「国外追放されて、俺はリリーディアを守るためにとにかく力を求めていた」


 魔力を持っていても、身分や立場では何もできない無力さを痛感した三年前。

 シルヴィオがクラリネス王を害そうとしたせいで、主であるリリーディアの責任が問われることになった。

 リリーディアを守るためには、彼女の側を離れなければならなかった。

 あの時のことを思い出すと、シルヴィオは今でも自分が許せない。


(リリーディアを守るために離れたのに、俺が離れている間にあいつらは……)


 離れるべきではなかった。力づくでも、リリーディアを連れて国を出るべきだった。

 しかし、リリーディアはクラリネス王国を守りたいと願っていたし、王国の役に立ちたいと望んでいた。

 だから、国外追放されるまでは、シルヴィオ自身、クラリネス王国を滅ぼしたいなんて思ったこともなかった。

 彼女の願いを叶えるために、シルヴィオは側にいたから。


「リリーディアから引き離されて、俺はかなり気が立っていた。何度か暗殺者や賊に襲われた時も、痕跡を残さずに消すこともできたのに、派手に返り討ちにしてしまって……それがまあ、ちょっとした噂になって問題になっていたんだ」

「えっ、ちょっと待って、暗殺者!? どうして……?」

「暗殺者は大したことなかったから、別に心配いらない。それよりも、噂を聞きつけて、俺を調べに来たのが、サウザーク帝国の皇帝だったんだ」


 リリーディアに話しながら、シルヴィオは皇帝との出会いを思い出していた。

 サウザーク帝国皇帝――アウディスト・サウザーク。

 年齢は四十代後半で、感情の読めない笑顔を浮かべた男。

 彼は、侵略戦争で多くの戦場を経験してきた戦士でもあった。

 クラリネス王国で権力者に対する偏見を持っていたシルヴィオは、皇帝相手にも反抗的な態度をとっていた。

 しかし、アウディストはシルヴィオの威嚇攻撃にひるむことなく、力を貸して欲しいと求めてきた。

 化物と恐れられてきた容姿も気にした素振りなく。


『君のその力は、サウザーク帝国の新たな力になるはずだ。君が力を貸してくれるのなら、私も君のために力を貸そう』


 その言葉は、いつかのリリーディアを思い起こさせ、シルヴィオは突っぱねることができなかった。

 それに。


 ――君は、何が欲しい?


 アウディストは、シルヴィオの望みを聞いた。


「シルヴィオは、何が欲しいと答えたの?」

「俺は当然、リリーディアを手に入れるための権力が欲しいと望んだ」


 権力を欲したシルヴィオに、アウディストは笑顔で頷いた。


『分かった。権力を手にするきっかけを与えてあげよう。君なら、きっとあっという間だろう』

 

 魔術師団にシルヴィオを入団させ、アウディストはサウザーク帝国の戦争で成果を上げるようにと命じた。

 戦場で人の命を奪い、サウザーク帝国を勝利に導く。

 そして、魔術師団で使用されている魔術に改良を加え、より実戦向きにした。

 それらの功績により、シルヴィオは魔術師団長に上り詰めた。

 魔術師の地位は、下級貴族と同等レベルだが、団長ともなれば上級貴族と対等に話ができる。

 化物だと蔑まれ、孤児であったシルヴィオが、ついに上級貴族の立場となったのだ。

 以前のように従者としてリリーディアに守られる立場ではなく、彼女を政治的にも守れる立場を手に入れた。

 ようやく、会いに行ける。取り戻すことができる。


「魔術師団長になった俺は、リリーディアの状況を確認するために、一度だけクラリネス王国に潜入したことがある。だが、その時はリリーディアがどこにいるのか見つけることができず、君が酷い扱いを受けているという情報だけを得た。だから、一刻も早く助けださなければと思ったんだ」

「……っ!」


 リリーディアの目が怯えたように揺れる。

 王城にいれば、王女としての彼女は安全だろう。

 そんな都合の良いことを考えていた。

 彼女を守るために周囲を威嚇していた自分の存在が消えれば、彼女がどうなるのか、少し考えれば分かったのに。

 悠長に構えていた自分が、心底嫌になった。


「リリーディアの状況を知る前までは、サウザーク帝国魔術師団長として、クラリネス王国にリリーディアを迎えに行くつもりだった。でも、君を傷つけた人間たちに対して、そんな礼儀を通す必要はないと判断した。リリーディアを傷つけた人間は誰一人、許してはおけないから」


