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「姫、あまりご無理はなさらないでくださいね」
「ふふ。シルヴィオったら、もうすっかり従者らしくなったわね」
「……笑うなよ」
「まあ! 主にそんな口をきいてもいいのかしら?」
「今は二人だけだろ……ったく」
じぃっとリリーディアがにこにこ笑みを向けると、シルヴィオは短く切り揃えられた白髪を片手でぐしゃっとかきあげ、ため息を吐く。
その次の瞬間には、きれいな笑みを浮かべて、膝をついた。
「ご無礼をお許しください。俺の姫?」
恭しい態度に、リリーディアの口元は否応なしに緩む。
本当に、従者としての姿が様になってきたものだ。
「そうねぇ、仕方ないから、美味しい紅茶を淹れられたら許してあげるわ」
「かしこまりました。蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキも用意しましょう」
「やったぁ~!」
九歳でシルヴィオを手に入れてから五年。
リリーディアは十四歳、シルヴィオは二十歳になっていた。
魔力が暴走しても被害が出ないように、とリリーディアとシルヴィオは王都から離れた離宮で暮らしていた。
すっかり従者として定着しているシルヴィオだが、こんな風に穏やかな時を過ごせるようになるまで、色々と大変だった。
最初、シルヴィオは年下のリリーディアから教養や知識を教わることに抵抗を示していた。
それでもなお食い下がるリリーディアに、ある時シルヴィオは問うた。
――どうして、俺みたいな化物に構う?
――え? あなたのどこが化物なの?
――年寄りみたいな白い髪だし、金色の目なんて不気味だろう? それに何より、俺は他人を傷つける力を持っている。
生まれながらにして白髪の赤子など、クラリネス王国にはいない。
金の瞳を持つ者も。
膨大な魔力だけではなく、シルヴィオはその容姿からも迫害を受けていた。
――自覚がないのなら、教えてあげるわ。あなたはとってもきれいよ。そのプラチナのような髪も、神秘的な金の瞳も、私は好きだわ。それに、あなたの魔力は私にとっての希望なの。
シルヴィオに心を奪われた日をリリーディアは忘れたことがない。
眩しくて、美しくて、心が震えた。
――何度でも言うわ。私は、その魔力ごとあなたが欲しいの。
リリーディアにとって、初めて手を伸ばして欲しいと思ったもの。
シルヴィオが作る心の壁なんて、何度だって壊してみせる。
拒絶されることには慣れている。
だから、シルヴィオが受け入れてくれるまで、リリーディアは根気強く粘るつもりだった。
――俺が、怖くないのか?
――怖くないわ。怖いものはもっと他にあるもの。
時々、シルヴィオは魔力を暴走させた。
けれど、決してリリーディアを傷つけたりしなかった。
シルヴィオが優しいことは、最初から分かっていた。
だから、怖くなんてない。
それに。
(お父様以上に怖い人なんて、いないわ)
リリーディアにひとかけらの情すら向けてくれない、氷のように冷たい父王。
兄や姉には笑みを向けるのに、リリーディアには蔑みしかくれない。
リリーディアの命なんて、父にとってはどうでもいいことなのだろう。
いつか自分のことを認めさせたい。
そして、兄や姉よりも、クラリネス王国の力になってみせる。
リリーディア一人の力ではできなくても、シルヴィオが一緒にいてくれるなら、実現できると確信していた。
――お願い。私にはあなたの力が必要なの。
――どうせ俺はもう姫のものだ。好きに使ってくれてかまわない。
その日から、リリーディアがシルヴィオを繋ぐ鎖になった。
シルヴィオはとても賢く、優秀だった。
リリーディアが一度教えるだけで理解し、魔術に関してはすぐに習得した。
元々、素質があったのだろう。
シルヴィオの魔力が暴走していたのは、感情の起伏だけの問題ではなく、正しい力の使い方を大人が教えようとしなかったからだ。
