第一章 推しを幸せにしたい。いい目標じゃないですか。
第1話
私の推し、アドルフ・ミュラー。
この人はゲーム制作者になんでそんな恨まれてんの? ってくらい不憫属性てんこもりなのだ。
そもそもこの人、ゲーム本編でいうとシステム説明のために死ぬという犠牲キャラなのだ。
金の髪に緑の垂れ目、一見優男風の彼の頬には大きな傷があってそれが精悍さを現しているようだ。
その風貌に加えて、彼は生い立ちからして不幸なために雰囲気からして暗い。
だけど部下想いで……態度は素っ気なくても優しい人なのだ。
ゲームで語られる彼の生き様はこうだ。
彼は孤児院育ちだ。
戦時下ということもあり孤児院は常に子供でいっぱいで、彼は愛されることを知らない。
後に結婚する女性と、幾人かの友人。それが彼の世界だ。
そして碌な教養もない彼は兵士となる道しか選べず、戦争に参加して傷を負って……気がつけば
ちなみに奥さんが浮気托卵という最悪ムーブをかましてアドルフさんは心が疲弊しきったっていう設定があるんだよね。
それは女主人公側のストーリーを進めると途中で出てくる話だ。
更に男性主人公のストーリーでその浮気相手アドルフさんの数少ない孤児院での友人だったこともわかるという……。
片方だけだとわからないけど、両主人公をプレイすると見えてくるこの事実。
ストーリーの深みを持たせてくれるのは嬉しいけど、どうせだったら楽しい話題とかほっこりする話を埋め込んでくれたら良いのに。
ほんとあのゲームの制作者、プレイヤーの心を折ってくるよね! 酷い話だ!!
……とまあ、両方のストーリーを進めてわかる過去を持つ上、主人公たちに影響を与えまくるっていうのに、序盤で早々に退場するキャラ…それがアドルフさんなのだ。
でも!
今の段階でまだアドルフさんは結婚していない!!
なんでわかったかって?
聖女になった時に『結婚相手を所属する部隊の軍人から選べる』権利が聖女には与えられるので、そこのリストの中にあることを確認したからです。
国からしたら聖女を逃がさないための制約でしかないが、私にとってはご褒美だ!
見つけたときにはガッツポーズしました。
聖女長に叱られました。
まあそれはともかく。
だから私がアドルフさんと結婚して幸せにしたいと思ったわけですよ。
そのために聖女になれるよう頑張ったんだし。
(……最悪、嫌われてもいい。いや嫌われたくはないけど。せめて会話してもらえる程度にでもいいから認知はされたい)
私はゲームをやりこんだクチだけど、原作厨ではないので推しは全力で推すし、推しが幸せになってくれるならいくらでも努力するタイプのめんどくせーやつです。
それにこれ、私にとっては現実ですし!
(この一年が勝負……!!)
つまり男主人公が舞台に編入されるまでの間に、アドルフさんが幸せだなって思ってくれて、フラグをへし折れる状況にまで持っていく。
それが私の目標であり使命である。
ちなみにゲーム発売からアドルフさんのその報われなさ過ぎる設定の不憫さに、プレイヤーたちから『幸せにしてあげたい』って救済ルートがないかどうか検証が行われたくらいだよ……。
まあ、なかったんですけどね!
アドルフさんが非業の死を遂げることで男主人公が拗らせるっていうストーリー展開だからね! 必須項目だったんだよね!!
「……聖女殿」
「イリステラです、ミュラー隊長」
「こちらもアドルフで結構。……ああ、くそ。取り繕うだけ無駄か」
物静かに私を見据える彼の目は、宝石みたいに熱を持っていなくて綺麗だ。
この目が情熱的になったら私の心臓が止まっちゃうかもしれないので、逆に今はありがたい。
とはいえ、その飾らない口調も相俟って冷たい雰囲気がかっこよすぎて……どうしよう好き!!
「……アンタ、正気か」
あれから式典を終えて、アドルフさんと私は別室に今いる。
先ほどまで軍の関係者から結婚の手続きや、教会から私の軍部への籍移動、諸々の書類作業と説明を受けていたのだ!
あと誓約書とかね。
色々あるんですよ。色々。
で。
その説明を終えた人たちは『あとはお若いお二人で~』みたいに今日はもうこの後一時間くらいはこの部屋好きに使ってイイヨ! って言って去ったわけです。
いやこれは聖女の結婚によくある話なのでね。
聖女が「この人と結婚します!」って宣言したからって相手と面識があるかどうかは別なのだ。怖いでしょ。
恋人関係じゃないだけならまだしも、とりあえずこの人でみたいなことされたら相手がいやだって言う場合もあるので……、大抵は丸め込まれて終わるんだけど。
一応その場合、契約結婚って形で過ごしてもらってどうしても無理なら離婚するってことになる。
今回の、私のケースみたいにな!
まあ私からは愛ある! 結婚なんですけどね!!
……アドルフさん的には寝耳に水もいいところでものすごくいやなんだろうけど。
あっ、冷静にそこを考えるとメンタル死にそう。
推しに嫌われるとかもう想像しただけで涙腺がやばい。
でもこれは!
推し救済の第一歩なんで! 譲れません!!
もちろん役得という面は否定しませんが。でへへ。
「正気、というのはどういう意味でしょうか」
「……俺の妻になると宣言したり、第五部隊を選んだことだ。まさかうちの部隊のことを知らないのか?」
「あら、存じておりますよ、第五部隊――別名、死神部隊」
すさまじい戦功を誇る代わりに、死亡者数もダントツの部隊。
そこに配属されると言うことはすなわち死を意味する――なんて言われちゃったりもする、ほぼ平民で構成されている部隊だ。
まあ、それにも意味はあるんだけどね。
呆れた様子でため息を吐き、片手で顔を覆ったアドルフさんににっこり笑ってみせた私は、言葉を続ける。
「承知の上で、私は、あなたと、結婚したいと思ったのです。アドルフ・ミュラー隊長」
ゆっくりと、一言一言区切るように、強調するようなそんな私の言葉に、アドルフさんが呆気にとられたような表情をしていた。
といってもほんの少しだけ、目を見開いて……困ったような顔をしていて、それすら絵になるんだから色男ってすごい!!
はーーーーーー、推せる!
まあ内心こんなだけど、聖女ってのは見た目とか振る舞いが大事ってめっちゃ教育されているので彼の目には私がただ微笑みを浮かべているだけにしか見えていないはずだ。
そうだよね?
そうだと言っておくれよ、ファーストインプレッションが大事なんだからア!!
「……俺はアンタを愛せない。それでもいいのか」
「構いません。最低でも一年……お側にいさせてくだされば」
一年。そう、一年でいい。
この国では、強制結婚だろうと一年経過さえすれば離婚申請が許される。
妙な仕組みだけど、それもこれも
私にとって、大切な一年だ。
愛し、幸せにするための時間であり、彼のために努力する時間であり――そしてゲームが開始するまでの、準備期間でもある。
絶対に、負けてなるものか。
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