3
空気が読めない男のせいで、愛しい彼女との時間が邪魔された。
シルヴィオの機嫌は最悪だった。
この場所は、誰にも邪魔されない二人だけの世界だったのに。
「ドルシエ、何しに来た?」
シルヴィオは、結界の外でうろちょろしていた男の名を呼ぶ。
「ストリヴィア師団長っ!」
シルヴィオの姿を見て、ドルシエがかけ寄ってくる。
彼が着ている黒のローブは、魔術師のみに着用を許されたもの。
魔素を吸収する特殊なつくりになっている。
このローブのことも、ドルシエのことも、ストリヴィア師団長という人物のことも、シルヴィオはよく知っていた。
「私はもう師団長ではない」
シルヴィオは、感情のない声音で冷たく言い放つ。
「本気で魔術師団を辞めるつもりですか?」
「すでに辞めている。私を連れ戻すつもりなら、今すぐ諦めて帰れ」
「そんな……サウザーク帝国一の魔術師であるあなたが、こんな何もない森の中で一体何をしているのですか?」
サウザーク帝国の魔術師団団長シルヴィオ・ストリヴィア。
それが、ついこの間までシルヴィオが名乗っていた肩書だ。
愛着も未練もない、ただの肩書。
「何もない、だと……?」
ここには、シルヴィオの唯一の幸せが存在する。
シルヴィオの生きる意味。
リリーディアと二人だけで生きるための場所を、目の前の男は何もない場所だと思っている。
何の意味のない肩書よりも、はるかに価値があるというのに。
怒りが腹の底から沸々と湧いてくる。
シルヴィオの感情に呼応して、周囲の微量な魔素が集まってきた。
「ストリヴィア師団長、お、落ち着いてくださいっ」
シルヴィオの魔力の圧に怯えて、ドルシエが一歩、また一歩と後ずさる。
「死にたくなければ、今すぐ帰れ」
「か、帰れませんっ! ストリヴィア師団長を連れ戻すよう皇帝陛下からの勅命を受けてきていますから!」
青白い顔で震えながら、ドルシエは簡単に壊せそうなシールドを張って叫ぶ。
無駄なあがきだ。
「お前が私に勝てると思うのか?」
「ひいっ!」
バリン、とシールドを壊したのと同時に、ドルシエが悲鳴を上げた。
いっそこのまま魔力で押しつぶしてしまおうか。
シルヴィオには、リリーディア以外に時間を割く余裕はない。
元部下が涙目になっていても、シルヴィオの心は動かない。
それどころか、目障りだとも思っている。
(だが、皇帝が勅命をドルシエ一人に下すだろうか……?)
この男は魔術師団でも下っ端で、かなりの小心者だ。
シルヴィオが去って何か手柄を上げない限り、こんな単独任務を任されるとは思えない。
嫌な予感がした。
「ドルシエ。ここには、お前一人で来たのか?」
シルヴィオはドルシエの胸ぐらをつかみ、金の双眸で睨みつける。
「……ク、クロエとっ」
その名を聞いた瞬間、シルヴィオはドルシエを手放した。
ドルシエはただの囮だったのだ。
シルヴィオの気をそらして、結界の内側へ入るための。
(ようやく手に入れたんだ。もう、手放す訳にはいかない……)
シルヴィオはすぐに魔術を行使し、リリーディアのもとへ転移した。
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