第115話 追撃しない

鄴に攻め込んだという話は情報を遮断していたとはいえ、流石に袁紹の耳にも届く。

「なんだと!既に黎陽がおち、鄴まで攻めて来ているとは!

致し方ない、臨淄を攻めるのは後だ、全軍で鄴の救援に向かうぞ!」

袁紹の一声で袁紹軍は転進する。

元々予定に無い攻城戦だ、袁紹軍としても補給が難しくこのあたりが限界だったともいえた。


陳宮は命拾い出来たのであった・・・

「助かった・・・」

引き上げる袁紹軍に命拾いした兵士達は力無く座り込む。

「本来なら追撃すべきだが・・・」

兵士の疲労を考えると追撃は出来ない、だがそのまま袁紹を向かわせると夏侯惇が苦戦を免れないだろう。


「高順、動ける騎兵はどれほどいる?」

「張遼達なら動けるかもしれんが・・・

俺は賛成せん。」

高順がハッキリと拒否をする。

「高順どうした?これは好機じゃないか?」

「曹操軍にとってはな・・・

だが曹操が何をしてくれた、援軍1つ送ってこない、官渡での戦いでもそうだ!俺達が戦を決めたのにロクな恩賞するないではないか!」

高順が指摘する通り、多少なりの恩賞こそ振る舞われたものの、多くは官渡で籠城していた者達に厚く振舞われていた。


「高順の不満はわかる、だが今は戦に勝つことを考えるべきだ。」

「陳宮、戦に勝つためにも動くべきではない。」

高順は頑固者である、一度決めた以上動く事は無いだろう。

「わかった、だが張遼に直接頼むさ、その際は高順に臨淄を守ってもらえるか?」

「ふん、張遼とて聞かんはずだが、臨淄の守りは引き受けた。」

俺は高順を後にし城に入場してくるのを待って張遼に声をかけるのだが・・・


「駄目だな、今追撃したところで被害が増すばかりだ、俺達とて疲労はあるのだからな。」

張遼にもアッサリと断られる。

俺が見る限り、まだ戦う余裕はありそうなのだが、現場指揮官の判断を軽く見るわけにはいかない。

俺は追撃を諦め袁紹の撤退を見守るだけであった・・・


「張遼師匠、何故追撃をしないのですか?」

曹彰は張遼の騎馬隊と共に戦場を駆けており、一段と逞しい漢になっていた、だが曹彰からすれば張遼軍にはまだ余裕がある、陳宮の命令を断る意味が解らなかった。

「曹彰、お前には悪いが俺達は曹操に不信感を抱いている。」

曹彰はゴクリとつばを飲む、張遼の目からは本気を感じる。

「父上は先生を高く買っています、決して軽く見ている訳では・・・」

「どうだかな、陳宮にあてがおうとしていた曹清には既に夏侯惇の息子をあてがっているようだぞ。」

張遼は許昌に独自の情報網を作っていた。

その報告の中には出陣前の曹清と夏侯充のやり取りから始まり、陳宮と曹清の屋敷を作っていた筈の場所に夏侯充と二人で訪れ、夏侯充の趣味に合った部屋を発注したことまで掴んでいたのだ。


「父上はそのような事を致しません!

姉上とてそのようなはしたない真似をするとはとても思えない!」

「夏侯惇の立場が微妙になった今、余裕が無いのだろうな。」

「しかし!」

「曹彰、お前はどうする?人質として利用しても良かったのだが、陳宮はそのような真似は好まないだろう、許昌に帰るなら送り届けてやるが?」

張遼は曹彰の人質としての価値を理解しているが陳宮はそのような真似をしない事も理解している。

それならば、人質を取ることを良しとしない行動を見せた方が世間の信頼を得やすいと判断する。


「残ります!絶対に誤解です!

私がいることが父上が先生を信頼している証拠なのですから!」

「曹彰、違うな。

陳宮の性格をよく知る曹操の事だ、お前を預けている事が曹清と破綻した後の繋がりとしているのだ。」

「なっ・・・そんな事は・・・」

息子の曹彰としても父曹操は謀が多い、絶対に無いとは言い切れなかったのだ。


「帰る時はいつでも言え、俺達は人質にしたりはしない。」

張遼は曹彰に告げるとその場を立ち去る。


残された曹彰は真実が何か解らなくなってきていた・・・

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