サウザーク帝国皇帝アウディストは、宣言通りシルヴィオとリリーディアがクラリネス領地の共同統治者であることを国民たちに公示した。

 もちろんその公示はクラリネス領地にも貼りだされた。


「よかった……王女様は生きていらしたんだ……」

「シルヴィオ様と一緒に、この地に戻ってこられるのか」

「これで、魔物に怯える日々も終わる......?」


 クラリネス王家が廃され、サウザーク帝国に支配されること以上に国民たちを不安にさせたのは、魔物の問題だった。

 この地は魔素が多く、魔物が多く生息している。

 だからこそ、魔に対抗できる神聖な血筋を持つ王家に守られていた。

 しかし、その王家が滅ぼされてしまった今、誰が自分たちを魔物から守ってくれるのだろう。

 侵略者であるサウザーク帝国が守ってくれるとは思えなかった。

 それに、王家を滅ぼした魔術師のうちの一人に、反逆罪で追放されたシルヴィオがいるという噂もあった。

 シルヴィオはクラリネスの民にとって、魔物討伐の度に民を救い、魔物から守ってくれていた英雄だった。

 そんな英雄が敵になってしまったのだ。

 民の感情は複雑だった。

 それというのも、彼の主であった王女リリーディアも魔物討伐の際には危険な場所にもかかわらず民を守り、安心させるように声をかけてくれていたため、慕っている者も多かった。

 だからこそ、シルヴィオが反逆者となり、リリーディアが一切表舞台に出てこなくなったことで、様々な憶測と噂が流れていた。

 国王が英雄と呼ばれるシルヴィオの影響力を危惧して追放したのではないか。

 王女であるリリーディアに何かあったせいではないか。

 英雄が去り、皆が慕う王女の姿が消えて変わったことは、魔術騎士団の力が少しずつ強くなっていったこと。

 気掛かりはあったものの、魔術騎士団はだんまりで、国民たちは王女と英雄に何があったのかを知ることもなく、時は流れていった。

 しかし三年後、奇襲により王家が落ち、サウザーク帝国の支配下になることが突然宣言された。

 それは、たった一晩の出来事だった。

 そんな所業ができるのは、あの男しかいない。

 誰もが、去った英雄の姿を思い浮かべた。

 そして、彼が動く理由はただひとつだということも、皆が知っていた。

 だからこそ、共同統治者として二人の名を見た時に、皆がクラリネス王家が滅んだ理由を悟った。

 同時に、彼らが再び戻ってきてくれたことに喜びと安堵の涙を流した。


***


「まあ! 本当にそのまま残っているのね!」

「リリーディアとの大切な思い出だから」


 クラリネスの地に足を踏み入れて、真っ先にシルヴィオに案内されたのは出会った時から一緒に過ごしていた離宮だ。

 王城と違って、この離宮にはシルヴィオとの幸せな思い出がたくさん残っている。

 離宮の内部も、二人で過ごしていた頃のまま。


「でも、どうしてこんなにきれいに残っているの?」

「リリーディアが暮らす場所だから、誰にも邪魔されないように結界を張っていたからね。俺がいなくても発動するようにしていたから、誰も手が出せなかったんだろう」

「そ、そうだったの。さすがシルヴィオね」


 離宮にも魔術がかけられていたなんて初めて知った。

 以前からリリーディアの知らないところで、シルヴィオには守られていたのだ。


「でも、もう少し改良が必要だな」


 壁に刻まれた魔術陣に触れて、シルヴィオが難しい顔で考え込む。

 

「ふふ、今まで守ってくれていた魔術なのだから、十分だと思うわよ?」

「いや、城の建設が終わるまではこの離宮も使う予定だから」

「えっ?」

「あ、もちろんリリーディアが嫌なら今のままでもかまわないよ」

「そういうわけじゃないの。でも、そうよね。これからは私たちがクラリネスを統治するんだもの」


 元王城はシルヴィオが瓦礫に変え、今はきれいさっぱり更地になっているらしい。

 だから、領主として過ごす城は現在建設中なのだ。

 まだ領主になることの実感がなくて、そこまで考えられていなかった。


「またシルヴィオとここで過ごせるなんて、嬉しいわ」

「あぁ。俺も嬉しい」


 リリーディアの笑顔に、シルヴィオも笑みを返す。


(そういえば、あの森の屋敷も、離宮ここによく似ていたわね)


 リリーディアの記憶がなくてもあの屋敷で落ち着いて過ごせていたのは、そのおかげだろう。

 しかし、リリーディアのためだけにあの屋敷を用意したというのだから、本当に驚きだ。


「シルヴィオ、本当にありがとう」

「お礼を言われるようなことは何もしていないけど、リリーディアに喜んでもらえるなら俺は幸せだよ」


 ちゅっと額にキスが落ちてくる。

 幸せそうなシルヴィオの笑顔に、リリーディアも嬉しくなった。

 しばらく二人で見つめ合っていると、シルヴィオが真剣な眼差しで口を開く。


「リリーディア。俺たちはもう夫婦だし、そういう形式的なものにこだわってるわけじゃないけど......」

「えぇ」

「結婚式を挙げようか」

「……!?」


 まさかシルヴィオから結婚式を挙げようなんて提案があると思わなくて、リリーディアは驚く。

 シルヴィオは、リリーディアの左手薬指にはめられた指輪にそっと触れた。


「リリーディアのウェディングドレス姿、俺に見せてほしい」

「......もちろん、喜んで!」


 リリーディアはシルヴィオにおもいきり抱き着いた。

 危なげなくリリーディアを受け止め、シルヴィオは微笑んだ。


 ずっと、結婚式にあこがれていた。

 おとぎ話のお姫様が幸せになるラストは、いつだって結婚式だった。

 愛する人と結ばれて、最高に輝く花嫁姿で、永遠の愛を誓うのだ。


(シルヴィオのことも、絶対に私が幸せにするからね)


 リリーディアのために、たくさんの辛い思いや苦しい思いをしてきた彼を幸せにしたい。

 これからは、二人ですべてを抱えて生きていく。

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