籠にたっぷりの木苺を入れて、屋敷に持ち帰る。

 可愛いリスたちのおかげで、シルヴィオの新たな一面を見ることができた。

 嬉しく思いながらも、リリーディアの気持ちは沈む。


「姫? どうかしましたか?」

「えっ!?」

「浮かない顔をしていますが……」

「な、何でもないわ」


 部屋に入るなり、シルヴィオが真剣な表情で見つめてきて、リリーディアは慌てて否定する。


(聞ける訳ないじゃない……記憶がない私のことも、愛しているの? なんて)

 

 過去のことを忘れてやり直そうとしている彼に、過去の自分と比べる質問など口にできない。

 シルヴィオを困らせてしまう質問だということも分かっている。

 それに、シルヴィオは当たり前だと笑って頷くのだろう。

 本心はどうであれ、リリーディアを安心させるために。

 それが分かっているから、聞くことができない。

 リリーディアはモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、なんでもないことのように笑ってみせる。

 しかし、シルヴィオが作り笑いで納得してくれるはずがなかった。


「姫、何を考えていたのですか?」

「本当に、なんでもないの」


 ぐっと距離を詰められて、リリーディアは思わずシルヴィオから逃げるように後ずさる。


「俺には言えないことですか?」


 一歩、シルヴィオがリリーディアに近づく。

 ぎくりと身をこわばらせて、リリーディアは首を横に振る。


「姫、どうして何も言ってくれないのですか?」


 また一歩、リリーディアは壁際に追い詰められていく。

 だんだんとシルヴィオの瞳から光が失われていく過程を見てしまって、リリーディアは慌てて口を開いた。


「だ、だって、本当に何でもないから! ただ、ぼ~っとしていただけで」

「本当に?」


 疑いの眼差しで見つめられ、リリーディアは内心で悲鳴を上げた。

 コクコクと壊れかけの人形のようにぎこちなく頷くが、シルヴィオは全く笑ってくれない。

 何か適当な言い訳をとっさに考えられたらよかったのに、リリーディアは機転のきかない自分が嫌になる。

 挙句、すでに背中は壁に当たっているというのに、両側に手をつかれて、逃げ場まで塞がれてしまう。


「姫、もしかして俺に嘘が通じるとでも?」


 鼻先が当たってしまいそうなほどの距離で、美形の黒い笑みを見せられる。


(ひぇっ……! これは、もしかして言うまで離してもらえなかったり……?)


 シルヴィオが怖い。

 すでに彼のことを色々と知ってしまっているからか、遠慮がなくなってきたような気がする。

 リリーディアへの異常な執着を隠そうともしない。


(何も知らなかった頃に戻りたいとは思わないけれど、もう少し抑えて欲しいわ……っ!)


 こんな状態のシルヴィオに、愛を確かめるようなことを問えばどうなるのか。

 いろんな意味で恐ろしくなって、リリーディアは強硬手段に出ることにした。


「シルヴィオ、大好きよ」

「姫、それで俺を誤魔化せると――」


 ――ちゅっ。

 反論してきたシルヴィオの唇に、リリーディアは軽く触れるようなキスをする。

 元々至近距離にシルヴィオの顔があったから、少し背伸びをしただけで彼の唇に触れることができた。

 自分からキスをするのは、抱擁する時以上に恥ずかしかったけれど、シルヴィオの思考停止を狙うにはこれしかないと本能で察知した。

 しかし、これはこれで別の問題があることにリリーディアは気づかない。


「んんっ!?」


 触れ合うだけのつもりだったのに、いつの間にかシルヴィオの手はリリーディアの後頭部と腰に回されており、体が隙間なく密着する。

 何度も角度を変えて触れ合う唇は、吸われたり、舐められたり、なんだか好き勝手されていて。

 抗議のために暴れようとしても、軽々と止められてしまう。


(待って、これ以上は無理……っ!)


 蕩けるようなキスのせいで、リリーディアの腰がふにゃりと抜けてしまう。

 もちろん、シルヴィオの手がぐっと抱きしめ直し、リリーディアが座り込むことはなかったが、今度はひょいっと抱き上げられた。

 その間も、何故か唇は離してもらえなくて、リリーディアは話すこともできずにパニックに陥る。


(えっ、このまま続けるの!?)


 リリーディアを抱いたままソファに座ったシルヴィオは、幸せそうにキスを堪能している。

 その表情を見るだけで抵抗の力を弱めてしまう自分は、もう相当彼のことが好きなのだなと内心で嘆息する。


「っはぁ……、シルヴィオの馬鹿っ!」

「すみません、姫のキス顔が可愛いすぎてやめられませんでした」


 さすがに苦しくなって、キスの合間にシルヴィオを罵倒すると、とても晴れやかな笑顔が返ってきた。

 キスをしている最中、ずっとリリーディアの顔を見ていたのだろうか。

 リリーディアは余裕がなくて、途中からはずっと目を瞑っていたのに。

 見られていたことがあまりにも恥ずかしすぎて、リリーディアの顔は真っ赤に染まる。


「姫はすぐに赤くなりますね。可愛いです」

「そ、そういうこと言わないで!」

「どうしてですか?」


 答えを分かっているくせに、とぼけたように問う顔が憎らしい。

 シルヴィオの膝の上から逃げようと思っても、がっちりとホールドされている。


「恥ずかしいからに決まっているでしょう!?」

「でも、今回は姫が悪いんですよ?」

「ど、どうして?」

「俺に隠し事をしようとするから」

「……っ!」

「でも、姫のおかげでいい案を思いつきました」


 嫌な予感がする。

 絶対にリリーディアにとっては良くないものだ。


「姫が話したくなるまでキスを続けます。姫はどれだけ耐えられるでしょうね?」

「む、むり」

「じゃあ、話してください」

「…………」

「キスをご所望ですね?」


 違う! という叫びはシルヴィオの唇に飲み込まれた。

 そうして、長い長いキスが始まった。

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