皮の北、章武を最初に落とす、そして、その南にある浮陽、南皮と落としていく。

これは時間との戦いだ、袁紹に気付かれる前に南皮を落とせるかにかかっている。

もし、間に合わなかった場合は章武から撤退することになるだろう。」

「大丈夫だ、間に合わせればいいんだろ?」

張遼は簡単そうに言うがこの漢ならやれるという自負が感じられる。


「陳宮、章武を落とすのは俺にやらせてくれ。」

甘寧が堂々と答える。

「甘寧できるのか?」

「無論、新参者として手柄を立てる機会だからな、俺の武を見るがいい。」

俺は張遼を見る、すると張遼も深く頷く。

つまりそれ程の武勇を甘寧が持っているとの事だろう。

「わかった、甘寧に任せる、章武を落としたあとは章武を守ってくれ、大事な退路だからな、くれぐれも頼むぞ。」

「任せろ。」


「南皮を落としたあとは袁紹軍が駆けつけて来るのを待ち、野戦で壊滅させる。

一大決戦となるので皆覚悟しておいてくれよ。」

「任せろ。」

「腕が鳴る。」

成廉、魏越は先の敗戦もあり、袁紹軍を討てる事に喜びを感じていた。


「先生!僕も行かせてください!」

曹彰が声を上げるのだが、俺としては連れて行っていいものか考えてしまう。

「陳宮、連れて行ってやれ。曹彰の武勇はそれなりになっている。

少なくとも足手まといにはならん、曹彰、陳宮を護衛して戦を学べ。」

「はい、張遼師匠!」

「勝手に決めるなよ。」

俺は張遼に文句を言いながらも張遼の判断を尊重する。

戦において張遼の嗅覚は素晴らしいものがある、俺が立てる机上の空論より、信じるべきであろう。


「曹彰様、くれぐれも無理はなさらぬこと、いいですね。」

「はい!任せてください!」

曹彰の返事はいい、張遼が認める武勇があるのなら、容易く死ぬことは無いだろう。

俺は曹彰の従軍を認めるのだった。


「陳宮様、私も同行させてください。」

部屋に帰ると曹清が同行を申し出てくる。

「曹清様、此度の戦は危険過ぎます、先の官渡の戦いの時と違いコッソリ忍び込む訳では無いのです。

どうかこちらでお待ち下さい。」

「ですが・・・」

「大丈夫です、何とかなります。

それに戦の正当性は曹彰様が同行することで保証してくれますから、曹清様が無理をなさる必要はありませんよ。」

「曹彰が・・・

陳宮様、私は陳宮様と一緒にいたいのです。

どうか同行をお許しください。」

「此度ばかりはお許しを、曹清様に傷をつけると曹操にあわせる顔も無くなりますからな。」

俺は苦笑いを浮かべる、この戦は退路とて怪しい物がある、通常なら取らない手ではあるのだが、袁紹という一大勢力を相手に通常では太刀打ちできない、こちらは非常識な手で行くしか無いのだ。

そんな作戦に令嬢の曹清を巻き込む訳にはいかない、以前の時も反対だったのだ、更に厳しいこの作戦に連れて行く事など出来なかった。


「曹清、しつこいぞ。先生を困らせるな!」

俺が曹清を宥めていると曹彰が入ってくる、どうやら曹清と話している声が曹彰に聞こえたらしかった。

「曹彰、これは夫婦の会話です、貴方は部屋から出てください。」

「夫婦?無理矢理なっておいて何を言う!

先生はこれから戦地に赴くのだ、無駄な事に煩わせる事をするな!」

「無駄な事・・・」

「先生、このモノは私が追い出しますので、どうかごゆるりとなさってください。」

「曹彰、痛い、離しなさい!」

曹彰は曹清の手を掴み無理矢理連れて行こうとする。

「曹彰さま、お待ちください。

それは流石に姉に対して酷すぎる、曹清様大丈夫てすか?」

「はい、大丈夫です。」

「曹彰様は私の身を案じてくれているのです、これより戦地に入ればゆっくり休む暇も無くなりますので、万全な体勢を整えて欲しいとの優しさなのです。

言葉遣いが悪いのは少しよろしくはありませんが。」

曹彰は俺に叱られていると感じ少しうつむく。


「私も陳宮様の御身体が第一にございます。

無理を言って申し訳ありません。」

「いえ、曹清様のお心遣い、お気持ちをありがたく受け取っておきます。

ですが、今回は必ず戦となります。

しかも、有り得ぬぐらいの大戦です。

曹清様をお守りしながら戦をするのは難しいのです。

どうかこちらでお待ち下さい。」

「申し訳ありません。

私が浅慮でございました。」

曹清は深く頭を下げる。

自身のワガママが陳宮の身を危険に晒しかねない、心の余裕の無さが無理にでも陳宮の側にいたいと思ってしまっていたのだった。


「わかっていただけたら、よろしいのです。」

この夜、曹清は大人しく部屋へと帰るのであった。

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