5
「ったく、何をしているんだ、俺は……っ!」
扉を後ろ手に閉めて、シルヴィオは吐き捨てるように言った。
足早に一階のキッチンへと降りて、夕食の準備を始める。
しかし、頭の中はリリーディアのことでいっぱいだった。
(馬鹿みたいにリリーディアを求めてしまう)
許されないと思い、自制していた想いを受け入れてくれたから。
激しく、貪るようなキスにも応えてくれようとするから。
好きだと言ってくれるから。
このまま、二人で一緒に生きていこうという言葉に頷いてくれたから。
「ただでさえ愛おしすぎて気が狂いそうだっていうのに……」
記憶を失った今のリリーディアのことも好きなのか。
そんなシルヴィオにとって当たり前のことを問うてきたから、一瞬思考が止まってしまった。
あれだけキスをして、愛を伝えて、それでも彼女に不安を与えていたのかと思うと、もういっそその身体も心もすべてを奪って、シルヴィオでいっぱいにしてやりたくなった。
歪んだ愛情と狂暴な雄の本能が暴走して、気が付けばベッドに押し倒していた。
あの時、リリーディアの腹の音が聞こえなければ、完全に理性が飛んでいただろう。
危ないところだった。
大切にしたい。
記憶を奪って、閉じ込めて、縛り付けて、リリーディアの意思なんて関係なく囲っておいて、大切に愛したいなんて言葉は信じてもらえないだろうか。
しかし、シルヴィオは本気で、リリーディアを大切にしたいと思っている。
記憶を戻すことも、離れていくことも許すつもりは一切ないが、彼女が笑っていてくれるように、この二人だけの世界を幸せだと言ってくれるように、これ以上ないほどに大切にしたい。
そう思っているのに、愛しい彼女を前にすれば、理性がすぐに飛びそうになってしまう。
リリーディアは、無意識に人を煽る天才だ。
あの大きなピンク色の瞳に見つめられ、可愛い唇に名を呼ばれると、触れたくて仕方なくなってしまう。
リリーディアに溺れている。
彼女なしでは生きていけない。
それでも足りない。どこまでもリリーディアを渇望している。
何度もキスをして、彼女を感じているのに、いくら求めても心が満たされない理由は分かっている。
シルヴィオの中に後悔と罪悪感があるからだ。
今が幸せだからこそ、あの時の――自ら死を選んだリリーディアも幸せにしたかった……そう、願ってしまう。
記憶の有無に関係なく、シルヴィオにとってリリーディアはリリーディアだ。
だからこそ、どちらも愛していて、どちらも幸せにしたい。
けれど、どうしても過去のリリーディアに会うことはもうできないから、胸が苦しくなる。
感情のままに手に力が入ってしまい、用意していたグラスがパリンと割れた。
破片がささり、シルヴィオの手にじわりと血が流れる。
(姫が心配するから、さっさと治さないと)
リリーディアに血は見せたくない。
シルヴィオはすぐに治癒魔法を発動しようとしたが、上からリリーディアの悲鳴が聞こえた。
直後、シルヴィオはリリーディアの部屋へ転移する。
「リリーディアっ!」
床にへたり込む彼女を見つけると、シルヴィオはすぐに駆け寄った。
こちらを見上げたリリーディアは虚ろな目をしていて、シルヴィオを目に留めた途端に頭を両手で押さえ、苦しみだす。
「いやあああああ……っ!」
「どうしたのですか、姫。落ち着いてください」
「いや、あ、あぁ……駄目よ、どうして……ねぇ、どうして……私は生きているの?」
――殺してって言ったじゃない。
その言葉を聞いた瞬間、シルヴィオの目の前は絶望に染まった。
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