きらきらと光るその宝石を、もうどれくらいの間眺めていただろう。

 何度見ても飽きることはない――シルヴィオだけの宝石。


「……シルヴィオ?」


 きらめくピンク色の瞳が、自分を映す。

 それだけで、シルヴィオの世界は動き出すのだ。


「そんなに見つめられると、とても緊張するのだけれど……?」

「緊張しているリリーディアも可愛い」

「そういうことを言っているのではなくて……」


 全く引かないシルヴィオに、リリーディアは困ったような表情を浮かべた。

 そんなリリーディアも可愛くて、愛おしくて、シルヴィオはその額にキスを落とした。


「もうっ、シルヴィオのせいでドレスの試着が進まないじゃないの!」


 顔を羞恥で真っ赤に染めて、リリーディアが言った。

 リリーディアが試着しているのは、柔らかな素材の純白のドレス。

 金糸で刺繍が施されており、まるで女神のようだ。

 いや、女神よりもリリーディアの方が美しいだろう。


「リリーディアのドレスは俺が選ぶって言っただろう?」

「だ、だからって、試着の時までいなくても……」

「俺以外にその可愛いドレス姿を見せるなんて、いくらリリーディアでも許せないな」


 たとえ仕立て屋だとしても、リリーディアの美しい姿を一番に見るのは許せない。

 だから、やんわりとお断りされていたところを断って、シルヴィオはここにいる。

 その仕立て屋たちは、今は空気を読んで部屋の隅っこで直立している。

 もちろん、全員女性だ。

 リリーディアに男を近づけるつもりはない。


「でも、困ったな」

「どうして?」

「リリーディアの美しさにドレスが追い付いてない」

「……そ、そんなはずないでしょう!?」

「リリーディアはもっと自分がきれいだって自覚して」


 さらに距離を詰めて、リリーディアの頬に手を添えた。

 恥ずかしそうにしながらも、リリーディアは大人しくシルヴィオの手に顔を預ける。

 それだけでシルヴィオの心がどれだけ救われているか、きっと彼女は知らない。


「そんなことを言うのはシルヴィオだけよ」

「うん、そうだね」


 リリーディアに届く美辞麗句は、すべてシルヴィオのものだけを記憶してでほしい。

 彼女のすべてをシルヴィオだけで満たしたいと思っているが、現実は難しい。

 これからサウザーク帝国の一部となったクラリネスを統治する上で、どうしたって関係者と今後の方針を話しあう場を設けることになる。

 共同統治者であるリリーディアも同席する必要があるわけで、これまでのように彼女を隠しておくことはできない。

 リリーディアもやる気に満ちているし、元王族としての責任感も強い。

 表舞台に出ないように説得しようかとも考えたが、生き生きとしているリリーディアを見てそれはできなかった。

 それならせめて、可愛いリリーディアだけは独り占めさせてほしい。

 そんなシルヴィオの圧力を感じて、他の誰もリリーディアに近づこうとはしないし、ましてや美辞麗句を口にする勇者はいなかった。

 けれど、そのせいでリリーディアが自分の美しさや愛らしさに気づけないのなら、少しくらい緩めてもいいのかもしれない。女性限定で。


「リリーディアは? 気に入ったドレスはあった?」

「どれもとても素敵で、迷ってしまうわ」

「よかった。すべて、リリーディアのためのものだからね」

「え? でも、試着、よね?」

「サイズが合うかは、着てみないと分からないから」


 リリーディアの肌に触れるものだ。

 すべて購入済みに決まっている。

 にっこりと笑みを向ければ、リリーディアが驚きに目を見開く。


「シルヴィオ!」

「ん?」

「結婚式は一度だけなのに、どうして十着以上もドレスが必要なのよ……」

「結婚式で着なくても、俺のためだけに着て欲しいから」


 シルヴィオの強い意志を感じたのか、リリーディアは諦めたようにため息をつく。


「……嫌だった?」


 リリーディアの表情ひとつで、シルヴィオの心は踊ったり沈んだりと忙しい。

 独占欲丸出しにした自分に、さすがに呆れてしまったのだろうか。


(浮かれ過ぎたか……)


 サウザーク帝国皇帝に結婚を認めさせ、リリーディアとシルヴィオは正式に戸籍上も夫婦となった。

 同時に旧クラリネス王国の領地の共同統治者も任されてしまったが、リリーディアが守りたいと思っているものを一緒に守ることができるのは、シルヴィオにとって喜びだった。

 はじめは、結婚という形をとらずとも、シルヴィオの側にはリリーディアがいればいい。

 そう思っていた。

 誰にも認められなくても、シルヴィオはリリーディアを手放す気なんてなかったから。

 しかし、正式に夫婦と認められれば、合法的にリリーディアに近づく害虫を駆除できる――とは考えていた。

 そして、シルヴィオは知っていた。

 リリーディアが様々な恋物語を読んで、結婚式に憧れがあることを。

 だから、彼女が喜ぶ姿を見たくて、幸せにしたくて、シルヴィオはかなり張り切っている。

 リリーディアに似合うドレスを探したり、結婚式の式場をいくつも用意したり、披露宴の料理を考えたり、毎日結婚式のことばかり考えて……正直、かなり浮かれていたのだ。

 嫌われても、愛されなくてもいい。

 記憶を奪ってでも、閉じ込めてでも、ただ生きて、側にいて欲しい――そう願った相手が、自分を愛してくれたから。

 シルヴィオが不安そうに問うと、くすりとリリーディアが笑った。


「シルヴィオらしいなって思っただけよ。でも、必要なドレスは私がちゃんと選ぶわね?」

「分かった……」

「ふふ。ありがとう、シルヴィオ」


 天使のような笑みを向けられて、シルヴィオの心臓は痛いくらいに早鐘を打つ。

 純白のドレスを着た女神が、天使の微笑みを持っているなんて。

 思わず、シルヴィオはリリーディアを抱きしめていた。


「やっぱり、誰にも見せたくないな」


 リリーディアが自分のものだと見せつけたいという思いと、美しく着飾った彼女を見るのは自分だけにしたいという思いが、胸の内でせめぎ合う。


「私のこともいいけれど、シルヴィオの正装も見たいわ」


 自分の腕の中で、可愛い天使がピンクの瞳を輝かせて、シルヴィオを見つめる。

 可愛い。心臓が止まりそうだ。


「ねぇ、着てみせて。お願い」


 自然な上目遣いで、可愛くお願いされたら、逆らえるはずもなく。

 今度はシルヴィオが褒め殺しにあうことになった。

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