大会議室のアナウンサー:6

「何だか格好いい名前だぞ! これはどんな技ですか!」

「三頭の熊を召喚して攻撃出来ます。別名『松竹梅』とも言われるカードです」

 甲斐の解説によると、このカードの効果は英国の童話『三匹の熊』に基づいているという。

 森の中に三頭の熊が住んでおり、それぞれ一頭は小さい熊、また一頭は中ぐらいの熊、そしてもう一頭は大きい熊だ。

 ある日、三頭の熊は朝食にお粥を作り、そのお粥が冷めるまで散歩に出かけた。その時に「ゴルディロックス」という名の少女が熊の家にやってきて、お粥を食べようと味見をする。大きなお椀のお粥は「熱すぎ」で、中くらいのお椀のお粥は「冷たすぎ」て、小さなお椀のお粥は「ちょうどよい」温度で食べることが出来たそうだ。

 この童話に基づいて、三つの選択肢があると人は「ちょうどよい」ものを選ぶようになるという。

 別名『松竹梅』では、松定食と竹定食、梅定食と、三つの価格帯の定食があると、竹定食がよく選ばれるという。

 熊の例では小さいもの、定食の例では中ぐらいのものが選ばれるが、どちらもその人にとって「ちょうどよい」ものといった意味である。

「おっと! 小さい熊と中ぐらいの熊が、英国紳士・デーモン伊達に向かって走っていたぞ! 奇しくも英国対決だ!」

「『ゴルディロックス』はランダム属性が付与されているので……」

 甲斐が心配そうに解説をしている最中に、英国紳士・伊達はくるくる回している杖を再びショットガンのように持って、銃弾を一発放った。小さな熊に命中し、熊はその場で倒れてしまった。

 さらに被っていたシルクハットを手に持ちブーメランのように投げつけた。すると帽子のつば部分から複数の鋭利な刃物が現れ、回転したまま中ぐらいの熊に当たった。熊の皮膚は刃物でえぐられ、英国紳士・伊達を襲う前に倒れてしまった。

「うああああ! 二頭の熊がやられてしまった!」

「『ゴルディロックス』は三つ中、二つの攻撃技は弱い、という弱点があります」

「と言うことは、残りの大きい熊の攻撃で勝てるのか!」

「どうですかね……。大きい熊、つまり松定食ですからね。一番費用が高いものを提案しても勝てるとは思えません。何か秘策でもない限り、若松・水川ペアは絶望的でしょう」

 するとまた別のカードが光り出した。カードからは鎖に繋がれた大きなイカリが現れた。若松のカードである。

「玲奈課長の追攻撃だ!」

「こちらに表示の価格はあくまで標準価格でして、打ち合わせを重ねた結果、「是非、弊社にやらせてほしい」と先方が申し出ており、大幅値引きをしていただいております」

「これは攻撃技『アンカリング』ですね。同じ効果をもたらす魔法技『プライスダウン』というカードもあります」

 最初に提示された数値が基準となり、後に提示された数値に影響をもたらす効果があるという。

「三プランとも値引きしておりますが、先方としては提案内容をすべて実現したいという思いが強く、一番上のプランは三十五パーセント引きと、非常に値引率が高くメリットがあります」

 水川の召喚した大きな熊が、若松の出したイカリの鎖部分を両手で持った。そしてそれを大きく振り回し始めた。ブンブンとイカリは空中を回転し始める。熊は砲丸投げの要領で勢いよくイカリを投げた。

 イカリは英国紳士・伊達の首をスパーンと切り落とした。首なしになった英国紳士・伊達はふらふら目的なく歩き回っている。

「英国紳士・デーモン伊達、大ダメージだ!」

 伊達は小さく「なるほど……」とつぶやいた。

 この値引きは前回の打ち合わせ時にはなかった提案で、長巻も驚いた様子である。

「やや! カードがまだ残っているぞ! 首がなくなっても動いている! まるでゴシックホラーのようだ!」

 伊達はまだ悩んでいるらしくなかなか返事をしてくれない。加藤の反応もまだ分からない。

 このプランを進めるには、社長である加藤の承認と、社外取締役の伊達の承諾が必要なのだ。ちなみに社長の承認があれば、長巻の承認はあってもなくてもよい。

「さぁ、どうだ? どうなのか?」

 すると加藤が「僕は承認します」と言った。書道家・加藤が何やら文字を書いた。

「『四字熟語使いの微笑み加藤』! 書道家カードが残っていた! 何を書いたんだ!」

 牛飼が片方の手で銀色の四角いマイクを掴み、もう片方の手で眼鏡の位置を直しながら身を乗り出す。

「若松さん、水川さんの熱意が伝わりました。まずはやってみるのが良いと思います。力の限り努力して良いものを作ってください」

 「粉骨砕身」と書かれた紙がお札のようになって飛んでいき、隣の首なし英国紳士・伊達へと当たった。

 ピキピキピキと音を鳴らしたかと思うと、英国紳士・伊達はやがて膝から崩れ落ちていった。そしてカードが消滅した。

「うむ。分かった。私も承諾します」

 

