「ったく、何をしているんだ、俺は……っ!」


 扉を後ろ手に閉めて、シルヴィオは吐き捨てるように言った。

 足早に一階のキッチンへと降りて、夕食の準備を始める。

 しかし、頭の中はリリーディアのことでいっぱいだった。


(馬鹿みたいにリリーディアを求めてしまう)


 許されないと思い、自制していた想いを受け入れてくれたから。

 激しく、貪るようなキスにも応えてくれようとするから。

 好きだと言ってくれるから。

 このまま、二人で一緒に生きていこうという言葉に頷いてくれたから。


「ただでさえ愛おしすぎて気が狂いそうだっていうのに……」


 記憶を失った今のリリーディアのことも好きなのか。

 そんなシルヴィオにとって当たり前のことを問うてきたから、一瞬思考が止まってしまった。

 あれだけキスをして、愛を伝えて、それでも彼女に不安を与えていたのかと思うと、もういっそその身体も心もすべてを奪って、シルヴィオでいっぱいにしてやりたくなった。

 歪んだ愛情と狂暴な雄の本能が暴走して、気が付けばベッドに押し倒していた。

 あの時、リリーディアの腹の音が聞こえなければ、完全に理性が飛んでいただろう。

 危ないところだった。

 大切にしたい。

 記憶を奪って、閉じ込めて、縛り付けて、リリーディアの意思なんて関係なく囲っておいて、大切に愛したいなんて言葉は信じてもらえないだろうか。

 しかし、シルヴィオは本気で、リリーディアを大切にしたいと思っている。

 記憶を戻すことも、離れていくことも許すつもりは一切ないが、彼女が笑っていてくれるように、この二人だけの世界を幸せだと言ってくれるように、これ以上ないほどに大切にしたい。

 そう思っているのに、愛しい彼女を前にすれば、理性がすぐに飛びそうになってしまう。

 リリーディアは、無意識に人を煽る天才だ。

 あの大きなピンク色の瞳に見つめられ、可愛い唇に名を呼ばれると、触れたくて仕方なくなってしまう。

 リリーディアに溺れている。

 彼女なしでは生きていけない。

 それでも足りない。どこまでもリリーディアを渇望している。

 何度もキスをして、彼女を感じているのに、いくら求めても心が満たされない理由は分かっている。

 シルヴィオの中に後悔と罪悪感があるからだ。

 今が幸せだからこそ、あの時の――自ら死を選んだリリーディアも幸せにしたかった……そう、願ってしまう。

 記憶の有無に関係なく、シルヴィオにとってリリーディアはリリーディアだ。

 だからこそ、どちらも愛していて、どちらも幸せにしたい。

 けれど、どうしても過去のリリーディアに会うことはもうできないから、胸が苦しくなる。

 感情のままに手に力が入ってしまい、用意していたグラスがパリンと割れた。

 破片がささり、シルヴィオの手にじわりと血が流れる。


(姫が心配するから、さっさと治さないと)


 リリーディアに血は見せたくない。

 シルヴィオはすぐに治癒魔法を発動しようとしたが、上からリリーディアの悲鳴が聞こえた。

 直後、シルヴィオはリリーディアの部屋へ転移する。


「リリーディアっ!」


 床にへたり込む彼女を見つけると、シルヴィオはすぐに駆け寄った。

 こちらを見上げたリリーディアは虚ろな目をしていて、シルヴィオを目に留めた途端に頭を両手で押さえ、苦しみだす。


「いやあああああ……っ!」

「どうしたのですか、姫。落ち着いてください」

「いや、あ、あぁ……駄目よ、どうして……ねぇ、どうして……私は生きているの?」


 ――殺してって言ったじゃない。


 その言葉を聞いた瞬間、シルヴィオの目の前は絶望に染まった。

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