未来からきた男:5
「はい。確かに最終目的はお金となってしまうかもしれませんが……実はこの書類、キュクロスの特許ではないのです。この書類の内容、つまりタイムトラベルの仕組みを考えたのは私なのです。だから私の手で本来あるべき私の元へ特許を戻すべく書類を持ってタイムトラベルしました」
「それは、あれか? 特許を盗まれたってことか」
「えぇ。私は古くからの友人の伊藤と前田と私の三人でタイムマシンの研究を行っていました。研究といっても、実際にタイムマシンを作っていた訳ではありません。お金がありませんでしたのでそこまでは出来ませんでしたが、理論的に、科学的に実現可能なタイムマシンを設計しようと、この書類の作成を行ったのです。もちろん全て私たち三人の研究成果というわけではなく、ノーベル賞を受賞した今までのいくつかの論文内容を組み合わせることによって、タイムマシンが実現できるのではないかと導いたのです。ですから、この中には、先ほど話しましたように、ワームホールの発生方法やマイクロブラックホールの生成、マイクロブラックホールを納める非常に大きな施設が必要なことまで記載しています」
杉本は何かを思い出すような懐かしい目で、天井を見上げながら話を続けた。
「私と前田が対立したのがきっかけでした。アイディアはあったが、資産がない私たちに協力してもらおうとキュクロスに話を持ちかけようと前田は言ったのです。私はそれよりも将来性を考え、とにかく特許を出すことが重要だと主張したのです。お金もなく、三人とも毎日寝ずに研究しました。しかも会社ではありませんでしたので、給料もありませんでした。だから、前田は目先の報酬に目が眩んだのです。もともと宇宙事業を手がけていたキュクロスに私たちの作った書類をまるまる渡したのです。前田はキュクロスから多額の報酬を受け取り、その二年後に完成したタイムマシンで過去のどこかへ行方を眩ましました。私と伊藤が怒っていると思ったからでしょう。過去に飛ぶ前の一年間も、前田はどこにいるのか分からず、一切音信不通でしたし」
「そりゃあ、あんたも怒るわな。自分らの書類を勝手に売られたんだからな」
杉本は唇を固く結んだ。
「いいえ。ほとんどタダ働き同然だったにも関わらず、見返りを求めず研究してくれた二人になにも出来なかったことを反省しています。怒っていないと言ったら嘘になりますが、前田は今でも一緒に研究した仲間だと思っています。私が許せないのはあのキュクロスです。タイムマシン完成式典の際には、開発秘話として『所長含めエンジニアが夜も眠らず、研究してようやく仕組みを作りだして実証実験にまでこぎ着けた』と、でっちあげの話をしたのです。そもそもあの書類は私たち三人のものなのです。キュクロスは私たちの苦労を踏みにじったのです」
杉本の話は次第に語尾が強くなってきて、憤りが伝わってくる。
「だから書類を元に戻すまでの話です。悪いことをしているとは思っていません。もともと私たちの書類なのですから」
「そうか。それで過去に飛んできたわけだ」
「ええ、キュクロスの存在しない、この時代で特許出願をしようと思ったのですが……」杉本は急にうつむいてしまった。
「出願しようと思ったのですが……歴史の流れには逆らえないのでしょうか。ダメでした」
「ダメというのは、なにがだ?」
「特許出願です。実は昨日、書類一式を持って特許庁へ行ってきました。しかし私は、この時代の人間ではないので、出願者を証明するものが一切ないのです。だから出願すら受け付けてもらえなかったのです。そう簡単に歴史は変えられないのですね」
「この時代には本当のあんたがいるんだろ? ガキの。そいつの名義で出せないのか?」
「出せなくはないですが、彼はこの時代の「杉本浩二」であって私ではありません。それに六歳の子供名義で出せる内容の書類でもありませんし、出願にはこの時代の大人じゃないと……」
「あんたの父親の名義で出すのはどうだ?」
「……あ、ちょっと待ってください」と言い、杉本は何か考え始めた。そしてしばらくして、「そうか、その手がありましたね」と言った。
どうやら俺は名助言をしたらしい。俺は上機嫌でコーラを飲み干した。良い助言をした後は炭酸に限る。
「えぇ、実はお願い事があります。私の親名義で出願するのも良い案ですが、あなたが私の代わりに出願していただけませんか?」
「なに俺が? どうして俺が出てくる?」
不意を突かれた提案に驚いてしまった。
「助けていただいたお礼と言っては少し……いえ、かなり大きいお礼になってしまいますが、これも何かのご縁です。条件付きでこの特許をお譲りいたします。私はキュクロスに渡らなくなるのであれば、それで構いません」
「おいおいあんた、分かっているのか? これは金になる特許なんだよな。そんなものを俺にくれるっていうのか?」
「そうですね。確かに将来お金になると思います。キュクロスはタイムトラベルの実現によって各国から支援を受け数十兆円の売り上げを上げているようです。なので条件として、特許の譲渡権としまして一千万円頂きたいのです」
一千万円とはかなりの大金だ。いや、タイムマシンの特許権と考えれば安い方かもしれない。将来的に一千万円を上回る金が舞い込むのであれば、安い投資なのだろう。
しかし、俺は一千万円なんて大金は持っていない。仮に持っていたとしても、そのまま杉本に渡すかと言われるとそうではない。これまでの話を聞いて、俺は杉本が未来から来たという話を完全に信じているわけでもない。
杉本は話をしているだけだ。作り話だと言ってしまえばそれで終わってしまう。杉本が本当に未来から来た人物だという証明を何かしなければ、この話は疑わしい。金の話が出てくると詐欺の可能性だって考えられる。ここはひとつ慎重に聞いてみよう。
「一千万か。将来の金を考えるとたしかに安いが、俺にはちょっと高額だな。まあ、出せなくはないが。それに、あんたが本当に未来から来たかどうかも疑わしいだろ」
俺には一千万円どころか三百万円だってだせやしない。だが、ここは取引といこう。本当に未来から来たのか確かめる。まずそこからだ。
「私が未来から……そうですね、確かに未来の話をすること以外で私が未来から来たことを証明するものはありません。身体一つでこの時代に来てますしね。こればかりは信じてくださいとしか言えません」
「あんたが本当に未来から来ているなら、これから起こることを予言してくれよ。事件とか事故とか、あとはそうだな、政界のこととか。そしたら俺だって信じられる」
「予言、ですか。そうですね……今は何年何月何日でしたか?」
俺が今日の日付を伝えると、杉本は少しばかり考え始めた。
「あまり、大きな事件ではないのですが、ひとつ、近々起こることがあります」
そう言うと杉本は予言内容を話し出した。その内容は、「寺山」という人物のアパートの部屋が放火の被害に遭うというものだった。「寺山」は、この時代の小学生の「杉本浩二」が住んでいる隣の部屋の住人で、当時杉本は小さいながら、アパートの前に消防車やパトカーがたくさん来ていたことと、家の燃えたきな臭いにおいが記憶に残っているという。
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