3
近衛兵に客間まで案内されて、ようやくシルヴィオと二人きりになった。
いっきに緊張から解き放たれたリリーディアの体からは、どっと力が抜けて。
「おっと。危ないなぁ」
足に力が入らず、転びそうだったところをシルヴィオに抱きとめられた。
「もう、誰のせいだと思っているの? 急にあんなことを言いだして、皇帝陛下の不興を買うのではないかとヒヤヒヤしていたのよ!」
「うん、ごめん。でも、もし俺が事前に伝えていたとして、リリーディアは素直に頷いてくれた?」
「そ、それは……」
「きっと、俺に危険なことをしてほしくないって、止めようとしただろう?」
「…………」
すべてを見透かすような金の双眸に見つめられ、リリーディアは何も反論できなかった。
シルヴィオの言う通りだ。
リリーディアは、シルヴィオに無茶をしてほしくなかった。
だから、もし提案されていたとしても、首を横に振っていただろう。
「ほらね」
「でも、シルヴィオはいいの?」
クラリネス王国の統治者になることは、シルヴィオの望みではないのではないか。
そう思い、問うたのだが。
「リリーディアは、何のために俺を手に入れたのか忘れたの?」
ぎゅっと抱きしめられたかと思うと、拗ねたような口調でそんな言葉が返ってきた。
「初めて会ったあの日、リリーディアは人々を助ける力を求めて俺を欲した。そして俺は、この力をリリーディアのために捧げると誓ったんだ」
シルヴィオに魅せられて、心を奪われたあの日。
――その魔力ごと、あなたを私にちょうだい!
シルヴィオを求めたあの日から、すべては始まっていた。
「だから、リリーディアの望みは俺の望みでもある。リリーディアがまだ王女として、あのクラリネス王国を案じているのなら俺は守ると決めていた」
攻め落とした帝国の魔術師シルヴィオと無能だと蔑まれていた王女リリーディアが共同統治者となる。
それは、謁見の間で皇帝に語ったように簡単なことではないだろう。
しかし、その平坦ではない茨の道をシルヴィオは共に歩もうとしてくれている。
リリーディアがシルヴィオの力を借りてでも王女として守りたかった国だから。
「それに、これは俺の復讐でもあるんだ」
「え……?」
「リリーディアを無能だと馬鹿にして、俺を追放したあいつらが治めていた国よりも、俺たち二人で統治する国を発展させてやる。それが、俺の復讐」
悪戯っぽく笑みを浮かべて、シルヴィオは続ける。
「俺はリリーディアみたいにあの国を大切だと思えないから、復讐のために利用させてもらうだけだ。だから、気にしなくていいんだよ。二人で、以前よりもずっと素晴らしい国にしよう」
「シルヴィオ……っ! ありがとう、本当に」
感謝の言葉だけでは足りない。
これから共に生きる時間の中で、リリーディアはシルヴィオから与えられたたくさんの幸せと愛情を返していきたい。
日々更新されてあふれていくシルヴィオからの愛情に負けないくらいに。
「リリーディア、少しだけ目を閉じてくれる?」
シルヴィオの声に促されて目を閉じると、リリーディアの左手がそっと持ち上げられる。
そして、薬指にするりと何かが触れた。
「もういいよ」
目を開くと、自分の左手薬指に金の指輪がはまっていた。
大きなピンクサファイアが、陽の光を受けてきらめく。
「シルヴィオ、これは……?」
「これから先もずっと、君が俺のものだという証だよ」
大きく目を見開いたまま、リリーディアはシルヴィオを見つめる。
愛おしさを込めたような微笑みを浮かべて、シルヴィオは目の前に跪いた。
「リリーディア、心から愛している。俺と結婚してください」
真摯な求婚の言葉が胸に届いて、目頭が熱くなる。
謁見の間で、すでに皇帝に結婚を認められている。
それでも、愛する人からまっすぐに求婚されて、心が震えないはずがない。
「はい……っ」
胸がいっぱいで、頷くことしかできない。
シルヴィオへの想いは膨れ上がるばかりで、言葉にできずに涙に変わる。
しかし、シルヴィオにはちゃんと伝わった。
満面の笑みでぎゅっと抱きしめられ、涙はシルヴィオの服に沁み込んでいく。
「リリーディア、絶対にもう離さないから」
「……離さないで。ずっと」
一緒に生きよう。自分の命よりも大切な、愛する人のために。
その愛が鎖となり、互いを縛り合って。深くつながっていく。
もう二度と離れないように。離さないように。
「あぁ。二人で幸せになろう」
そうして、姫と従者の箱庭での偽りだらけの甘く優しい生活は終わり、過去と現実に向き合い、幸せな未来を紡いでいく日々がこれから始まるのだ。
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