未来からきた男:4
「三億円事件って、あの三億円事件か?」
「えぇ、1968年東京都府中市で起こった、現金輸送車から三億円を奪った窃盗事件のことです。結局、犯人は捕まらず時効となり、現在では未解決なっています。しかし私のいた未来では、犯人が分かっています」
「あれか? 時空警察みたいなもんがいて、予め過去の事件の犯行を行う前に張り込んで、犯人を現行犯逮捕するとかってことか?」
「いえいえ。そのようなことをしてしまっては未来が変わってしまいます。確かに未来の警察では過去の未解決事件を扱う部署はありますが、未来の法律では、過去の人間と介入してはいけないというものもありますので、たとえ過去に行き、犯人が分かっても、何もしてはいけないのです。ですから警察も過去の事件の犯人が分かっても、逮捕することが出来ないのです。しかし三億円事件の犯人は、未来で自ら尻尾を出しました」
「未来で? どういうことだ? あんたがいた未来から見ると、百年近く前の事件のはずだぞ。未来では犯人だって死んでいるはずじゃないのか?」
「犯人が1968年に生きた人物であればそうですね」
「どういうことだ?」
「犯人は私と同じ、2064年の人間なのです。犯人は『国分寺修』といい、キュクロスの研究員に賄賂を渡し、1968年の12月にタイムトラベルしました。犯行に使われた白バイや発煙筒の準備を行い、12月10日に犯行に及びました。その後、すぐに2064年に戻ったため、犯人が特定できず未解決となっていたのです。しかし、2064年では、すぐに国分寺が犯人だと特定が出来ました。実は、国分寺は未来に戻ってすぐに、古物商へ紙幣を換金に行ったのです。国分寺も念のため警戒をし、換金は一回に紙幣二、三枚に留めていて、換金する場所も、各地の古物商を点々としていました。しかし、全国で急に1968年の紙幣が換金されるようになったことから、事業者が紙幣番号を調べたところ、三億円事件で強奪された紙幣だということが分かり――」
「逮捕されたのか?」
「いえ、残念ながら逮捕はできません。少々ややこしい話になってしまいますが、未来では、三億円事件は過去の事件です。そのため例え犯人が未来の人間だとしても、時効が成立しているため逮捕出来ないのです」
「ほう。そいつは面白れぇな。未来から過去に行けば犯罪し放題ってわけだ」
「確かにその通りです。『過去を変えてはいけない』という、あくまで法律での縛りだけですから、破ろうと思えば簡単に破ることが出来ます。三億円事件は一例ですが、もっとも過去が変わってしまうと、変わったものが世の中の定説となるため、過去が変わったということ自体、未来ではわからなくなってしまうケースの方が多いのです。一説にはピラミッドの建設技術を教えたのも、私たちの未来人の仕業だって話もあります」
「おいおい、そんな好き勝手に変えられては、過去に生きている俺たちにとってはたまったもんじゃねぇな」
「この未来人による歴史操作問題は「ワームホールによる法の穴」と呼ばれ、国際的な法律改正はもちろん、キュクロスの運営自体を日本国から世界共同運営へ切り替える動きが強まっています。さらにタイムトラベル自体を禁止するべきだという主張も少なくありません」
「ホールだけに穴ってわけか。それであんたもタイムトラベルが禁止になる前に過去を変えに来たってわけか」
二本目のタバコの吸い殻を地面に落とした。
「えぇ、私もキュクロスの研究員に協力していただきました。金属探知機とボディチェックが終わって、タイムマシン装置に入るときに、従業員口からこの茶封筒を渡していただきました。どうしても変えたい過去がありまして」
「その書類を過去に持ってきたのはやっぱり金儲けか?」
「金儲け? いえ違います。……まぁ、最終的には金儲けと捉えられるかもしれませんが、この書類を過去に持ってきた理由、それはですね……」
杉本は何かを言おうとして開いた口をゆっくりと閉じて、黙り込んでしまった。
「どうした? 持ってきた理由はなんだ?」
「あ、あれ。あそこみてください。あいつらです、またあいつらが来ました」
杉本が公園の向かいの通りを見ながら、顎で合図をした。そこには先ほどのヤクザ風の厳つい二人組が、キョロキョロと何かを探しながら歩いていた。
「話の途中で申し訳ございません。見つかると危険なので、私はそろそろ逃げます。どこか一目につかないところがあればいいのですが……。とりあえず、助けてくれてありがとうございます。またどこかで」
杉本はベンチから立ち、そそくさとその場を離れようとした。
「ま、ま、まってくれ。話の続きが知りたい。この近くにうちがある。落ち着くまでかくまってやるから、続きを聞かせてくれ」
あまりにも中途半端な部分で話が中断されたため、話の続きが気になって仕方なかった。
「ほ、本当ですか? 本当に良いのですか? 助かります。ではお言葉に甘えて」杉本はまたもやにこりと微笑んだ。
アパートに入る際に、杉本は辺りを見回し、追っ手が来ていないか確認した。
「散らかっているが、入ってくれ。身を隠すには問題ないだろう」
「ありがとうございます。お邪魔します」
六畳一間の中央にあるテーブルには、昨日食べたコンビニ弁当の容器が散乱していた。いや、二、三日前のコンビニ容器もある。それらをまとめてゴミ袋につめ、テーブルを片づけた。
座布団はないので、そのままカーペットの上へ座るよう促した。
「なんにもないが、くつろいでくれ」
冷蔵庫から、コーラ二本を取り出し、杉本に勧めた。
「飲むか?」
「えぇ、ありがとうございます、頂きます。好きなんですね、これ」
「あぁ、うまいからな。未来にはないのか?」
「えぇ、初めて飲みます」
カキョッと言う音と同時に、しゅわーと炭酸がはじける。やはり難しい話は炭酸に限る。
俺は杉本と向かい合うようにテーブル越しに座った。
「なぁ、未来はどんなところなんだ? 未来人はメタリックな服を着ているのか? それから、こう、空にはUFOみたいな乗り物が浮いていたり、超高層ビルがひしめき合っているとかなのか?」
「いえいえ、それはSFの話です。確かに未来ではタイムマシンが実現していたり、それから宇宙旅行も実現しているのですが、どちらも選ばれた科学者や一部富裕層のみの娯楽で、一般生活レベルにおいては正直、この時代とあまり変わりませんよ」
「そうなのか。俺みたいな平凡な会社員は未来でも平凡な会社員なんだな」
「価値観は人それぞれですからね。私も平凡な会社員です。そして、その平凡な会社員を脱するべく、こうしてタイムトラベルしてきました」
「そうだそうだ。話の続きだ。平凡な会社員ならなおさらその書類の特許権を書き換えてしまって大金持ちになりたいと考えると俺は思うんだが、金目的じゃないんだろ? それ持ってきた理由ってのは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます