第3話
進を乗せた電車は川崎駅に辿り着き、ホームに降り立つと即座に右手を挙げた。
「ウエサル、僕はどっちの手をあげている?」
「左っす」
「今度は?」と左手を挙げる。
「右っす」
「そんな馬鹿な?! こっちは右手で、こっちが左手だろう!?」
「……前田さん、大丈夫っすか?」
ウエサルだけでは信憑性が低い。
進は定刻通りのスピードで会社へ辿り着くと、美人の受付嬢に尋ねた。
「あの! 僕の挙げている手は、右ですよね?!」
と、右手を挙げる進。美人の受付嬢は進の気迫に恐れながら、
「……い、いいえ、左手です……」
「じゃ、じゃあ、ロビーがあるのは?!」
「左です」
「右にあるじゃないか!」
責め立てるように反論する進に怯える受付嬢。
あとから来たウエサルが「ちょっとー、前田さーん」と再び進の肩を引っ張り、
「落ち着いて落ち着いて。お姉さん、ビビらせてごめんね〜!」
と、謝るウエサルに連れられて二人が配属している製品技術部の会議室へ詰め込まれた進。
呆然としている進にウエサルは缶コーヒーを持ってきてくれた。
なんだかんだで、優しい奴である。
「どうしたんすか? 今日の前田さん、おかしいっすよ?」
「今日は
「いいえ、
「みんな僕を騙しているのか?」
「前田さん、何か詐欺にでも遭っているんですか?」
ウエサルでは埒が明かないと、会議室を飛び出し、社内一真面目で冗談が嫌いな鳥海部長のブースへと駆けこんだ。
「鳥海部長!」
「おお、おはよう。前田くん、どうしたの?」
「鳥海部長、心臓は左右どちらにありますか?!」
「何を唐突に」
「お願いします! お答えください!」
「右だ」
と、当然の様に左胸を押さえ答える鳥海部長。
進はその答えを聞き、フラフラと部長のブースから抜ける。
そして、進の導き出した答えは……。
「……左右の言葉の概念が入れ替わっている?!」
「何をアニメみたいな事言ってんすか?」
進の後を追って来たウエサルが突っ込む。
「大変だ! 左と右の言葉の概念が逆なんだ!」
「はー?」
進は己のデスクに飛びつくと、あらゆる検索を始めた。
しかし、どんなに調べてもMahoo!知恵袋に相談しても、左右の概念は反対だった。
進は丁寧に物理の法則まで例題に出して教えてくれた回答者をベストアンサーにした。
さて、お昼休み。
食堂では必ず定食を食べると決めている進。本日は生姜焼き定食。
進の概念では「右手」で箸を持ち、「左手」でどんぶりを持ったのだが、
「左手で箸を持ち、右手でお茶碗か……」
「前田さん、俺、午前中ずっと考えたんすけど~」
突然、カルボナーラをトレイに乗せたウエサルが隣に座ってくる。
「もしかして、前田さんは『異世界転移』して来たんじゃないんですか?」
「……異世界、転移??」
「若者の中では、主人公が別次元の世界に転移したり転生したりして、人生やり直すっていう小説やアニメが大人気なんすよ」
「!!」
「たいてい、前田さんみたいな冴えないオッサンがトラックに轢かれて死んで別世界に行くんすよ」
「え……? 僕は死んでないよ……?」
「たぶん、そうっすよ! うわー、俺、生まれて初めて転移者を見ました!!」
死んでいないのに……勝手に異世界転移者にされてしまった進。
……しかし。もしもウエサルの言う通りなら、すべて合点がいく。
進も知らず知らずに異世界へ転移してしまったんじゃないか……? と思い始めた。
「あの、前の世界に俺みたいな人間っていました?」
「……いました!! ウエサル・
「お調子者で無礼者のウエサル・星野・要!? 向こうの俺っぽい人は酷いな! それで向こうでは戦士ですか? 勇者ですか?」
「戦士?……ああ! 確かに
「キギョー戦士?! スゲエ!」
それから残りの休み時間、ウエサルから異世界転移の鉄板ネタを教わり、聞けば聞くほど自分が異世界転移者だと思いこむ様になった。
昼休みが終わる頃、前田進は自分は異世界転移者なのだ! と自覚してデスクに戻った。
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