クラリネス王国内の魔素は他国よりも濃く、魔物の被害も多い。

 そのため、クラリネス王家には神より魔物を退ける力を授かった神聖な血筋であるという伝説がある。

 伝説の通り、史実に残されている初代国王の魔力は膨大で、一人で国ひとつを守れるほどの強さを誇っていたという。

 だから、その血を引くクラリネス王家の人間は総じて魔力が高く、魔術師としても優秀だった。

 国を守る力は魔力と比例していると考えられており、魔力を持たない王族など価値がない。


「お願いします、お父様っ!」

「邪魔だ、どけ」


 恐ろしく冷たい眼差しで睨まれ、国王の行く手を塞いだリリーディアは容赦なく蹴り飛ばされた。


「私には魔力がありませんが、その代わり、この国を守れるほどの力を見つけたのです!」

「あれは危険だ。使えん」

「私が、必ず彼の力を制御してみせます!」


 蹴られた腹部がじくじくと痛みを訴えていたが、リリーディアは諦めずに父王ディオンの前へと進み出る。

 実の娘に虫けらでも見るような目を向けて、ディオンはふんと鼻で笑う。


「魔力も持たないお前がか?」

「そうです。だから、私が彼を導くことができたなら、お認めいただけますか……?」


 ――クラリネス王家の一員であると。


 リリーディアは震える体を地面へとこすりつけるように、国王に頭を下げる。


 クラリネス王国でのリリーディアの立場は非常に危ういものであった。

 幼心にも、周囲に見下されていることを感じていた。

 魔力を持つ兄や姉と、明らかに違う待遇。

 リリーディアを産んだ母は、魔力を持たない娘を産んだことで不貞を疑われ、自殺した。

 もう顔も思い出せない。

 しかし、必要最低限の王女としての生活は保障されていた。

 成長すれば、魔力が開花するかもしれないと思われていたからだ。

 それも、期限は十歳まで。

 もし、十歳になっても魔力がないままであれば、王女という身分をはく奪し、王城の外へ追放する。

 母が自殺した時から、リリーディアは期限付き、条件付きの王女だった。


(もうすぐ、私は十歳になる……)


 このままでは、リリーディアは城から追い出されてしまう。

 兄や姉のように、父に褒められることも、笑いかけられることもないままに。

 愛されることを知らないままに。誰にも認めてもらえないままに。

 そんな不安でいっぱいだった時に、リリーディアはシルヴィオに出会ったのだ。

 彼があまりに美しくて、目を奪われた。

 その整った容貌も、荒れ狂うような魔力の渦も。

 存在に圧倒されて、惹かれていた。

 そして、リリーディアがずっと欲しいと思っても得られない魔力を、彼がいらないと言ったから。

 リリーディアは欲しいと思った。

 死んだような目で、それでもリリーディアを傷つけないように脅す少年が。

 

「まあいい。別にお前があれの暴走に巻き込まれて死んだところでかまわんしな」


 一切の愛情もなく、父王は頷いた。

 そのことに胸が痛んだけれど、それ以上の喜びがあった。


「ありがとうございます!」


 国王の許可を得たことで、リリーディアは少年を手に入れた。


(初めて……私の望みが叶った)


 今まで、リリーディアが欲しいと願って手に入ったものはひとつもなかった。

 だから、とても嬉しくて、涙があふれてくる。

 そして心に誓う。


「私の我儘で手に入れたのだもの。絶対、大切にするわ」


 傷だらけの少年に、リリーディアのすべてを捧げよう。

 知識も、優しさも、愛情も、時間も、あげられるものはすべて。


 魔力を持たない無能な王女が化物を手懐けた、という噂が広まるのはその一年後のことだった。

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