そして、シルヴィオ自身も自分を化物だと蔑む大人とは口もきこうとしなかったから、お互い様だったのかもしれない。
リリーディアが与えるものをぐんぐん吸収していくシルヴィオを見ているのが楽しくて、リリーディア自身も勉強が好きになった。
シルヴィオに新しいことを教えたくて、たくさんのものを知ってほしくて。
それができるのはリリーディアしかいなかったから、何事にも一生懸命頑張っていた。
今までは学んでも無駄だと思えた魔術も、魔力暴走するシルヴィオの助けになれる。
誰かのために学ぶことがこんなにも楽しいものだったなんて。
シルヴィオのおかげで、リリーディアは学ぶことの大切さを改めて知ったのだ。
そして、リリーディアが十歳になる年、王都に魔物が現れた。
シルヴィオの力を試すため、父王はリリーディアに魔物討伐を命じた。
当然信用されてはいなかったから、失敗した時のために魔術騎士団も同行していたけれど。
シルヴィオは見事に一人で魔物を討伐してみせた。
その魔術の完成度は魔術騎士団も驚くほどのものだったが、シルヴィオは涼しい顔をしてこう言った。
「すべてはリリーディア姫の教えの賜物です」
あの化物をここまで手懐け、強力な魔物を一瞬で屠れる魔術を生み出したのか。
皆がリリーディアを見る目は明らかに変わった。
それからも何度か魔物討伐に駆り出されたが、シルヴィオはその度に自分の力ではなく、リリーディアの力だと発言し続けた。
おかげで、リリーディアは十五歳になる今も、城を追い出されることなく王女としての地位を確立している。
シルヴィオの方も魔力暴走を起こすことはなくなり、最近では魔術騎士団の面々に誘われて剣の稽古やら訓練に勤しんでいる。
もちろんリリーディアが王城で用事があり、側を離れても問題がない時だけではあるが。
少しずつ、リリーディアとシルヴィオの周囲には人が増え、昔のように蔑まれ、忌避されることもなくなった。
シルヴィオに出会わなければ、今のような未来はなかっただろう。
「姫? 寝ているのですか?」
「……あ、ごめんなさい」
シルヴィオと出会った時のことを思い出していたら、うたた寝していたようだ。
リリーディアは軽く伸びをして、眠気を覚ます。
「いや。疲れているなら、ちゃんとベッドで寝てください。ここ最近、公務を任されることが増えてきたでしょう? それに、明日は国王陛下に呼ばれているとか……」
「私は平気よ。それに、無能だって言われていた私が、公務を任されるまでになったのよ。もっと頑張らないと! 今の私があるのは、すべてシルヴィオのおかげね」
「大袈裟ですよ。姫が頑張ってきたからです」
「ふふ、どうしよう。出会った時はあんなにツンツンしてたシルヴィオに褒められちゃったわ!」
「別にツンツンしてたわけじゃない……」
「もしかして、照れているの?」
「照れてない」
「じゃあどうして顔を背けているの? ねぇ、こっち向いてちょうだい」
シルヴィオはからかうとすぐに拗ねてしまうが、リリーディアのお願いには弱かった。
耳まで赤く染めて、昔の自分の態度を反省しているシルヴィオが可愛くて仕方ない。
年上なのに可愛いところがあって、シルヴィオのすべてが愛おしくて、胸がきゅんと疼く。
こんな風に、シルヴィオと二人だけで過ごす時間が一番幸せだった。
(シルヴィオ、大好きよ)
彼の力を利用して、彼の人生を奪って、自由もなく縛り付けているリリーディアにはきっと、シルヴィオを好きでいる資格も、幸せにすることもできないかもしれない。
それでも、彼はリリーディアという鎖につながれて、こうして側にいて笑ってくれるから。
ずっと、ずっと。このままで。
リリーディアの側にいて。離れていかないで。
大好きなシルヴィオの笑顔を見ながら、リリーディアが願うのはただそれだけだった。
しかしその翌日、父である国王から告げられたのは、リリーディアの願いを引き裂くものだった。
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