第119話 追求

曹彰は帰ってきてすぐの曹清の部屋を訪ねる。


「あら?曹彰いつ許昌に帰って来てたの?」

「曹清、何をしているのかわかっているのか?」

曹彰の拳に力がこもる。

「曹清?曹彰、姉の私になんて口を聞くのですか!」

曹清は礼を失した曹彰を叱る。

「姉と思えぬ者を姉と呼ぶ気にはなれない、今一度聞く、自分が何をしているのかわかっているのですか?

お前は今日何をしてきた!」

曹彰の目から敵意を感じるのだが、曹清にしてみると曹彰から恨まれる理由がわからない。


「何をとは?私は夏侯惇様の見舞いと手当をしてから、そのあと夏侯充と少々お話をして帰ってきただけですが?」

「既に隠すつもりも無いという事か・・・」

「隠す?いったい何の話をしているのです!」

「随分と夏侯充と仲がよろしいようで。」

曹彰は部屋に入った時から男物の香の匂いを嗅ぎ取っていた。

重傷の夏侯惇が香をたくとは考えられない、元々匂いが付くのを嫌がっている事も知っている、それならばこの匂いは・・しかも匂いが移るほど接近していたという事なのだ。


「そうですね、曹丕も世話になっておりますし、知ってますか曹丕が少しずつ外に出れるようになってきているんですよ!」

曹清は曹丕の回復が嬉しくて笑顔で話す、しかし、それは曹彰からすると夏侯充と仲が良くなっていることを嬉しく感じていると思えた。


「そんな事はどうでもいい!

くそっ!先生が可哀想過ぎる!」

「先生?陳宮様がなにか?」

曹彰が口にする先生とは陳宮の事だ、曹彰から可哀想という言葉に引っかかる物を感じた。

「二度と先生の名を口にするな!この尻軽が!」

「誰が尻軽ですか!姉になんて事を言うのですか!」

「ふん!それならば自分の噂を調べてみろ!

あと漂わせている臭い匂いもな!」

曹彰はこれ以上話していると怒りのあまり曹清を斬りそうになる。

姉と敬う事は止めても、斬るまではしたくなかった。

曹彰は慕っていた姉がいなくなった事に大粒の涙を流しながら部屋を後にした・・・


「何だったのでしょう?」

曹清は曹彰の怒りがわからなかったが、あれ程曹彰が怒ってくることは今まで一度もなかった。

そして、自分の噂という事に首を傾げる。


曹清は子供の頃から仕えてくれている侍女の翠嵐に聞いてみる事にしたのだが・・・

「えっ?私と夏侯充の縁談が進んでいる?」

「ええ、違うのですか?」

「違います!誰がそんなことを!!」

「誰がと言われましても、かなりの噂になってますよ、そ、その肯定派と否定派に分かれるぐらいには・・・」

「詳しく話してください!」

曹清は青い顔をしながらも聞かなければならない。

「それでは・・・」

翠嵐は自身が知る限りの事を伝える。


「まずはそうですね、宮殿での密会でしょうか?」

「密会?」

曹清に思い当たる事は無い。

「ええ、2、3ヶ月前ぐらいからでしょうか?夏侯充様とお庭でお茶をする姿が見受けられましたが?」

いや思い当たる事があった・・・


「他にも、陳宮様とのお屋敷を建てておられたはずなのに夏侯充様のご趣味でお部屋をご用意されてましたし。」

「あれは私に男の方の部屋の知識が無くて・・・」

「・・・曹清様、何処の男の方が他の男の趣味に合わせた部屋をお喜びになるのでしょうか?」

翠嵐の言葉は曹清にとって痛い言葉であった。

たしかに陳宮が見た時、いや知った時にどう思うのだろう・・・

目の前が暗くなる思いがしていた。


「それにですね、新居になるはずのお屋敷に陳宮様はまだ入った事も無いのに、曹清様が夏侯充様をご案内して入った事も陳宮様からすれば問題ですよね?」

言われる通りだ、折角建てている屋敷に何故私は夏侯充を案内したのだろうか・・・

自己嫌悪に陥っていく。


「あと、先日の出陣の時でしょうか?

夏侯充様が曹清様にご挨拶をなされ、曹清様もお応えしておりました。

普通令嬢に挨拶をすることは無いのにそれでも公然で行ったという事は夏侯充様の求愛にお応えしたと世間は認識しておりますよ。」

「あれは曹丕が答えれる状態じゃなかったから・・・」

曹清は自分にそんなつもりは無いと反論するのだが・・・


「それにその匂いですよ。」

「匂い?」

「お気づきになられていないのですね?

今、曹清様からは男性の香の匂いがしております。

つまり、どなたか男性と抱き合われた・・・もとい、かなりの至近距離でお会いなられていたと言う事でしょう。」

「いや、これは・・・」

「私としてはお相手が誰かなど気にいたしませんが、察するに夏侯充様なのですね。」

「・・・はい。」

「ならば、曹清様がお帰りになられてお会いした方々は夏侯充様といたしてきたと考えるでしょう。」

「えっ!そんな事はしていません!」

「当然私は曹清様を信じます。

ですが、これまでの事を考えると違うとおっしゃられても、信じる方は少ないでしょう。」


翠嵐はズバズバとハッキリと伝えてくる。

曹清は曹彰の言葉を思い出してガタガタ震えている、尻軽女、わたしが?陳宮様を裏切って・・・


何でこんな事に・・・

悩む曹清は陳宮と会えていない事が原因と思えた。

何故私に声をかけずに徐州に向かったのだろう、声をかけられれば必ず付いて行ったのに、そうすれば夏侯充と知り合う事も無かったのだ。


「陳宮様も徐州に赴かれるなら一言ぐらいあってもよろしいのではないでしょうか?」

「うーん、そこなんですよね。陳宮様は律儀な御方と思っておりますから、出立前に来たと思うんですよね。」

翠嵐にとっても今なら兎も角、3ヶ月前に陳宮が曹清に挨拶も無しに赴任していくとは思えない。

そこで1つ思い当たる事がある。

「曹清様、宮殿内には陳宮様をよく思わない方が多数おられます。

もしかしたら、面会を断られたとかないでしょうか?」

「えっ?そんな事があり得るのですか?」

「普通はありませんが、来た方の名前を伏せ、忙しくしている最中にどうでもいい話に混ぜてという嫌がらせを聞いた事があります。

曹清様、3ヶ月前と言えば曹丕様にかかりきりの頃です、何かありませんでしたか?」

「3ヶ月前ですか・・・そういえば、些細な要件の割にはすぐに面会を希望している失礼な者がいるとか聞いて・・・

たしか曹丕が侍女の質問する声も嫌がってましたから、その時、断った気がします。」

「侍女が誰かわかりますか?」

「えーと、あの声は・・・そう、紅花です!」

「わかりました、すぐに連れてまいります。」

翠嵐の目は冷たい、紅花をすぐさま捕まえに行くのであった。

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