第4話



「――という訳で、僕は左右の概念が逆の世界から転移して来ました、前田進と申します」


 その日の夜。

 進は改めて郁子と歩に挨拶をした。


「妻の郁子です。よろしくお願いします」と微笑む郁子に、「はぁ?!」と悪態つく歩。


「親父、何言ってんの?」

「会社の若者とMahoo!知恵袋が僕の状況を分析した結果、そういう結論に至りました」

「お話を聞く限り、99.9パーセントは同じ世界なのね」

「おい……!」

「はい。午前中は仕事もそっちのけでこの世界の事を調べました。結果、ほぼ一緒ですが、左右の名称だけが違う様です」

「向こうの私も?」

「はい。全く一緒なので気が付きませんでした」

「話聞けや!」


 歩がバンッ! とテーブルを叩きダイニングは静まり返る。

 歩はジロリと郁子を睨みつけた。


「母さんも悪ふざけが過ぎる! 親父はすぐに真に受けるんだから!」

「うふふ、そうね。ごめんなさい。冗談が過ぎましたね」


 と謝る郁子を見て、進はまさか今までのくだりは郁子の悪ノリだったと理解し唖然とする。


「親父もそのふざけた後輩の話を鵜呑みにするなよ! 異世界転移なんて馬鹿げた話、現実にあり得る訳ねーじゃん!!」

「僕だって異世界転移なんて些かに信じがたい。だが左右の名称が逆なのは、どう説明をつけたら良いんだ?」

「そんな事言ったって、昔っからこっちが左でこっちが右なんだよ!」

「そうなのよねぇ、残念だけど歩の言う通りなのよ」

「だから、僕は異世界転移……」

「進さん、お疲れなのよ。今日は早くお休みになってくださいね」


 と、いつもよりも一時間も早く風呂に入らされた。


 すると、進はシャンプーをしながらイライラしている自分に気が付いた。


 なぜ急にイライラし始めた?

 進はイライラの原因を考えた。これは異世界転移を否定されたものではない。


 一時間も早く風呂に入らされて、生活リズムが乱れた事による苛立ちだったのだ。



 ◆



 翌日。

 いつも通りのルーティンで日常を過ごす。

 しかし、相変わらず左右は逆。

 その事がジワジワと進の精神せいしんを蝕んでいたが、外見上はスムーズに過ごしていた。


 唯一の失敗と言えば、健康診断の視力検査で全部逆を言ってしまい結果が1.5から0.1になったくらいだろうか。


 習慣とは恐ろしいものである。



 再び昼休み。

 カレイの煮つけ定食を食べる進。

 カレイの白身を突く箸を止め、小さくため息をついた。


 カレイとヒラメは似ている。頭を上にして両者を並べた時の目の位置が、


 カレイが右側。

 ヒラメが左側。


 でも、この世界ではカレイの目は左で……。


 しっくりこなくて落ち込む進の所へ、ボンゴレビアンコを持ったウエサルがやって来て隣に座った。


「前田さ~ん、異世界生活はどうですか?」

「ウエサル、その事で聞きたいのだが」

「なんでしょ?」

「お前の言う異世界転移。どうしたら、元の世界に戻れるんだ?」


「知らないっす!」


「お、お前、転移する方法はやけに詳しかったじゃないか! トラックに轢かれるんだろう? じゃあ、帰る時もトラックに轢かれれば良いのか?」

「……いや~、それは体張りすぎっすよ。失敗したら、ただの死んでるオッサンっす」

「妻はこの世界を受け入れろと言うが、僕はやはり左右逆なのがしっくりこない。元の世界に戻りたいんだ!」

「うーん、大抵は異世界でチートしまくったり、美少女とスローライフして最高な人生になるから、帰りたいなんて言う奴あんまり居ないんすよね。前田さんみたいに前の世界に戻りたい人は、少ないんすよ」


 ……そうか自分は少数派マイニリティなのか。


 その事実に再び落ち込む進に、ウエサルはボンゴレのアサリをカレイの煮つけの上に置いた。


 その時、食堂の外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「どうしたんっすかね。ちょっと見てきます!」


 野次馬根性丸出しのウエサルが、パスタを咀嚼しながら食堂の外へと駆けて行く。

 その間も呆然としていた進だったが、慌てた様子で戻って来たウエサルが「前田さん! 大変っす!!」と進の腕を掴んだ。そして言った。


「前田さんの出番っす!!」


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