第六章 姫と従者のはじまりは


 リリーディア・クラリネスが、シルヴィオに初めて出会ったのは九歳の時だった。

 特別な子どもだけが集められ、特別な教育が施される教育機関――魔術教育学校。

 その地下で、拘束の魔術と鉄製の鎖で繋がれて、死んだ目をした少年を見た瞬間、リリーディアの心は奪われた。

 手入れをされていない白髪の髪は長く、感情の見えない金の瞳は虚ろ。

 顔の造形は天使のように整っているのに傷だらけで、その細い手足を縛る鎖だけがきれいに輝いていた。


「あなたのお名前は……?」

「……」

「どうしてこんなところに繋がれているの?」

「……」


 少年は答えなかった。

 リリーディアの方を見ようともしない。

 もしかして、声が聞こえないのだろうか。

 それとも、喋れないのだろうか。

 リリーディアは、恐る恐る少年に近づいていく。

 しかし、あと一歩で少年に触れられる距離になったところで、少年の金の双眸に睨まれた。


「俺に近づくな」


 少年がそう言った直後、膨大な魔力の渦が立ち上る。

 空気がビリビリと震える。

 警戒心をむき出しにした少年に、それでもリリーディアは近づいた。


「なっ、なんで近づくんだ!?」


 そしてついに、リリーディアは少年の目の前に来た。


「私は大丈夫だよ」


 にっこりと微笑めば、少年の金の瞳が驚きに見開かれる。


「やっぱり、とてもきれいな目をしているのね」

「……」

「待っていて。今、外してあげるから」


 リリーディアは小さな手で、大きな鉄の鎖を引っ張るが、びくともしない。

 全体重をかけても、叩いても、何をしてもその鎖が外れることはない。

 悪戦苦闘しているリリーディアを、少年は呆れるような目で見つめている。


「ねぇ、これはどうすれば外せるの? 鍵は?」

「……俺が知る訳ねぇだろ」

「そうなの?」

「当たり前だろ。ってか、別に外さなくていいんだよ」

「どうして? あなたは、こんな暗いところに繋がれていたいの?」

「……あぁ、そうだよ。だから、さっさと出て行ってくれ」


 投げやりに、少年はリリーディアを邪険にする。

 うっとおしいとその目は言っていた。


「分かったわ。私がここにいても、あなたの鎖を外すことすらできないもの」


 とても悔しかったが、リリーディアにできることは何もない。

 リリーディアは少年の言葉に頷いた。


「だから、今度はちゃんと鍵を持ってくるわ!」


 少年は、生まれつき膨大な魔力を持ち、白髪と金の瞳という人間離れした容姿から両親に捨てられた孤児だった。

 魔力暴走を度々引き起こし、孤児院でも手に負えないと王家が管轄する魔術教育学校に引き取られた。

 少年は、幼い頃から人ではなく、化物として扱われていた。

 対魔獣用の鎖で繋いでいてもなお、その魔力は抑えきれない。

 十五歳になる今も、少年の鎖が解かれることはなかった。

 そんな少年の事情を知らないリリーディアには、危機感というものがまるでなかった。


「あっ、自己紹介がまだだったわ」

「……」

「私は、クラリネス王国の第二王女で、リリーディアっていうの」

「は? ……王女、さま?」


 少年の表情が分かりやすく強張ったので、リリーディアはなんだかおかしくなって笑う。


「えへ、驚いた? 今日はね、お兄様とお姉様と一緒にお勉強にきたのだけれど、魔力のない私は落ちこぼれだから……抜け出してきちゃったの」


 広い学校の敷地内を散策していたら、不思議と惹かれる気配があった。

 少年の強すぎる魔力を無意識に感じ取っていたとは知らず、リリーディアはこの場所までたどり着いたのだ。


「でも、ここに来てよかったわ。だって、あなたに出会えたもの!」


 リリーディアがにっこりと笑うと、少年は顔を背けた。

 それでも、リリーディアはかまわず話し続ける。


「私には魔力がないから、あなたがとても羨ましいわ。きっと、魔力があればたくさんの人を助けられるでしょう?」

「……こんな力、俺はいらなかった」


 心の底から嫌悪しているような声だった。

 少年の言葉を聞いて、リリーディアの胸がちくりと疼いた。


「だったら、私にちょうだい」

「……は?」

「その魔力ごと、あなたを私にちょうだい!」


 そうしてその翌日、リリーディアは本当に少年――シルヴィオを解放するための鍵を持ってきた。

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