第16話 交わりの噴水

「立華ちゃん。ここは『交わりの噴水』って言ってね、ここで出会った二人は結ばれるって評判なんだ」

「……そうですか」(知ってる、……帰りたい)

 立華たちは、かなり広い噴水広場に来ていた。

 小学校の体育館ほどの大きさの噴水があり、その周りを囲むようにベンチや屋台が並んでいる。

 噴水の中央には二人の男女の像が建っており、お互いに向き合って手をつないでいる。

 その像の周囲にはいくつもの噴水装置が設置されており、それによって描かれる水の絵画は、絶えず形を変えながら見る者を魅了する。

「この噴水ってね、夜に来るともっと綺麗なんだよ。今みたいな普通の水じゃなくて、蛍光水が出てくるんだ。水だけど、花火みたいに綺麗なんだよ」

 蛍光水、というのは、色のついた水のことだ。絵具を混ぜた色水ではなく、魔法やらを利用して水の透明さを保ったまま色を付けた水だ。

 光の屈折率を魔法でうんたらかんたら、ここらを話すと長くなるので割愛で。

「それでね、この噴水、真上から見たらクローバーの形になってるんだ。幸福のクローバー! 素敵だよね!」

「あ、そうなんですね」(……初めて知った)

 金成のうんちくに立華は素直に感心していた。

「立華ちゃんにもさ、良いこと、起こってほしいね」

「……はい」

 金成は、今この状況を悪いことだとは思えないようだ。

(はぁ、あの子、今どうしてるかな?)

 ふと立華は、家に置いたままにしているドラゴンのことを考え始めた。……実は現在進行形で立華たちを尾行しているのだが、そのことに一切気づいていない。

(何も言わずにいきなり出て行っちゃったから、寂しくしてるんじゃないかな? やっぱり、何か理由を付けて帰った方が……)

 立華は歩きながら考えたが、何も思いつかなかった。他人に流されるようについていくのには慣れていたのだが、その状況から脱却する方法が分からなかった。

(……せめてお土産とか、買った方が良いのかな?)

 ふと、そんなことを考えていると、

「あ、丸福焼きだ!」

 金成が少し離れたところにあるワゴンカーを見つけた。その手前にあるパネルには『丸福焼き』の文字。ワゴンカーからはおいしそうな匂いが漂ってくる。

「立華ちゃん、今お腹すいてる?」

「えっと、はい」

 実際、立華は今日は何も食べていない。朝起きてからは2階の掃除、その後すぐに金成に拉致られている。

「じゃあ、食べ行こうよ! 俺が払うからさっ!」

 金成はそう言って、立華の手を引いてワゴン車へと向かった。


「立華ちゃん、何個食べたい?」

「えっと、……あっ」

 立華は丸福焼きのパネルを見ながら考えていると、ある考えが頭に浮かんだ。

(そうだ、お土産、今買える!)

「タコ6個と、チョコ6個で」

「おっ!? 立華ちゃん結構食べるじゃん! オッケー! おっちゃん、タコ12個とチョコ12個ちょうだい! 魔法決済使える?」

 金成がワゴン車に乗る料理人兼店員らしき人物に声をかける。

「ああ、使えるよ。全部で168ルピー、あぁいや、ちょっとおまけして160ルピーね」

「やったぁ! ありがとおっちゃん!」

 金成は嬉しそうに言うと、腕のブレスレットをワゴン車の中にある装置の上に置いた。そして店員が装置に手をかざすと、ほのかに光が発せられる。

「はい、終わったよ。しかし良いねぇ、カップルで交わりの噴水にデートなんて」

 店員が目の前で調理をしながら金成に話しかける。

「あ、いえ。カップルじゃなくて、仕事仲間なんですよ」

(あれ? それは否定するんだ……)

 金成の何気ない発言に、立華は微かに驚いていた。

「ああ、そうだったのかい。ともあれ、その様子を見ると、相当仲がいいみたいだね。ゆっくり楽しんでいきなよ」

 そして出来上がったものは、小麦粉の生地に食用のタコの足を入れて丸く焼き上げたもの。読者の皆様には、タコ焼き、という名前でなじみ深いものだ。

 パネルの方をよく見ると、タコの他に、イカ、シャケ、タマゴ、マンモス、チョコ、プレーンもあった。

 立華たちが頼んだチョコは、タコの代わりにチョコを入れた代物だ。

 ソースや青海苔もトッピングとして乗っかっている。普通においしそう。

「じゃあ立華ちゃん、空いてるベンチ見つけて座って食べようか」

「ああ、はい」


「うーん、うまい! やっぱ丸福焼きっていつ食べてもおいしいね!」

「そうですね」

 立華たちは丸福焼きを分け合って食べていた。

 ここだけ見ると微笑ましい光景だが、立華は無理やり連れてこられているということを忘れてはならない。

「そうだ、立華ちゃんって、交わりの噴水の裏話って知ってる?」

 金成が唐突に話し始めた。

「いえ、知らないです」

「そっか、じゃあ説明するね」

 いや、いらないです。とも言えないので、そのまま聞くことにした。


「あるところに、両親にほっぽり出されたある女の人がいてね。ある程度大人だったから、一人でも生きて行けたけど、やっぱさみしかったんだってさ。

 ある日その女の人は、海に行ったんだって。理由は、……ちょっと、溺れるため、っていうか、うん。

 で、いざ海の中に入ってみたら、突然男の人が現れて、海の水を操作して噴水を作ったんだって。

 本当に綺麗だったみたいでね、女の人は感動して、その男の人と付き合うことにしたんだって。

 それで、女の人はその感動をみんなにも見せたくて、この噴水を作ったんだって」


「……ホントかどうかは、わかんないけど。素敵な話だよね」

 金成は感慨深そうに、話をしていた。

 一方立華は、噴水の話に夢中になっている金成の目を盗んで、チョコ入りの丸福焼き6個を入れ物にしまい、自分の鞄の中に入れていた。

「……そう、ですね」

 立華の歯切れの悪い返事が気になったのか、金成は怪訝そうに立華の顔を覗き見る。

「どうしたの? 立華ちゃん。何か困ったことでもあるの?」

「……いえ」

 あなたに一番困ってるのよ!!!!!!!!(以下、!が4000兆個続く)

 ……と言う勇気がない立華。曖昧な返事で返してしまう。

「立華ちゃん、霧崎さんとこの前揉めたのは知ってるけど、そんなに気にすることないよ。あの人、ちょっと言い方キツイときもあるけど、良い人だからさっ」

 それ知ってるならなんでさっき化粧の仕方を霧崎に教えてもらおうとしてたのか。

「それに、今は俺とデートできてるんだから、最高の瞬間じゃないか」

 最悪な瞬間です。空気が読めないってこういう。KY。

「過去のことは変えられない、未来のことは分からない、大切なのは今でしょ。今を楽しもうよ」

 言ってることは全うだが、それなら今すぐ立華を家に帰すのが最善の選択だ。

「……そうですね」

 返す言葉が見つからなかった立華、適当にこう返事してしまう。

「よし! 次はどこ行こうか? カフェでも行く?」

 地獄のデート、続行。

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