灯りを消した部屋に、月明かりが窓から差し込む。

 天蓋付きのベッドには、美しい女神が眠っている。


「リリーディア」


 彼女が起きている時には決して呼べない名前を、シルヴィオは口にした。

 その名を呼ぶだけで胸が締め付けられる。


「……リリーディア」


 音にすれば心が甘く疼く。

 しかし同時に、罪悪感と、憎悪と、後悔がシルヴィオの感情を支配しようとする。

 そして、美しい思い出も、思考も、心も、すべてが黒く染まっていく。 


「俺が君を許す日はきっと来ない……でも、ごめんね」


 リリーディアは、シルヴィオを裏切った。

 あの日の記憶のせいで、何も知らないリリーディアの笑顔にまで苦しくなる。

 きれいなままの彼女が羨ましくて、憎らしい。

 それでも、もしリリーディアが記憶を取り戻して、シルヴィオから逃げようとしても、逃がすことはできない。

 リリーディアがいなければ、シルヴィオはきっと死んでしまうから。

 シルヴィオはリリーディアを愛している。

 心から、彼女だけを。

 ――狂おしいほどに。


(君が俺のしていることを知ったら、きっと泣いてしまうだろう)


 自分のせいで泣いている彼女を見るのも悪くない。

 リリーディアを悲しませるのも、苦しませるのも、シルヴィオでなければ。

 他の誰にも渡さない。

 他の――誰にも。

 もうあんな思いは二度としたくない。

 胸が張り裂けそうな痛みを思い出し、シルヴィオは口角を上げた。


「……俺が歪んでしまったのは、君のせいだから。これからも、俺だけを見て」


 余計なことは考えないで。

 リリーディアの人生に刻まれた記憶に、シルヴィオ以外は必要ない。


「君は、俺だけを知っていればいい」


 宝石のようにきれいなピンクの瞳が映すのも、眩いばかりの笑顔も、透き通るような声も。

 見つめるのも、笑いかけるのも、話しかけるのも、シルヴィオだけでいい。


「リリーディア、愛しているよ」


 シルヴィオの手には、月明かりのような淡い光が集まってくる。

 光をまとったその手で、シルヴィオは穏やかに眠るリリーディアの頭を優しく撫でた。

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