 

「本日の試合はいかがでしたか? 終始白熱したバトルでした。試合結果は、玲奈課長と水川選手のコンボ技も功を奏して、若松・水川ペアの勝利。無事にWEBサイトのリニューアル案件が実施できることとなりました。彼女たちの今後の活躍が大変楽しみです。甲斐さん、一言お願いします」

「そうですね。とても見応えのあるカードバトル頂上決戦でした。手持ちのカードはたくさん持っている方が、戦術を立てやすく試合の際に有利になるのはもちろんですが、カードを出すタイミングも重要です。カードの特性をいかに知っているかが勝利を導いたのでしょうね。若松・水川ペアお見事です。これからも頑張ってください」

「そうですね。甲斐さん、ありがとうございました。それではカードバトル頂上決戦、そろそろ終わりの時間が近づいてきました。それではまた次回のカードバトルをお楽しみに! 実況は私、牛飼勤、解説は甲斐節夫さんの二人でお送りいたしました。それではまた!」

 牛飼と甲斐が礼をした。直後、牛飼と甲斐はその場から消え、彼らが座っていた実況席もテーブルも、背面の液晶モニタも消え去った。

 加藤、長巻、伊達が立ち上がり、若松と水川も席を立った。

「今日はどうもありがとう」と加藤が伊達に言い、全員会議室を出て行く。

 エレベーターホールに向かい、社外取締役の伊達を見送った。


「さすが社長ですねェ。僕も彼女たちと一緒にリニューアル進めていきますよ」

 長巻は虫のいいことを言っている。

「任せたよ」

「もちろんです。……じゃア、僕は次の会議があるからここで」

 そういうと長巻は先に行ってしまった。

「ふたりとも今日はよく頑張ったね」

 加藤が笑いかけてくれる。

「いえ……とんでもございません」

「まあ、長巻はなんて言うかああいう奴だから、あんまり気にしなくていいし、伊達さんも仕事柄、投資リスクを考えてどうしても否定的な発言が多くなるけど、根はいい人だから、だから今回のリニューアル案件、自信もって大丈夫だよ。とても良い提案だったよ」

「ありがごうございます」

 若松と水川はお礼を言う。

「じゃ、ここで」

 そう言うと加藤は社長室へと歩いていった。

 若松、水川は後片付けをしに会議室に戻った。そこに牛飼と甲斐はもういない。

「玲奈課長、やりましたね!」

「私よりも水川さんのおかげじゃない」

「いえ、玲奈課長のプレゼンが良かったからですよ!」

「何を言ってるの。プレゼン、ほとんど水川さんがしてたじゃない。私はサポート役……あ、電話。あとよろしく。あ、もしもしお世話になっております、若松です」

 若松は電話をしながら会議室を出て行った。

 水川はプロジェクターの電源を落とし、会議室の電気を消した。

 

 水川は右のこめかみ部分を二回タップした。すると目の前に「アプリを終了しますか」と表示された。

 再び右のこめかみを一回タップすると、「アプリを終了しました」と表示された。

  水川が使用していたアプリは「あなたを応援します! 実況アナウンサー」というものだ。

 アプリを起動した媒体は、コンタクトレンズ型の最新式スマートフォンだ。目の前に映像が投影されるXR技術を用いたスマートフォンである。

 脳の記憶に直接アクセスして、自分の記憶や自分の考えを具現化することが出来るのだ。

 水川が昔、電子書籍で読んだ『これだけは覚えておきたい! マーケティング心理学50』や『ビジネスに役立つ行動心理学』の知識がカードとして出てきたのだ。

 プレゼンが通るか不安だった水川はアプリを通して、自分自身を鼓舞したのだった。

 水川はノートパソコンを閉じ、会議室を出た。



 廊下を歩いていると、水川の頭の中で声が聞こえた。

「さあ、水川選手! 次のカードバトルが始まろうとしている! 次はなんとカスタマー部署との対戦だ! 何やらコンタクトセンターの改善が議題だそうです。バトル相手は、『守備カード使いの松井』ことカスタマー部長の松井だ! 甲斐さん、彼はどのような人でしょうか?」

 すると甲斐節夫が蘊蓄を語り始めた。


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