4
くたりと力が抜けた体を抱きしめて、そのぬくもりを感じて、シルヴィオはほっと息を吐く。
華奢な体は少しでも力を入れれば壊れてしまいそうだが、たしかに鼓動を刻んでいる。
生きている。ちゃんと生きて、シルヴィオの側にいる。
そのことに安堵し、シルヴィオはリリーディアの体を抱き上げた。
ベッドまで運び、その額に口づける。
リリーディアの唇は狂おしいほどに甘かった。
一度知ってしまえば、際限なく奪ってしまいたくなるほどに。
「あの言葉は、本心ですか?」
きっと聞き間違いだ。
願望が強すぎて、幻聴が聞こえたのかもしれない。
シルヴィオが何をしたか知った上で、好意的な言葉が出てくるはずがない。
今のリリーディアの記憶を消せば、もう一度最初からやり直せる。
何も知らないままのリリーディアとの日々を。
けれど、どうしても。
術を発動させようとする手が止まってしまう。
――だいすき。
リリーディアが気を失う直前に言った言葉は。
ずっと、聞きたかった言葉だったから。
もし、今ここで記憶を封じてしまったら、泣かせて、怖がらせたシルヴィオのことを好きだというリリーディアには、もう二度と会えないかもしれない。
「……姫は、本当に酷い人ですね」
眠るリリーディアの頭を優しく撫でながら、シルヴィオは顔を歪めた。
リリーディアの願いなら、何でも叶えてあげたい。
リリーディアの幸せが、シルヴィオの望みだから。
けれど、封じた記憶を戻すことだけは、絶対にできないのだ。
彼女の記憶を奪ったあの日を、シルヴィオは忘れたことがない。
***
サウザーク帝国の魔術師として、クラリネス王国の城を落とした時、シルヴィオはまずリリーディアを探した。
そして、彼女を見つけた瞬間に、シルヴィオは衝撃を受けた。
リリーディアは自らの首にナイフを突き立て、死のうとしていたのだ。
「リリーディア!」
「どうして、戻ってきたの?」
「言っただろう。必ず迎えに行くと」
「私には、もうあなたなんて必要ないのに!」
力んだせいで、リリーディアの首筋には赤い線が走る。
彼女の白い肌に血が垂れた。
「そんな嘘を俺が信じるはずないだろう!?」
必要ない、という言葉が嘘だということはすぐに分かった。
優しいリリーディアが、本心でそんなことを言えるはずがないのだ。
しかし、国外追放される者は例外なしに魔術封じの術が刻まれる。
あの時のシルヴィオは無力だった。
王女であるリリーディアを守れるだけの力がなかった。
だから、いつか力を付けてリリーディアを迎えに行くと決めた。
クラリネス王国から彼女を奪い、共に幸せになろうと。
シルヴィオの言葉に、リリーディアが涙を浮かべる。
「私にはもう、あなたと生きる資格はないわ」
だから、お願い。
そう言って、彼女はすべてを諦めたような目をして微笑んだ。
――シルヴィオ、私を殺して。
リリーディアのために生きてきた男に、その命を奪えというのか。
なんて酷いことを言うのだろう。
シルヴィオは言いようのない憤りと悲しみにかられた。
しかし、シルヴィオが手を出さなければ、リリーディアは自らその命を絶つのだろう。
それならば、シルヴィオに選択肢は残されていなかった。
「分かった」
シルヴィオが震える声で頷けば、ほっとしたように息を吐いて。
「最期にシルヴィオの顔が見られてよかった。ありがとう」
出会った時のような眩しい笑顔を見せる。
死を覚悟した人間とは思えないほどに、明るい笑顔。
シルヴィオは無性に泣きたくなった。
せっかく迎えに来たのに、シルヴィオを選ばずに死のうとするなんて。
今この瞬間、シルヴィオは本当に捨てられたのだ。
「大丈夫。優しく殺してあげるから」
シルヴィオに身を委ねて目を閉じたリリーディアに、シルヴィオは高難易度の魔術を発動した。
記憶を封じるための魔術を。
リリーディアの人生の記憶をすべて消してしまえば、シルヴィオが愛した彼女を殺したことと同義だろう。
「……もう一度、やり直そう。俺があなたに拾われて、従者になったはじめから」
今度こそ、リリーディアに死を選ばせたりしない。
そのために、シルヴィオはリリーディアを死においやったものすべてを壊した。
何ものにも邪魔されない世界で、二人だけで生きていこう。
シルヴィオの望みは、リリーディアの幸せ。
彼女が生きている世界。彼女の笑顔。
愛されたいなんて贅沢は望まないから、どうか生きていてほしい。
もう絶対に、死にたいなんて思わないように。
甘くて優しい世界を作るから。
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