第118話 許昌に激震
陳宮が許昌に来ない。
この報告は色々な所に戦慄が走る。
「陳宮が独立か?」
「今の状況はまずいな、討伐に行く軍が無い。」
「陳宮は孫権と独自の外交ルートを持っている、もしや通じているのでは・・・」
荀彧達軍師は陳宮が裏切った時の事を考えていた。
裏切った時の対応を検討するものの、陳宮が指揮する軍の強さは官渡の戦いを見てよくわかっている、ましてや袁紹に敗北した後だ、殊更軍による討伐など出来ない。
だが、それ以上に荀彧達の根幹には陳宮への同情もあった。
典満の暴行の時も我慢を強いた、曹丕、夏侯楙の時も穏便に抑えてもらった。
それなのに・・・
曹清と夏侯充の話はまことしやかに広がっている、現在夏侯惇の治療の事もあり、曹清も夏侯惇の屋敷を訪ねている。
そのことが更に夏侯充との縁組が進んでいるとの見方が主流であった。
道理を大事にする荀彧としては陳宮が裏切ってしまうのも無理は無いと考えている。
手柄で与えた婚約者を奪い、戦で囮として使い、ましてや援軍も送らず見捨てようとした。
これなら裏切っても天下に道理が通る・・・
軍師達は冷汗をかきながら策を練るのだった。
「父上、どういうことか教えてもらってもよろしいですか?」
許昌に戻った曹彰は使者として会う前に曹操に問い正しに来ていた。
「何の話だ?それより陳宮は何故来ない?」
「誤魔化さないでください!夏侯充と姉上の縁談が進んでいると噂になっています!
いったいどういうことですか!」
「夏侯充と縁談?何の話だ?」
曹操からは困惑の感情しか感じられない、つまり姉が、曹清が心変わりしたのか・・・
曹彰は悔しさに唇を噛む、曹操が政治的見解で動いたならそれは曹家の意志である、子である自分にも責任があるだろう。
しかし、曹清の心変わりで陳宮を裏切るなど許せる物では無い。
「父上、曹清は何処にいますか?」
曹彰から姉への敬意は消え失せる。
「曹清なら夏侯惇の屋敷に見舞いに行っているはずだが。」
「・・・そうですか。」
曹彰は言葉少なく曹操の前から出ていく。
徐州まで聞こえる噂を垂れ流しておきながら、今まさに夏侯惇の屋敷、つまり夏侯充がいる屋敷に入り浸っている。
・・・曹彰が失望するのには充分であった。
その頃、曹清は夏侯惇を見舞っていた。
「わざわざすまんな。」
「いえ、おじさまもお元気そうで良かったです。」
曹清の診たところ命に別状はない、その事に一安心していた。
「それでどうだ?俺の身体は? 医者の奴はハッキリと言わんからな、曹清お前の見立てを聞きたい。」
「・・・命に別状はないと思います。
ただ、右腕の腱が損傷していると見受けられますので、今後戦場にお立ちになられるのは・・・」
曹清は言いにくかったがハッキリと伝える。
もし、医術を心得る者の端くれとしてケガを伝えず、命を落とす事になってはいけないと思ったのだ。
「そうか・・・
すまん、一人にしてくれ。」
「わかりました、また後日お見舞いにまいります。」
戦場で生きて来た夏侯惇の思いもくみ、曹清は部屋を後にする。
「曹清さま・・・父上の事、ありがとうございます。」
夏侯充派力無く答える、指揮を任されたのに一目散に逃走したことが先の敗戦を招いたと批判され、夏侯充は思い悩んでいた、その姿に力は無く暗い物があった。
「夏侯充、貴方も気を落とさずに、戦の勝敗は平家の常と言うでは無いですか。
また、次の機会に挽回すればいいのです。」
「・・・どうしろと!この僕はもうおしまいなんだ!次に兵を指揮をしてまた負けろと言うのか!」
「そのような事は申していません、ただお気持ちをしっかりと持ってほしいのです。」
「曹清さまにはわからないんだ、全軍の指揮を任された時のあの恐怖が・・・
俺の命令に全軍の命運がかかってしまうんだぞ、父上も倒れて、すぐに助けなければならない・・・
いったいどうすればよかったのだ!」
夏侯充は錯乱したかのように騒ぎ立てる、曹清はそれを優しく抱きしめる。
「落ち着いてください、たしかに重責を急に背負ってしまって混乱したのでしょう。
ですが、一度経験出来たのです。
しかも、そのお年でですよ、これは他の人には無い経験です。
今は無理でも必ずこの経験は貴方の大きな財産になります。
元気を出してください。」
夏侯充は曹清に抱きつき、泣き続けるのだった・・・
ひとしきり泣き続けたあと落ち着いた夏侯充は曹清との別れ際に恥ずかしそうに言う。
「曹清様、このことはどうか秘密にしていただけないでしょうか。」
「ええ、誰かに口外したりしませんよ、夏侯充も元気を出してください。」
「ありがとうございます。」
曹清は敗戦に悩む夏侯充に同じく敗戦を悩んでいる曹丕と似ていると思っていた。
「戦をするのは大変なのですね。」
帰り道、なんてことは無いように戦に赴く陳宮を思い出していた。
「早くお会い出来ないかしら。」
戦も終わったのだ、陳宮がいる徐州に行くことは出来ないか考えるのだった。
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