サウザーク帝国の皇帝に、シルヴィオは会いに行くことを決めた。

 魔術師団を辞める――それを皇帝に認めさせるために。

 しかし、本当にそれで良いのだろうか。


「シルヴィオは、サウザーク帝国の魔術師として残る気はないの?」


 リリーディアは、シルヴィオの話を聞いて、彼が理不尽な扱いを受けていなかったことにホッとしていたのだ。

 サウザーク帝国は戦争の多い国であるため、恐ろしいという印象はある。

 しかし、サウザーク帝国の皇帝は、シルヴィオの力を正当に評価してくれていたようだ。

 そうでなければ、たとえ実力主義の国とはいえ、罪人として国外追放されたシルヴィオが魔術師団長にまで上り詰めることはできなかっただろう。

 シルヴィオの力を恐れて、遠ざけようとした父王とは違う。

 だから、勝手に魔術師団を辞めて出て行ったシルヴィオを許してくれるのなら、サウザーク帝国で生きる道もあるのではないか。

 そう思い、リリーディアはシルヴィオに問うた。


「リリーディアを取り戻すための手段としてしか考えていなかったから、今は何とも思わない」

「そう……」

「多分、皇帝は俺が戻ると言えば喜んで受け入れてくれるだろう。それだけ貢献してきたつもりだ。でも、魔術師として働けば、リリーディアと一緒にいる時間が減ってしまう。俺の希望としては、権力者から離れた場所でリリーディアと二人だけで穏やかに過ごしていきたいけど……」


 そこで言葉を区切り、シルヴィオはまっすぐにリリーディアを見つめる。


「リリーディアは、これからどうしたい?」

「えっ、私……?」


 聞き返すと、シルヴィオは真剣な顔で頷いた。


「ただシルヴィオと一緒にいたいってことしか、考えていなかったわ」


 王女として大切にされたこともなければ、最後の記憶は最悪だ。

 まだ自分が過去に受けた仕打ちを受け止めきれていない。

 だから、シルヴィオのことだけで頭をいっぱいにして、無意識に自分自身のことは考えないようにしていた。

 でも――ずっと気になっていたことはある。


「……今、クラリネス王国だった場所は、どうなっているの?」


 王城は破壊したとシルヴィオは言っていた。

 しかし、王城に生きていた何の罪もない者たちは?

 王都に生きていた、国が守るべき民たちは?

 リリーディアが王女として背負うべきものだった、彼らの今は。

 父王に蔑まれ、地獄のような日々を送り、忘れたいことばかりの王女としての生活だったけれど。

 クラリネス王国は、王女であるリリーディアが守るべき国だった。

 そして何より、シルヴィオに出会えた国だ。

 守りたかった。力になりたかった。認められたかった。

 無能な王女でも役に立ちたくて、努力した。

 しかし、リリーディアの努力が報われることはなく、絶望の淵で王国は終焉を迎えた。

 その後のことを、リリーディアは聞く勇気がなくて、考えないようにしていた。


「大丈夫。クラリネス王国という国は地図上から消えることになるけど、王都は無事だ。王城は破壊したけど、無関係な人間はちゃんと避難させたから」

「……そう」


 誰一人血を流さず、国同士の争いを解決できるなんて思っていない。

 それでも、無関係な人たちが巻き込まれないよう配慮してくれたことにホッとする。

 少なくとも、クラリネス王国全土が戦火に呑まれることはなかったのだ。


「リリーディアは、誰が何と言おうと立派な王女だ。間違っていたのは、他の王族たちだ」

「ありがとう。でも結局、私は何もできなかったわ……」


 シルヴィオはいつも、王女としてのリリーディアを肯定してくれる。

 守るべき国を失った元王女にも、できることはあるのだろうか。

 動いていなかった思考が、少しずつ動き始める。

 そんなリリーディアを見て、シルヴィオが口を開いた。


「俺がこれからどうしたいのか、今決めた」


 決断してからのシルヴィオの行動は早かった。

 転移用の魔術陣を用意して、サウザーク帝国魔術師団へ連絡し、あっという間にサウザーク帝国皇帝への謁見を取り付けてしまった。

 その返答はただ謁見を認めるというだけで、あちらにどういう意図があるのかはまだ見えない。


 そうして迎えた、サウザーク帝国皇帝への謁見の日。

 リリーディアは、シルヴィオによって王女であった時よりも美しく着飾られた。

 首元まで詰まったデザインの黒いドレスは、レースと刺繍が美しい。

 これはただの刺繍ではなく、シルヴィオによって刻まれた魔術陣なのだとか。

 リリーディアが着ていた今までのドレスにもすべて、保護魔法の術式が施されていたらしい。


「リリーディア。とてもきれいだ」

「あ、ありがとう……」

「じゃあ、行こうか」


 そう言って、シルヴィオが笑顔で手を差し出す。

 彼もまた、謁見のためにいつもとは違う正装だった。

 光を受けて輝く白髪の髪は整えられ、むき出しになった耳には黒い魔法石のピアスがきらめく。

 そして、リリーディアと揃いの黒地に銀の刺繍が施されたジャケットとズボン。

 それらはただでさえ美形なシルヴィオをさらに美しく引き立てている。

 どこかの国の王子様だと言われても納得してしまいそうな装いに見惚れて、リリーディアはただただドキドキしてしまう。

 サウザーク帝国に行く緊張よりも、シルヴィオにときめき続ける心臓の方が問題かもしれない。


「えぇ、お願い」


 そっとシルヴィオの手に自らの手を乗せれば、ぎゅっと抱きしめられて思わず目を閉じる。


 そして――次に目を開けた時には、サウザーク帝国の城にいた。

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