3
翌日。
朝食を終えた二人は、早速話をするためにテーブルを挟んで向かい合っていた。
気合を入れてシルヴィオを見つめていると、彼がふっと笑う。
「そんなに見つめられると照れるな」
「えっ、あ、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。これからも、リリーディアの目に映るのは俺だけでいい」
冗談ではない本気の声音で、まっすぐに金の双眸が向けられる。
「それで、リリーディアは俺の何が知りたい?」
敬語をやめて欲しいと言ったのは自分だが、シルヴィオとの間にあった薄い壁のようなものが取り払われたことで、一番どぎまぎしているのはリリーディアかもしれない。
昨日は記憶を取り戻した混乱やシルヴィオと一緒にいられる喜びや幸せの方が大きくて気にしていなかったが、何も取り繕っていない、ありのままのシルヴィオが目の前にいる。
名前を呼ばれることも、丁寧な言葉遣いではなくなったことも、リリーディアの心臓をときめかせるには十分すぎる威力を持っていた。
その上、とてつもなく甘く優しい眼差しを向けてくるのだから、たまらない。
(あ~もう、私の馬鹿! 油断すると、すぐにシルヴィオに見とれてしまうわ……っ!)
頬に集まった熱を冷ますように、リリーディアは両手でパタパタと顔を仰ぐ。
シルヴィオからの熱い眼差しは、昨夜たくさん愛を囁かれたことも思い出させるのだ。
そうすると気恥ずかしくて、思考も鼓動も乱れてしまう。
落ち着いて話をしようとしているのに、これではいけない。
深呼吸をして、リリーディアは冷静さを取り戻そうと努力する。
そして、記憶を取り戻してからずっと気になっていたことを最初に聞くことにした。
「そもそも追放される時、シルヴィオには魔術封じが施されていたはずよね?」
「あぁ……そういえば、そうだな」
「あれ、かなり強力な術だったはずだけれど……?」
たしか、数人がかりで、シルヴィオの体には強力な術が刻まれたはずだ。
そうでなければ、シルヴィオを化物と恐れていた父王が国外追放だけで許すはずがない。
しかし今、シルヴィオは魔術を使っているし、サウザーク帝国では魔術騎士団長だった。
どういうことなのだろう。
「あの時はリリーディアの状況が分からなかったから、大人しく術をかけられたふりをしていたけど、俺に勝つこともできないひ弱なあいつらがいくら集まったところで俺の魔力を完全に抑え込めるはずがないだろう?」
「え、じゃあ……魔術封じの術が効いていなかったの?」
「国外追放されるまでの少しの間だけは、魔術が使いにくくなっていたぐらいだな」
「そ、そうだったの……」
事もなげに話すシルヴィオに、リリーディアは改めて彼がすごい魔術師なのだと認識する。
シルヴィオが言う「ひ弱なあいつら」とは、クラリネス王国で最も優秀とされていた王宮魔術師たちだ。
(シルヴィオは、本当にすごいのね)
リリーディアは、王宮魔術師のことを思い出すと、どうしても体が震えてしまう。
魔素への耐性が強いリリーディアの血を実験していたのは、彼らだからだ。
薄暗い実験室で、血を奪われ、魔物の死骸を与えられ、魔素を蓄えるための道具として扱われた。
彼らは王国の未来のために、という大義名分と王命によってリリーディアの血を研究していた。
もちろん、嬉々として実験する魔術師ばかりでもなかった。
人の道に背くことをしている自覚はあったのだろう。
しかし、申し訳ない顔を浮かべられても、謝られても、どちらにせよその実験行為には変わりなく、リリーディアへの救いなどなかった。
「ごめん。やっぱり、昔のことを話すのはやめよう」
リリーディアの怯えや恐怖に気づいて、シルヴィオが眉根を寄せる。
そして、シルヴィオはリリーディアの隣に移動して、優しく抱きしめる。
ここで首を縦に振ったら、今後シルヴィオは一切昔のことを話してくれない気がした。
リリーディアの心を守るために、リリーディアの記憶を封じたほどの人だ。
都合の悪いことから目を逸らすことは、もうしたくない。
リリーディアが目を逸らしたことの責任はすべて、代わりにシルヴィオが負うことになるのだから。
「私は大丈夫よ」
「そうは見えない」
「たしかに、平気とは言えないかもしれないけれど、今はシルヴィオが側にいてくれるから、本当に大丈夫よ」
「それでも俺は、過去のことよりも、これから二人で生きる未来の方が大事だ」
「私も同じ気持ちよ。でも、だからこそ知りたいのよ。だって、サウザーク帝国はあなたのことを諦めていないのでしょう?」
リリーディアが地獄の日々を送っていた三年間。
シルヴィオはサウザーク帝国で魔術師をしていた。
そして、クラリネス王国との戦争を終えて、シルヴィオはサウザーク帝国を出てリリーディアと二人だけの世界を作ろうとした。
しかし、サウザーク帝国の魔術師――クロエが、シルヴィオを追ってきた。
それほどまでに、シルヴィオはサウザーク帝国で重要な人物だったのだろう。
リリーディアは、事実を知らないから、推測することしかできない。
「お願い、シルヴィオ。教えて」
シルヴィオの硬くて大きな優しい手を、リリーディアはそっと両手で包み込む。
じっと見つめ続けていると、シルヴィオは観念したようにため息を吐いた。
「分かった。話すけど、俺から離れたいって思っても離してあげられないから」
「私がシルヴィオと離れたいなんて思うはずないじゃない」
リリーディアが自信を持って笑顔で頷けば、シルヴィオは話し始める。
国外追放されて、彼が何を思い、どう生きてきたのかを。
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