 薄く笑みを浮かべると、リリーディアの瞳から涙がこぼれた。

 やはり、こんな話はするべきではなかった。

 そう心の中で思いながらも、これはリリーディアを愛する男にその命を奪えと言った彼女の残酷さへの小さな復讐なのかもしれない。

 どれだけシルヴィオがリリーディアのことだけを思って生きてきたのか。

 知ってほしいとも思うのだ。

 それがどれだけ、彼女の優しさに理解されない危険な思考でも。


 リリーディアを助けだすために、シルヴィオは皇帝を説得し、奇襲を仕掛けることにした。

 皇帝のために力を使っていたのは、リリーディアのためだったのだから、シルヴィオの望みを叶えてくれなければ割に合わない。

 元々クラリネス王国への侵略も視野に入れていた皇帝は、時期が少し早まっただけだと魔術騎士団を動かす許可をくれた。

 そして、クラリネス王国の王城に攻め入り、ようやく見つけたと思ったリリーディアはかなり弱っていて、自ら死を選ぼうとしていた。

 あの時の衝撃と絶望は今でも忘れられない。

 愛する彼女を殺せる日なんて、きっと来ないだろう。

 しかし、リリーディアをそこまで追い詰めた者たちを許せるはずはない。

 だから、シルヴィオはリリーディアの安全を確保した後、王城ごと破壊した。


「リリーディアの血を使って作られたものも、君に穢れた手で触れた王宮魔術師も、君の秘密を知る人間も、もうこの世にはいないよ」


 安心させるように微笑んだつもりなのに、リリーディアの涙は止まらない。

 きれいなその雫を指ですくい、シルヴィオは困ったように笑みをこぼす。


「やっぱり、俺のことが嫌になった?」


 この手は多くの命を奪い、血にまみれている。

 だからこそ、記憶を封じてすぐはリリーディアとの距離を測りかねていた。

 三年前に彼女を守り切れなかった自分が、彼女に愛を告げてもいいものか――と。

 しかし、リリーディアのすべてを奪いたいという欲望も静かに膨らんでいて。

 結局は我慢なんてできずに、リリーディアに愛を告げ、唇を奪った。

 恋人だと言ってくれたが、リリーディアが守ろうとしていた国や彼女の側にいた人間たちをすべて消したシルヴィオのことを本当に愛してくれるだろうか。

 もし嫌われたとしても、リリーディアを手放すつもりなんて欠片もないが。


「違うの……あなたにばかり、辛い役目を負わせてしまって、ごめんなさい」

「いいんだ。だって、リリーディアはこれから俺と一緒に生きてくれるだろう? それだけで、十分だ」

「ありがとう……シルヴィオ、大好きよ」

「あぁ、リリーディア。愛してる」


 優しく頬にキスをすると、リリーディアは顔を赤くしてはにかんだ。

 恥じらう様が愛らしくて、もっと触れようと顔を近づける。

 しかし。


「肝心なことを聞けていなかったわ! それで、サウザーク帝国の皇帝は役目を終えたシルヴィオをすぐに手放したの?」

「あ~……実は、辞表だけ皇帝に一方的に置いてきたというか。そもそも、俺は最初からリリーディアを取り戻すために力を貸していただけだし、別にもうサウザーク帝国にいなくてもいいかなって」


 遠い目をしてシルヴィオが言うと、案の定リリーディアが目をかっと見開いた。

 リリーディアが怒っている。怒った顔も可愛い。


「クロエさんがここまで来たってことは、全然納得していないってことじゃないの! 一度、ちゃんと話をした方がいいんじゃ」

「面倒だし、リリーディア以外に会いたくない……」

「そ、そんなこと言っていたら、これからずっと追われる立場よ? せっかくシルヴィオと一緒にいられるのに、こそこそ隠れて過ごさないといけないなんて、そんなの私、嫌だわ」


 しゅんと肩を落として、リリーディアが落ち込む。

 ずるい言い方だが、リリーディアならばきっとこう言うだろうとは思っていた。

 シルヴィオは他の誰かのことなんてどうでもいいが、リリーディアの願いだけは叶えたい。

 だから、シルヴィオの答えは一つだけだ。


「分かった。サウザーク帝国の皇帝と話をつけることにする」


 二人で生きる未来のために。もう二度と離れずにすむように。

 そのために、シルヴィオは自らが作った箱庭を出る覚悟を決めた。

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