第8章 二人の未来は

 高い城壁に囲まれたサウザーク帝国の城は、華やかさとは無縁の要塞だった。

 クラリネス王国の王城が華やかで優美であったために、王城とはそういうものだと思っていたが、やはり国によってその在り方は違うようだ。

 リリーディアは、頑丈そうな四角い城を見上げて、少しだけ体を強張らせる。


「大丈夫。この城にいる誰よりも、俺は強いから」


 リリーディアの手を握っているシルヴィオが、にっこりと笑う。

 そうだ。リリーディアの側にはシルヴィオがいてくれる。


(私は、シルヴィオを一人で戦わせないために一緒に来たのに)


 守られてばかりではいられない。

 リリーディアが改めて気を引き締めた時、城門が開いた。


「おかえりなさい、シルヴィオ」


 出迎えたのは、帝国の魔術師であるクロエだった。

 その碧の瞳はシルヴィオを見つめた後、リリーディアに向けられる。


「あら。わたくしのあげた赤い蝶は役に立たなかったかしら?」

「いいえ。あなたがくれた赤い蝶のおかげで、私はすべての記憶を取り戻すことができたわ。クロエさん、ありがとう」


 リリーディアが微笑めば、クロエの目が大きく見開かれた。


「ど、どうして……あなたはシルヴィオを捨てたんでしょう? それも、記憶まで封じられていたのに、よく一緒にいられるわね」

「クロエ、お前っ!」

「シルヴィオ、いいの」


 今にもクロエに掴みかかりそうな勢いのシルヴィオを止めて、リリーディアは首を横に振る。

 彼女がどれだけの情報を持っているのかは分からない。

 しかし、シルヴィオがリリーディアの記憶を封じていたことは知っている。

 シルヴィオにとって都合の悪い記憶だったから、と考えるのが自然だ。

 だからこそ、記憶を刺激する術式をリリーディアに渡した。

 きっと、クロエはリリーディアが記憶を取り戻せばシルヴィオのもとから逃げ出すと思っていたのだろう。


「あなたの言う通り、私はシルヴィオを捨てようとしたし、酷いことを言ったわ。けれど、シルヴィオはそんな私のこともずっと想い続けていてくれたの。だから、私はこれから何があったとしても、シルヴィオの側を離れるつもりはないわ」


 強い意志を持ってそう言えば、クロエは小さくため息を吐いた。


「シルヴィオに縛られるあなたを解放してあげようと思っていたのだけれど、余計なことをしてしまったようね。縛られていたのはシルヴィオの方みたい」


 そして、「皇帝のもとまで案内するわ」とクロエはこちらに背を向けて歩き始める。


「さっきの言葉、すごく嬉しかった」


 背の高いシルヴィオがかがんで、リリーディアの耳元で囁く。

 嬉しそうなその声に顔を上げると、シルヴィオの笑顔が目に入る。


(私の言葉一つで、シルヴィオはこんなに喜んでくれるのね)


 これからは、もっと素直にシルヴィオへの想いを口にしようと心に決めた。


「着いたわ。この扉の向こうが謁見の間よ――ってシルヴィオは知っていたわね」


 近衛兵が守る重厚な扉の前で立ち止まり、クロエが振り返る。

 シルヴィオが頷いて、リリーディアの手を引いた。

 そして、謁見の間への両扉が開く。


(ついに、サウザーク帝国の皇帝と会うのね……)


 収まっていた緊張がぶり返してくる。

 リリーディアは深呼吸を繰り返しながら、シルヴィオを奪われまいと心を強くした。

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