第5話


 連行されたロビーは緊迫した雰囲気が漂っていた。


 人込みを掻き分けてその中心へと向かえば、そこには先日の美人の受付嬢が赤い覆面を被った男に包丁を突きつけられて拘束されていた。

 ほかにも覆面を被った男は二人いた。

ご丁寧に三人の覆面は赤・黄・青と個体を判別しやすくなっている。

 誰得なんだろうか。


 青の覆面はピストルを外野へ突きつけ「社長を出せ!!」「じゃないとこの女を殺す!!」と騒ぎ喚いている。黄色はロープを持ち、受付嬢を縛り付けるつもりなのかもしれない。


「社長を呼び出して、どうするんだ!?」


 その場に居た勇気ある鳥海部長が覆面達に尋ねるが「いいから社長を出せ!」の一点張り。


 しばらくして、社長が慌てて駆けて来た。


「……社長の鐘崎だ! 君達の要求はなんだ!?」

「DG社との統合計画を中止しろ!」


 青の覆面の言葉に、周囲に居た社員達が動揺し騒めきの声を上げた。


「統合?!」

「どういう事? そんな話、知らないわ」

「DG社と言ったら、アメリカ大手の半導体メーカーよね?」

「うちが傘下に入るって事?」


 社員達が動揺する中、鳥海部長は否定する訳でもなく落ち着いているところを見ると、どうやら上層部では既に決定事項なのかもしれない。


「お前らは統合計画を阻止して何のメリットがあるんだ?!」

「おっと、それは依頼主に聞いてくれ」


 と、ご丁寧に自分達の後ろに大きな組織がある事をバラす黄色の覆面。


「さしずめ、依頼主なんてうちのライバル社っすよね。あいつらもこの計画が上手くいった後に自分たちも抹消させられちゃうとか、考えていないんすかね〜」


 ウエサルらしくない、まともな意見を言う。


「まあでも悪は悪。ちゃちゃっと倒しちゃって、元の世界に戻りましょうよ」


「……は?」


「だから、これこそ前田さんが異世界転移した理由っすよ。あの人達、倒してください」

「え? あの?」


 進が戸惑っている間にも、阿呆のウエサルは「お前ら!!」と覆面達に声をあげた。


「今日乗り込んだのが運の尽きだったな! こっちにはなあ、異世界からお前らを倒すために転移された前田進さんが居るんだぞ!!」


 逃げようと背中を向けた進に、全視線が集中した。

 あまりの視線に背中が痛み、観念して振り返り薄笑いを浮かべた。

 

そこには唖然とするギャラリーと意気揚々とするウエサルが居た。


「さあ! 前田さん、どうぞ!」


 どうぞ、と言われても。

 武器を持つ覆面を前にして、進は薄笑いを浮かべるだけである。

 その間にも覆面達も、


「どういう意味だ? イセカイ社から異動して来たって事か? どこの子会社か?」

「知らない、DG社の関連会社って事か?」

「もう関連社員がこっちへ出向しているって事なのか? 思った以上に話が進んでいるんじゃないか? 依頼主の話と違うぞ?!」


「あ、あの、僕は関連会社の社員じゃありません。僕はですね、左右の概念が逆の世界から来ただけで……」


 真面目な進は説明するが、覆面はもちろん、この場に居るウエサル以外の社員達も進が言っている意味が理解出来ていない様子。


 その白けた雰囲気を感じ、冷静になり、思わず乾いた笑いがこみ上げた。


「そう……ですよね。そんな事を言われても普通の人なら何を言ってんだろうって思うでしょう。しかし、僕は左右の概念が逆の世界から来た男なんです!! 本音を言うと、今すぐにでも元の世界に帰りたいんだぁああ!!」


 ロビーに進の中でずっとくすぶっていた本音が木霊した。

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