「ね、ねぇ……シルヴィオ?」

「ん?」

「……そろそろ、離れない?」

「嫌です」


 拗ねたような声が、リリーディアの真後ろから聞こえる。

 ベッドの中で二人、どれだけの時間抱き合っていただろう。

 ずっとシルヴィオの腕の中で、リリーディアはその愛に溺れていた。

 しかし、シルヴィオに抱きしめられたままでは、ゆっくり話もできない。

 それに、だんだんと恥ずかしくなってきた。


(う、シルヴィオのこと直視できないわ……)


 密着するぬくもりに、吐息に、心音に、シルヴィオのすべてにドキドキしてしまう。

 顔が熱くて、心臓が爆発してしまいそうなほどに暴れている。

 だから、少し離れて冷静になりたいのに、シルヴィオの腕はずっとリリーディアを抱きしめて離そうとしない。


「リリーディア」


 耳元で、シルヴィオの低い声が囁かれる。

 いまだに名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねてしまう。


「愛している」

「……わ、私も」

「じゃあ、リリーディアにとって今の俺は何者ですか?」

「……え?」


 シルヴィオの問いの意味が分からず、リリーディアは戸惑う。


「反逆者? 仇? それとも、化物?」

「待って。そんなこと思う訳ないじゃない」

「不安なんです。リリーディアが俺の腕の中にいる今が、夢なんじゃないかと」


 背後からリリーディアの首元に顔をうずめて、シルヴィオが言葉を漏らした。

 愛する人の死は、心を狂わせる。

 父の姿を見ていたリリーディアは知っていたはずだ。

 それなのに、シルヴィオにリリーディアの死を背負わせようとしてしまった。

 リリーディアへの愛情だけ、シルヴィオは傷つき、不安だったはずだ。

 くるりと体の向きを変えて、リリーディアはシルヴィオを見つめる。


「シルヴィオ。私はあなたを愛しているわ。心から、愛しているの」


 安心させるように笑みを浮かべて、何度も愛していると伝えた。

 傷つけてしまった分、不安にさせてしまった分、どれだけでも言葉を、心を尽くそう。

 リリーディアはシルヴィオを抱きしめ返して、そのさらさらの白髪をすくように撫でる。

 そして、シルヴィオの問いの答えを口にした。


「今のあなたは、私の恋人よ」

「……姫の従者ではなく?」

「えぇ、私ももう姫じゃないもの」

「それなら、今の俺たちはただの恋人同士ということに?」

「ふふ、そうなるわね。だから、シルヴィオも敬語はやめてね?」


 リリーディアが笑みをこぼすと、シルヴィオが照れたように笑った。


「……本当に、夢みたいだ」


 噛みしめるようにこぼしたシルヴィオの言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。


「大好き。シルヴィオ、私のことを守ってくれてありがとう」


 謝罪よりも、何よりも先に伝えなければならなかったこと。


「ずっと、私の側にいてくれてありがとう」


 シルヴィオの存在にどれだけ救われていたか。

 どれだけ支えられていたか。


「私に、愛を教えてくれてありがとう」


 愛されることのなかった――愛を知るはずのなかった孤独な王女に、たくさんの愛をくれて。


「愛される幸せを教えてくれてありがとう」


 シルヴィオの頬に手を伸ばし、リリーディアは愛おしさを込めて笑みを浮かべる。


「それは、俺の台詞だ」


 そう言って、くしゃりと顔を歪めてシルヴィオは微笑む。

 その目には涙が浮かんでいて、リリーディアはそっと指で涙を拭う。


「ふふ、シルヴィオは泣き虫だったのね」

「誰のせいだと?」

「私のせいね」


 くすりと笑うと、シルヴィオは眉間にしわを寄せる。

 しかし、すぐに優しく目を細めた。


「あ~、駄目だ。幸せすぎて、頬が緩む」


 片手で額をおさえて、シルヴィオが吐息をこぼす。

 リリーディアも同じく表情が緩みっぱなしだ。

 二人の間には色々とありすぎた。

 ようやく立場に関係なく、想いを通わせることができたのだ。

 こればっかりは仕方がない。

 そう納得しかけた時、心に引っかかるものがあった。


(あれ……でも、何か忘れているような……?)


 この二人だけの優しくて甘い箱庭での日々を思い返して、リリーディアはあることを思い出す。

 リリーディアは深呼吸をして、慎重に口を開く。


「教えて、シルヴィオ。クロエさんは、シルヴィオに何の話をしに来ていたの?」


 サウザーク帝国の魔術師クロエ。

 彼女がここに来た目的は、シルヴィオだった。

 サウザーク帝国は、クラリネス王国だけでなく、周辺の各国を戦争によって支配下に置いてきた武力国家だ。

 帝国がシルヴィオほどの魔術師を簡単に手放すはずがないのだ。

 クロエは、リリーディアにシルヴィオの立場を教え、シルヴィオの側が危険だと暗に示していた。

 

(シルヴィオと引き離されたらどうしよう……)


 もう二度とあんな思いはしたくない。

 しかし、シルヴィオが一人で帝国に逆らうのは無謀すぎる。

 リリーディアは、もうシルヴィオに傷ついてほしくない。

 二人で生きていくためには、どうすればいいのだろう。


「心配ない。絶対に、リリーディアのことは俺が守るから」


 不安が顔に出てしまったリリーディアをシルヴィオが優しく抱きしめた。


「シルヴィオ。私ね、もう何も知らずにあなたに守られるだけなんて嫌なの」


 シルヴィオの優しい温もりにすべてを委ねてしまいそうになるが、このままではいけない。

 リリーディアは心を強く持って、シルヴィオにはっきりと言う。


「だから、私が知らないあなたのことをちゃんと教えて」


 そして、今度こそ二人で考えるのだ。

 これからも二人で生きていける未来を。

 互いを守ろうとして、何の相談もなく決断した過去の過ちは繰り返したくないから。


「……分かった」


 リリーディアの想いが伝わったのか、シルヴィオは渋い顔をしながらも頷いてくれた。


「でも、今日はもう遅い。明日、ゆっくり話そう」


 そう言って、シルヴィオはちゅっと軽くリリーディアにキスを落とす。

 たしかに、今から話をするには時間が遅い。

 リリーディアは頷いて、シルヴィオの胸に頬を寄せた。


(シルヴィオ、大好き)


 愛する人のぬくもりに包まれながら、リリーディアは眠りについた。

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